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君がいる世界を僕は必ず奪取’する  作者: 粟生深泥
第3章 溢れだしてきたものは
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第3'章 溢れだしてきたものは④

 車に揺られること約一時間、目的地である「坂巻山」に到着した。登山道の入口には車が数台泊まれる駐車場があったけど、連休中にも関わらずそこにあるのは石川先生の車だけだ。

 ここを調査場所に選んだ筑後が言うには、特に高い山でもなく登山や観光で訪れる人はほとんどいないらしい。確かに、周囲はただただ鬱蒼とした森が道のギリギリまで迫ってきているだけで、人を惹き付けるような何かがあるようには見えない。


「この山は携帯の電波入るらしいから、何かあったら電話してくれ」

「石川先生は中に入らないんですか?」

「全員まとめて遭難なんてなったら目も当てられないからな。それに」


 石川先生は大人びた表情でぽっちゃりを少し行き過ぎたお腹周りをぎゅっと握る。


「運動不足の権化みたいな俺がお前らと一緒に登ったら、俺が一番初めに遭難する」


 なぜかわからないけど石川先生は自信満々だった。筑後は筑後で慣れっこなのかそんな先生の発言を気にすることなく「行こうか」と車から荷物を降ろして先頭に立つ。普段は人見知りで引っ込み思案なところがあるけど、本領のフィールドワークで気合が入ってるのかもしれない。

 俺と神崎も筑後に倣って荷物を背負うと、筑後に続く。登山道に入ると深安山より幾分マシな細い道が山の上へと続いていた。水はけがいいのか昨日まで雨が降っていた割に足元はしっかりしている。


「まずは山頂に向かって、そこから山の向こう側に続く道を降りると沢に辿り着くんだ。そこがひとまず今日の目的地だよ」


 先頭を行く筑後は時々後ろの俺たちを気にしながらも身軽に山を登っていく。人のことをとやかく言える立場じゃないけど、すらりと細身の筑後が苦も無く山を登っていくのは少し意外だった。好奇心が背中を押しているのか、あるいは経験値がすごいのか。


「ねえ、筑後君。今日はどうしてこの山を選んだの?」

「坂巻山という山の名前は昔から伝わっているものらしいんだけど、どうやら昔は坂の字が違ったらしくて」


 振り返った筑後が指で空中に文字を描く。


「昔は逆に巻くって書いて逆巻山って呼ばれてたんだよ。そんな坂巻山には死んだ身内にあったとか、昔の英雄の亡霊を見たとかっていう『時を遡る』言い伝えが多く残ってて」


 筑後は背負っていたリュックを体の前側で抱えると、中からタブレット端末を取り出す。何度かスライドさせると古い絵の画像を見せてくれた。それは初めてオーパーツ研究会に訪れたときに見た虚舟――蓋つき丼みたいな船の絵だった。船は水辺に浮かんでいるようで、やはり一人の女性が興味深そうにあたりを見渡している。


「ここでも虚舟の伝承が伝わってるんだよ。あまりこの辺りは人が立ち入らないらしいから、昔のものがそのまま残っている可能性はあるし。時間を逆巻きしたような言い伝えがいくつも残る理由が見つかるかも」


 俺は未だにタイムトラベルなんてものは信じていないけど、筑後の話には不思議と興味を惹かれる。理性的なところでは筑後の話は“それらしい話のそれっぽい部分”を集めただけの偶然に見せかけた必然の集合体だと思っているけど、それを実際に確かめてみるという姿勢が好きなのかもしれない。


「つまり、この山にはタイムマシンが眠ってるんだね!」


 俺以上に神崎はノリノリのようだけど。


「そう考えるとワクワクするよね。まあ、実際は何で坂巻山には時を遡る言い伝えが多いのかってヒントが見つかったらいいなってくらいだけど」


 興奮した様子の神崎に筑後がはにかみながら答える。一見、噛み合わなさそうなタイプの二人に見えるけど、未来とかタイムトラベルの話になると驚くくらい波長が合うらしい。なんだか置いていかれているような感じを覚えつつ、現実でまで置いていかれない様にスイスイ登っていく二人についていく。


「虚舟の絵画からして、何か残っている可能性があるのは沢から下流の方だと思うから。今日は沢までついたら川を下っていくつもり。沢を集合地点にしておけば途中で疲れてもそこでまた集まれるしね」


 この前深安山を登った時に分かったけど神崎も意外と体力があるし、筑後は時々振り返りながら先頭を余裕で歩いている。もし最初に脱落するとしたら俺だろうけど、こんな人気のない山の中を一人で待ち続けるのはそれはそれで疲れそうだ。

 そこからも筑後のオーパーツに関する話を聞きながら30分くらい登ったところで山頂に辿り着き、小休止をしてから登ってきたのとは反対側の斜面を下る。10分くらいすると水の音が聞こえてきて、そこから5分くらい進んだところで視界に澄んだ青さを湛えた沢が姿を見せた。


「うわあ、綺麗……!」


 神崎の口から感嘆の声が漏れる。小さな沢だとは思うけど、青みがかった水は木漏れ日の光でキラキラと穏やかに輝いていて、どこか神秘的な気配さえ纏っている。それこそ、ここで不思議なことが起きていたとしてもありえそうだと考えてしまうくらいに。


「ちょっと休憩してから、本格的に調査を始めよっか」


 筑後の言葉で俺たちはそれぞれ手近な倒木や石に腰を掛けて持ってきた軽食を食べたり辺りを写真に収めたりする。沢に水が注ぐ音が心地よいゆらぎを奏でていて、そこに鳥の囀りや木々を通じた風の音が彩りを加える。正直、ここで帰ったとしても十分価値がある場所だと思う。

 連休中は借りてきた永尾町の文献を読むのにほとんどの時間をつぎ込んでいたから、少し塞ぎがちあった気分もいつの間にか自然に溶け込んでいた。

 10分くらいそんなふうにリラックスして、最初に立ち上がったのはやはり筑後だった。


「ここからはメインの登山道じゃなくて脇道に沿って川を下るから。無理をしないで、もし途中ではぐれたりしたらここに戻ってきて落ち合う感じで。じゃあ、行くよ」


 俺たちが立ち上がって荷物を背負うのを見て、筑後は登山道から外れた獣道の方に進んでいく。一気に悪くなった足場に慎重に筑後の後を追う。筑後は少し進んでは周囲の写真を撮ったり、何かがないか探るようにあたりを見渡したりと、止まってはまた進むということを繰り返していた。

 それでも結構ペースは速くて、俺は周囲を見る余裕もほとんどなくひたすら筑後の背中を追って山を下っていくこととなった。

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