第3'章 溢れだしてきたものは③
次の水曜日の朝早く。昨日まで雨が降っていたから空模様が不安だったけど、今日は朝から雲一つない青空だった。
「おーし、全員揃ってるな。ちゃっちゃか乗り込め」
オーパーツ研究会の面々――っていっても3人だけど――で高校の正門で待っていると、石川先生の運転するやたらゴツイ車が荒っぽく停まる。石川先生の言葉に筑後が助手席、俺と神崎が後部座席に乗り込むと石川先生の車は外見に似合わずスムーズに走り出した。
今日はオーパーツ研究会で遠征――筑後が言うところの調査のためにここから車で1時間位離れたところの山に向かうことになっている。その運転をするのが石川先生というのは俺や神崎の担任だからというわけではなく。
「まさか自分が顧問やっている部活を俺たちに紹介してたとは思ってませんでした」
「ガハハ、そろそろお前らも大人の汚さを学んでいい頃だろう?」
少し皮肉っぽく言ったつもりだったけど、意に会することなく石川先生は豪快に笑って受け流してしまった。石川先生はオーパーツ研究会の顧問で、つまり、俺たちは実質的に部員一人で廃部寸前の部活に送り込まれたわけだ。
「本当に。部室が今は使われてない第二化学準備室の時点で気づくべきでした」
「いや、俺が着任する前からオー研の部室はあそこだったからそれは偶然だ。それに、あそこは別に元化学準備室じゃなくて、今も現役の化学準備室だぞ?」
「え」
「予備の化学準備室として現役だ。まあ、普段実験で使う薬品は第一化学準備室に保管してるから、第二化学室にあるのは化学部がたまに使う薬品とかを保管してる感じだな」
「そこを部室として使うのって問題ないんですか?」
「まあ、劇薬の類は置いてないし、鍵は俺が管理してるしな。実験器具は壊さなければ別に使っても構わねえし、お前らなら薬品抜き出して使うこともないだろうしな」
石川先生は筑後に全幅の信頼を寄せているようだけど、本当にそんな管理でいいのだろうか。助手席に座る筑後の肩が微かに震えた気がする。
それはさておき、実験器具は自由に使っていい、か。神崎が熱心に部室に通っている理由が少しわかった気がした。
「ああ、それでこの前行った時には液体の入ったフラスコが置いてあったのか」
「うん。せっかくだから私がちょっと使わせてもらってる。“あれ”の分析とかでね」
隣に座る神崎の言葉に納得する。連休前に部室に顔を出したときには「サワルナ」と張り紙がされたフラスコがいくつか並んでいたけど、神崎の仕業だったのか。アレ、というのは4月に深安山で神崎が採取していた土や木片だろうか。成果を聞かないからてっきり諦めたのかと思っていたけど、まだチャレンジしてくれていたらしい。
「へえ。意外とシンプルな実験器具だけでも分析とかできるんだな」
何気なく口にした言葉だけど、助手席に座る筑後が先ほどより大きめにビクリと震えた。
そういえば、部室のフラスコは何やら泡立っていた気がする。たとえば土と水を混ぜるだけであんな反応するだろうか。石川先生は上機嫌で車を運転しているけど、管理者としての責務を今まさに問われているところかもしれない。
とはいえ、神崎がやっているのは呪いの正体を解き明かすための行為で。部室にある薬品の中に劇物の類は無いらしいし、黙っていても問題はなさそうで。
「創意と工夫で、意外とどうにでもなるよ?」
「ふうん、そんなもんか」
神崎の創意と工夫がどこに向けられたものかはわからないけど――例えば部室の薬品棚のピッキングとか――その言葉をさらりと受け止めてみせると、助手席の筑後が露骨に安堵の息をついたのが見えた。
「ま、何にせよ、だ。オー研が賑やかになってよかったよ。な、筑後?」
「は、はいっ!」
筑後の些細な変化など気にも留めずに機嫌よさそうに笑う石川先生の車に揺られて、俺たちは目的地へと向かっていく。




