第1'章 この世界に足されたもの②
学年が上がってクラス替えはあったけど、教室に入っても特にワクワクもドキドキもなかった。
友達と呼べるような友達なんて殆どいないし、そもそも俺と仲良くしようという相手がまずいない。
だから、普段過ごすのに困らない程度の関係性だけ築いて平穏にやり過ごせればそれでよかった。
2年9組、担任は化学担当の石川先生。
ちょっとおせっかいなところもある印象の三十代半ばくらいの先生で、そこは可もなく不可もなくというイメージ。教室の最後列の席でぼんやりと名簿や教室内を見渡していると始業の鐘が鳴り、ボサボサな髪を手で押さえつけながら石川先生が入ってきた。
ちらっと隣の席を見る。教室の中でその席だけ誰も座っていなかった。
名簿を見ると神崎香子という生徒の席のはずだけど、いまいちその名前に見覚えがない。まあ、一学年に400人も生徒がいる学校だから、同じ学年でも知らない相手の方が多いくらいなのだけど。
「さて、今日からこのクラスの担任の石川雄介だ。別に、ビシバシするつもりもないから気楽にやってくれ。今日はこの後体育館で始業式だが、お前たちだけはその前に1つ楽しいイベントがあるぞ」
教壇に手をついた石川先生の視線が俺の方に投げられる。正確には俺の隣の誰も座っていない空っぽの席。なるほど、名前に見覚えがなかったのは俺が知らなかったからではなく、高校では珍しいけど転校生だからか――と考えて朝の光景を思い出す。見慣れぬ制服の見知らぬ女子生徒。
いや、そんなまさか。
「じゃあ、入ってくれ」
石川先生が廊下に向かって呼びかけると、ドアがガラッと開かれる。
教室中が浮足立つ様子なんて初めてみた。廊下から入ってきた女子生徒の姿に隣の席の男子が惚けたように息を零す。教室あちこちで似たような反応が起きる中、多分俺だけが違う意味で息を呑んでいた。
「初めまして、神崎香子です。よろしくお願いします」
濡れ羽色の髪を艶めかせた神崎がはにかむと教室中がざわざわと揺れる。
「神崎は親御さんの都合で今日から永尾高校で学ぶこととなった。新しい仲間だから、よろしく頼むぞ。じゃあ、神崎はあそこの空いている席に行ってくれ」
はい、と頷いた神崎は石川先生が指さした通りに俺の隣の席にやってくる。
「今日からよろしくね、宮入君」
ニコリと笑みを向けてきたのは、今朝俺にタイムトラベルがどうこう質問してきたあの女子生徒で。同じクラスになるところまでは百歩譲って認めるとして、なんで隣の席なんだよ。ちらっと様子を伺うと鼻歌交じりで席に座った神崎と目が合い、またふわりと微笑まれる。ああ、もう。どうしてそんなに親しげなんだ。今朝初めて会ったばかりだろう。そもそもあれだって、出会いと呼べるようなものじゃない。
「じゃあ、改めて今日の流れだが――」
結局、石川先生の話は全然頭に入ってこなかった。