第6"章 ワンモアタイム ワンモアチャンス④
校門に辿り着くと、ジャージを身に纏った筑後がちょうど自転車でやってきたところだった。
筑後はすぐに鞄から二種類の鍵を取り出して俺に渡してくれる。それは部室の鍵と薬品棚の鍵。坂巻山に行くときの車の話でこれをこっそり筑後が持っていることは気づいていたけど、石川先生に黙っててよかった。
「助かったよ、筑後。こんな時間に来てくれてありがとう」
「別にいいけど……何があったの?」
「悪い。今は説明してる時間が惜しいんだ。それに、ここから先は見つかったらただじゃすまないからさ」
校門の横の塀に手をかける。この頃の永尾高校はまだ夜間のセキュリティがガバガバのはずだけど、見つかれば最悪停学だってあり得るだろう。そこまで筑後を巻き込むわけにはいかない。
なんて考えている横で筑後も塀に手をかけていた。
「筑後、お前何して……」
「乗り掛かった舟だし。あ、僕の場合は乗り掛かった虚舟のほうがいいかな?」
とぼけたように笑う筑後が身軽に塀の上に登る。
「それに。宮入君が何をするつもりかはわからないけど、部室のどこに何があるかは僕が一番よく知ってるから」
塀の上から差し出された手を借りて、俺も塀を乗り越えた。暗い校内を筑後が先導するように走っていく。そのまま筑後は鍵のかかっていない一階の窓を探し出すと、躊躇いなくそこから校舎内に乗り込んだ。
「なんだか手慣れてるな」
「再犯だからね。前に一度神崎さんが下校後にどうしてもフラスコの様子を見たいって言ったことがあって」
それは初耳だった。今となってみれば、神崎が部活に入りたいと言い出したのも、ここにつながるための大事な過程だったのかもしれない。実際、筑後がいなければ俺はここまでたどり着けなかった。
20年ぶりの部室からはどこかノスタルジックな雰囲気を感じたけど、それに浸っている暇はない。かつてフラスコが置いてあったスペースには記憶通り時乃がとってきた深安山の試料が残っていた。
「本当に手伝っていいのか、筑後。まだバレずに済むぞ?」
「ここまできたらなんだって付き合うよ。だって、友達でしょ?」
「不法侵入に付き合って共犯になるようなやつは、友達は友達でも悪友かもな」
「悪友かあ。いいね、そういうの」
筑後ははにかんだように笑うと薬品棚の鍵を開けた。これ以上は止めたって無駄だろうし、薬品や実験器具の位置を把握している筑後がいてくれるのは心強い。
深安山の土を空のフラスコに詰める。この中に微量ながら“呪い”の原因となる菌類が含まれている。それを薬に作り替える。その方法は元の世界で研究を繰り返す中で頭に叩き込まれていた。
「じゃあ、筑後。今からいう器具と薬品を準備してくれ」
「うん、任せて」
必要となるものを筑後に伝えながら並行して作業を進める。神崎のタブレットの論文を引き継いで研究することで、効果こそ高められなかったけど特効薬の製造方法はかなり改良できていた。元々の方法は専門的な設備の使用が前提で、それなしでやろうとすると神崎が実際に行ったように二か月程要するものだった。
その手法は改良を重ねたことで、高校の実験室レベルの設備で数時間あれば一人分くらいの治療薬を作り出すことが出来るようになった。つまり、必要なものは全部そろっている。 試料も薬品も器具も。それをサポートしてくれる存在も。神崎を救うための状況を、神崎が整えてくれていた。
念のため実験用の分厚いマスクを身に着けて、フラスコの半分くらいまで水を入れてすぐに蓋をする。間もなくフラスコの中が胞子による白い靄で満たされた。
これが俺や時乃、それから神崎を苦しめさせてきたものの正体。
そして、今は神崎を救う――この世界から奪い取るための薬の原料だ。




