第6'章 ワンモアタイム ワンモアチャンス①
「おはよう、神崎」
いつものように優しい日の光に照らされた神崎に声をかける。
ぽかぽかとした春の陽気に照らされて、神崎は穏やかに寝息を立てている。
後もう少し待っていれば眠そうに瞼を擦りながら目を覚ますような日常の風景だけど、神崎が目を覚ますことはない。
神崎が“呪い”の影響で眠りについてから、約20年がたった。その間、神崎が目を覚ますことは一度もなかった。おそらく、これからもそのキラキラとした瞳を開くことは一度もないのだろう。
「すっかり春になったよ。今年はさ、冬が長引いて四月になってようやく桜が咲いたんだ」
春の柔らかな光が注ぐ窓辺に近寄ると、桃色の道があちこちに広がっている。きっとあの桜の下では入学式や新学期を迎えた子どもたちが学校に向かっているのだろう。
窓を開けると温かな空気がふわりと病室内に入り込んでくる。
「そうだ。神崎と出会ったのもこんな桜の咲いた始業式の日だったよな。お前、いきなり俺の名前を呼んで『タイムトラベルを信じるか』なんて聞いてくるからさ、びっくりってかドン引きだったよ」
ベッドのすぐ脇に置かれたスツールに腰を掛ける。この20年間、どれだけここに座って神崎が目を覚ます瞬間を待ち続けただろう。
不思議と、弱気になることはなかった。ここに来ると背中を押されたような気になって、何があっても前に前に進んでこられた。
鞄からタブレットを取り出す。流石にあちこち劣化してしまったけど、二十年前から大切に持ち続けてきたタブレット。そのタブレットを枕元の棚に置く。棚の中には高校時代の卒業アルバムやオーパーツ研究会の冊子などが収められていた。俺や筑後が持ってきたものもあるし、当時担任だった石川先生が持ってきてくれたものもある。
「これ、返しに来たよ。二十年も借りっぱなしだったけど、おかげで色んな研究が進んだ。カンニングみたいでちょっと罪悪感もあったけどさ」
タブレットの中に残っていた多くの論文は、恐らく神崎が元居た世界――この世界をA´とするのなら、´のつかない元の世界――の俺と神崎が研究してきた成果だろう。それは波動記録による疑似的なタイムトラベルの手法から“呪い”の原因と治療法まで幅広い研究がまとめられていた。
完全な形でデータを飛ばすことはさすがに難しかったようで、所々欠損していたけど、それでも十二分に役に立った。
「本当は、この世界のお前のことを目覚めさせてあげられたらよかったんだけど」
別の世界が二十年近く研究してきた成果を踏まえれば神崎を目覚めさせる治療法が見つかるのではと思っていたし、かなり前に進めることはできたけど、神崎を目覚めさせるには至らなかった。
「それでも、神崎が来てくれて、ほんとうによかった」
ポンと神崎の頭に手を乗せる。そのさらさらとした艶やかな髪の感じは、出会った頃から変わらない。
「ありがとう。そして――」
精いっぱい笑って、神崎の姿を目に焼き付ける。
「さよなら。神崎」




