第4'章 選択の刻⑦
分厚いマスクを身に着けた神崎は、何か大掛かりな荷物を持って俺たちの元に駆け寄ってくる。
呆気に取られている間に俺の腕の中から時乃を抱きかかえると、瞼を開いたりしてその状態を確かめていく。
「大丈夫。まだ間に合うよ」
「神崎。何を……」
「ごめん、宮入君。一発勝負だから、今は私を信じてそこで見守っててほしい」
神崎は荷物の中から注射器を取り出すと、手早く荷物の中に入っていた瓶から何か薬品を吸い上げる。
手慣れた仕草で時乃のジャージを捲り上げると、躊躇いなく注射器を打ち込んだ。シリンジの中が空になると、神崎は額を拭いながら時乃の腕にガーゼをあてる。
一瞬の出来事に理解が追い付かない。今ので時乃は助かったのだろうか。半信半疑の状態でその様子を見つめていると、神崎は再び注射器の準備をして今度は俺の方に近づいてくる。
「神崎?」
「未来から来た、なんて言った私のことなんて信じられないかもしれないけど」
神崎の手が俺の腕に振れる。反射的に引っ込めようとしたけど、神崎の手は俺を掴んではなさい。
「今だけでいいから、私を信じて。このままだと宮入君も呪われちゃう」
神崎の深い色を湛えた双眸が真っすぐと俺を見つめる。
神崎は俺に負けず劣らずびしょ濡れで、泥だらけで。一生懸命で。
ただ一つ、頷く。神崎の表情はマスクに隠れてよくわからなかった。
腕を差し出すと神崎は手際よく注射の準備を進める。
「少し眠くなるかもしれないけど、それはちゃんと効いてる証だから」
もう一度頷く。チクリとした痛みは普通の予防接種と何ら変わらなかった。
社の中を見上げる。そこに描かれている水の中から這い出して来る鬼。それは洪水や土砂崩れの擬人化ではなく、たしかに呪いの存在を示したいたのかもしれない。その正体は結局今もわからないけど。
鬼から白い靄が噴き出すという記述もどこかにあった。今社の周りを包んでいるこの霧のようなものと関係はあるんだろうか。
そんなことを考えているうちに意識が遠くなっていく。ふと、神崎がじっと俺を見ていることに気づいた。
「神崎……」
「どうしたの、宮入君?」
「ありがとう……。お前がいてくれて、よかった」
マスクで口元が隠れているはずなのに、神崎が泣き笑いのような顔を浮かべたのが何故かはっきりわかった。




