第1'章 この世界に足されたもの⑥
帰宅途中でいつものスーパーに寄って祖母から頼まれたものを買い揃え、カゴに野菜を詰めたトートバッグを載せた状態で祖母の家に向かう。祖母の家に寄ると少し遠回りになるけど、自転車なら大した距離じゃない。
住宅街をぼうっと自転車を漕いでいると、どうしても神崎のことを思いだす。朝から一日中俺を振り回し続けた。つかみどころがないというか、そもそも掴んでしまってはいけないような相手な気がする。
やたらと俺に絡んできたけど、以前会ったことはないと言い切るし、時乃ともあったことはないようだ。親しげな態度がたまたま隣の席だったからだとしたら、“呪い”のことを知っても神崎は俺に対する態度を変えることはないだろうか。
「ん、あれって……」
視線の先に珍しい制服の女子が歩いている。珍しいけど、今日一日で随分見慣れた黒を基調とした制服だ。
どうしてこんなところで。
引き返そうかと思ったけど、それより先にまるで視線を感じ取ったかのようにその女子が振り返る。
その女子――神崎はすぐに俺に気づくとブンブンと手を振る。こうなってしまったら、今更脇道に逃げるわけにもいかない。諦めて神崎の元に近寄って自転車を降りる。
それにしても、結局一人で帰ってるのか。てっきり女子の誰かとどこか遊びに行くなりすると思っていたけど。
「わあ、宮入君。奇遇だね」
「一応聞くけど、本当に奇遇なのか?」
「もちろん。私の下宿、この先だから」
なぜか神崎が得意げに胸を張る。そっか、親の都合で転校してきたと言っていたけど、下宿してるのか。永尾高校は県外から受験する学生向けにいくつか高校指定の下宿先があるけど、女子が下宿してるのは珍しいと思う。
「宮入君はさっき言ってたおばあちゃんのところに行くの?」
神崎の視線は自転車の前かごのトートバッグに向けられている。俺と時乃の会話からすぐに察しがついたらしい。
「そうだけど」
「ねえ、私もついていっていい?」
また神崎が不思議なことを言い出した。普通、出会ったばかりの相手の祖母の家に行こうなんて思わないだろ。
「いや、何でそうなるんだよ」
「ほら、私引っ越してきたばかりで友達って宮入君しかいないし」
既に友達認定されていた。何をもって友達というのかって議論は不毛だからわざわざするつもりもない。だけど、仮に俺たちが友達だとしても、友だちがいないというのなら神崎がやるべきことはここで一人でほっつき歩いていることじゃない。
「友達が少ないって言うなら、なおさら俺じゃなくて他の人と絡めよ」
「んー。でもさ、呪いとか言い出しちゃう人たちとあまり仲良くできる気しないし」
神崎は飄々と肩をすくめながら答えた。何でもないそんな神崎の仕草に、気がつけば息を呑んでいた。
呪いなんて聞いたら普通は神崎みたいな反応なのかもしれないけど、今の俺にはなんだかとても新鮮で。
胸の奥の一番弱い部分が騒ぎ立てるのを、学ランの上からギュッと握って抑えこむ。小さく息を吸う。逸るな、期待をするな。期待すればするだけ、裏切られたときに辛くなるだけだ。
「……わかったよ。来てもいいけど、特に何もないところだからな」
「やった! 楽しみだなあ」
「だから、何もないって」
神崎の一歩前に出て自転車を押す。本当に朝から振り回されっぱなしだし疲れはするんだけど、不思議と苦にはならなかった。どうして神崎がスキップしそうなくらい楽しそうに歩いているのかはわからないけど、そんな神崎と歩いていると空が少しだけ明るく見えた気がした。