第1'章 この世界に足されたもの⑤
午後の授業を終えると再び神崎の周りに人だかりができた。遊びに行くかとか、部活どうするのかという誘いが矢継ぎ早に飛んでいる。荷物を纏めながら耳を傾けていると、神崎がこちらを見る気配があった。うっかりまた神崎の方に視界を向けてしまって、だけど今回は神崎と目が合う前に女子の一人がさっとずれて視界を遮った。
「あのさ、宮入君とはあまり関わらない方がいいよ」
囁くような声だけど、隣の席だから当然俺のところまで聞こえてくる。そんな言葉、慣れっこ過ぎてもはや何の感情もわいてこないけど。
「どうして?」
少しだけ神崎の口調が鋭くなった。
「神崎さんは引っ越してきたばかりだから知らないだろうけど、宮入君の家は……その、呪われてるから」
「呪い……?」
訝しむような声を出す神崎に周囲の女子たちがゆっくり頷く。隙間から見える神崎の顔には困惑と呆れが入り混じっている。やっぱり普通なら馬鹿らしいと思うだろうけど。
神崎が小さく俯いて、音を出さずにため息をつくのが見えた。
「悪いけど、私はそういうの――」
「翔太ー! ばあちゃんから今日の買い物リストが来たんだけど!」
神崎の言葉は途中で教室の後ろから入ってきた女子の声に遮られた。
幼馴染で去年は同じクラスだった綾村時乃が、一身に集まる視線をものともせずに俺の席まで歩いてくる。時乃は肩に届かないくらいのところですっきり切りそろえられた髪を揺らし、やれやれとでも言いたげにスマホの画面を突き出してきた。
メール画面にはにんじん、じゃがいも、玉ねぎといった食材が並んでいる。
「今日の晩御飯はカレー? それとも肉じゃが?」
「さあ、意外とシチューかも。というか、クラス替わってもばあちゃんは俺へのおつかいの内容を時乃に送るんだな」
「翔太が全然メール見ないから私に送ってくるんでしょ!」
時乃が両手を腰に当てて小さく頬を膨らませる。その言葉に言い返すことができなくて首をすくめる。誰かから連絡が来るなんてことが殆どないから、メールはもちろんスマホでSNSをこまめにチェックする習慣、身に着きようがなかった。
「でも、時乃もわざわざ来なくても転送してくれりゃいいじゃん」
「だからっ! 翔太がスマホをチェックしないんだから転送しても意味ないでしょ!」
バシッと俺を指さした時乃は、ふと何かを思いついたようにニッと笑ってそのまま顔を寄せてくる。
「あ、もしかして。翔太ってば、私にこうして会いに来てほしいからメール読まないようにしてるとか?」
「まさか」
とりあえず、肩をすくめてみせてから時乃のスマホの画面の写真を撮る。さっきまで呪いがどうこう言っていたクラスメイトが呆気に取られているうちに退散したかった。すでに荷物をまとめ終えていた鞄を手に取り、後は帰るだけ――というところで教室の中から「あーっ!」という声が響いてくる。
この状況でそんなことができる人間は限られていて。
「もしかして、時乃さん! 綾村時乃さん!」
時乃を指さして立ち上がった神崎が、何故か興奮した様子で両手をワナワナさせながら時乃ににじり寄っていく。なんかヤバいその動きに、普段は勝気の時乃も気圧されたように後ずさった。
「そ、そうだけど。あなた、誰?」
「神崎香子。今日から転校してきて宮入君と同じクラスになったんだ。よろしくね」
なんでわざわざ俺の名前を出したのか。
「よろしく」
頷きかけた時乃が途中で首をかしげて、訝しげに神崎を見る。
「って、あれ? 私のことなんで知ってるの? 前に会ったことあったっけ」
「うーん、会ったことはないんだけど、なんて言ったらいいのかなあ……?」
人差し指を顎に当てて考え込む神崎と混乱したまま俺と神崎を交互に見る時乃。教室内から「修羅場?」という声が聞こえてきたけど、ある意味では間違ってない気がする。もっと正しい言葉は混沌、だと思うけど。
「神崎は宇宙から転校してきたんだよ」
「おー、うまいこと言うね。流石は宮入君」
何故か感心されてしまった。むむむ、と悩み続けていた時乃だったけど、「なるほど」とこっちはこっちで納得する。考えることを諦めたらしい。神崎に向けてちょっと硬めの笑顔を浮かべた時乃は、すぐに俺の方を向いてヒラヒラと手を振った。
「じゃあ、そろそろ陸上の練習だから。ばあちゃんによろしくね」
「おう、練習頑張れよ」
踵を返して教室の外に駆け出していった時乃を見送った後、ざわつく教室のどさくさに紛れて俺も教室を後にした。