第3'章 溢れだしてきたものは①
四月末、ゴールデンウィーク初日の土曜日。
自分の部屋で本を読みふけっているうちに首が凝ってきて顔をあげると、既に夕方になっていた。ひとつ息を吐き出して、読みかけの本を机の上に積む。連休の間に色々読み進めたくてこの永尾町の歴史や伝聞を記した本をありったけ図書館で借りてきたのだけど、目当ての情報は殆ど見当たらなかった。
唯一それらしいものは、明治のはじめ、深安山付近で大水が発生したとき、大水の中から湯気とともに鬼が出てきてそこにいた村人を呪っていったという記述だった。やはり深安山の社に描かれた鬼は洪水などの水に関する災害を表したものなのだろうか。
それなら、呪いと鬼の関係は。それに、鬼が出てくる時に溢れだしてきた湯気というのは一体何を例えているのか。
ピピピピピピピッ
思考がぐるぐると巡っていたところに、スマホに着信が入って我に返る。スマホの画面に表示されていたのは綾村時乃の名前だった。
「もしもし、翔太? 今大丈夫?」
時乃の声の向こう側から微かに雑音が聞こえる。どこか外から電話をかけてきているのだろうか。
「大丈夫だけど、どうした?」
「大した話じゃないんだけどね。今度の水曜日暇? 部活休みになったから、久しぶりにどっか出かけない?」
そういえば今年に入ってから時乃と一日がかりでどこか出かけるみたいなことはなかった。別に特に理由があったわけじゃなくて、時乃の部活が忙しかったりして何となく出かけるタイミングがなかっただけなんだけど。
水曜日、ゴールデンウィークの後半か。壁にかけたカレンダーに目を向けると、その日には赤ペンで印をつけていた。
「あ、悪い。その日は丸一日部活が」
オーパーツ研究会には未だに仮入部のままではあるのだけど、ばあちゃんからのおつかいがない日は部室に顔を出すようにしていた。何をするってわけでもなく、筑後や神崎とオーパーツについて話をすることもあれば、三人別々に思い思いのことをしているときもある。
筑後は本当に俺の噂のことは知らなくて、オーパーツ研究室の部室はそこはかとなく隠れ家のように落ち着く場所になろうとしていた。。
「部活かー。そっかー」
一応、時乃にもオーパーツ研究会に仮入部したことは伝えていて、そのおかげかあっさりと納得してくれたようだった。時乃から何度か陸上部に誘われたのを全部断っていたのに、あっさりと別の部活に入ったことに罪悪感を覚えていたけど、そんな風に考えてしまう俺よりも時乃はずっと大人なのかもしれない。
ピンポーン
インターホンが鳴る。その音が不思議なことに二重で聞こえた。普通に家の中で響く音と、電話の向こう側から聞こえる音。
まさか。
急いで玄関に向かってドアを開けると満面の笑みを浮かべた時乃が立っていた。部活帰りなのか上下とも陸上部のウィンドブレーカーを纏っている。
「ふうん、ジャージ着てるなんて準備がいいじゃない」
別に家の外に出る予定がないから部屋着替わりに着ていただけだけど、嫌な予感がびりびりとする。とっさにドアを閉じようとする前に時乃の手が俺の腕をがっしり掴む。
「ちょっと面貸しなさい」
時乃が“ずっと大人だ”とか考えたこともあった気がするけど、前言は撤回した方がよさそうだ。




