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君がいる世界を僕は必ず奪取’する  作者: 粟生深泥
第3章 溢れだしてきたものは
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幕間③

「宮入博士、お疲れ様です」


 研究室に戻ってきた宮入博士はやや疲れた様子だったがヒラヒラと手を振って返事をした。私の横を通り過ぎた宮入博士からは仄かに花の香りがする。今朝は“あの子”のお見舞いに行っていたはずだ。

 あの子――高校時代から“呪い”で眠り続ける女性。今も宮入博士の全てであり続ける存在。

 雑誌の企画でのインタビューの後、共同研究に向けた打ち合わせを何度か重ねる中で宮入博士の過去を知った。

 高校時代に一番の友人を“呪い”で失った。正確にはそのときから今まで十数年昏睡状態となっている。その時から、宮入博士の生涯は彼女に捧げるものとなった。初めは医学的観点から彼女の治療を試み、それが効果を上げないとわかると手あたり次第――呪い(まじない)的なものも含めて――試していった。そのどれも彼女の目を覚ますことができなかったとき、宮入博士は全てをやり直す道を模索し始めた。

 宮入博士自体も“呪い”に蝕まれていて、その後遺症に苦しみながら、だ。


「ああ、そうだ、博士。この前の論文について相談したいんだけど、今からいいかな?」

「構いませんけど、お疲れでは?」

「ちょっと疲れてるけど、興味が上回っちゃって。是非、博士が淹れてくれた珈琲でも飲みながら、ね。」


 少し茶目っ気めかした笑みを浮かべて自室に入っていった。急いで珈琲を淹れつつ、その間に宮入博士が言っていた論文を用意する。

 初めは共同研究ということで、分担して研究を進める方針だったけど、宮入博士の過去の話を聞いて、私は宮入博士の元で研究を進めることを選んだ。それは殆ど直感的な選択で、これまで積み上げてきたキャリアをふいにしかねないものだった。だけどその判断を私は後悔していない。

 二杯のコーヒーカップと論文を持って宮入博士の部屋に入ると、宮入博士は机の上の写真立てを眺めていた。打ち合わせ用のテーブルにコーヒーと論文を置いてから近寄ると、写真に写っていたのは二人の男子高校生。一人は宮入博士の面影があった。


「学生時代の写真ですか?」

「ああ。こんな僕とも仲良くしてくれた貴重な友達なんだ。まあ、知り合ったきっかけは担任が廃部寸前の部活に僕を送り込んだことだったんだけど」


 宮入博士は少し遠い目をしながら懐かしそうに顔を綻ばせる。


「彼、オーパーツ研究会なんて不思議な部活でタイムトラベルの調査をしてて。当時は何やってんだろって思ってたけど、どの方法も試してダメだったとき、希望を失わなかったのは彼のおかげかな」

「今はどちらにいらっしゃるんですか?」


 何気なく聞いた言葉に宮入博士は寂しげな表情を浮かべると、そっと写真を机の上に戻した。


「亡くなったよ、高校時代にね。部活の調査活動中に水難事故にあって」

「あっ! す、すみません」

「大丈夫、昔の話だし。それに、こんな言い方は科学者にあるまじきかもしれないけど。彼との出会いがこうやって僕をここまで導いてくれた。全部含めて運命的だったなって思ってる」


 宮入博士に促されて打ち合わせ用のテーブルにかける。淹れたての珈琲を口に含むと、宮入博士は再び口元を綻ばせた。珈琲片手に論文を手に取り読み進める姿を、思わずじっと見つめてしまう。その視線に気づいたのか、宮入博士は論文から顔を上げて軽く微笑む。


「その先に博士がいた。きっかけは雑誌の対談だったけど、きっとこれも大事な出会いだって話しててピンと来て。それで、共同研究に誘ったわけだけど」

「すみません、そのまま押しかけてしまって」


 真面目に答えたつもりだったけど、宮入博士は小さく吹き出した。


「いや、僕の直感は間違ってなかったと思う。さ、じゃあここからは過去と未来の話をしよう」


 その言葉で宮入博士のスイッチが入る。そこにいるのはあらゆる運命を受け止めて、だけど今も眠り続ける彼女の運命にだけは抗い続けてきた一人の人間の姿。

 その顔に微かな寂しさと胸の痛みを覚えつつも、見つめずにはいられなかった。

 自分がすっかり宮入博士に惹かれていることには、とっくに気づいている。それがきっと叶わないことにも。苦みと酸味を珈琲とともに飲み込んで、小さく息をつく。


――だけどもし、高校時代に宮入博士と知り合っていたら。私たちの運命はどう変わるのだろう。


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