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君がいる世界を僕は必ず奪取’する  作者: 粟生深泥
第2章 その一滴は波紋となって
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第2'章 その一滴は波紋となって②

 深安山は一昔前まで林業が盛んだった山で、一応山頂まで道は続いている。といっても、林業の継ぎ手がいなくなってからは山道を管理する人もいなくなり、土を均しただけの道はあちこち崩れかけているし、強い雨でも降ろうものなら滑って歩くことすら困難になる。

 そんな山道の先頭を行くのは神崎で、桃色の薄手のパーカーとグレーのトレッキングパンツという格好でグイグイと登っていく。運動するようなタイプには見えなかったけど、人は見かけによらないのかもしれない。

 まあ、山頂まではひたすら一本道を登っていくだけだから迷うことはない。無理して追いつくことはせず、神崎から少し離れたところで時乃と二人山道を進む。


「この山登るのも久しぶりかも。翔太は?」


 一歩前を歩く時乃はぐっと背伸びをしながら小さく俺の方を振り返る。山の爽やかな空気のおかげか、機嫌は回復しているようだった。


「そんな久しぶりって感じはしないな」

「……やっぱり、まだ呪いのこと調べてるんだ」


 こちらを見る時乃の眉が下がっている。呪いの話題となると、時乃は昔から俺以上に俺のことを気にしてくれた。

 祖父と父さんが立て続けに亡くなったばかりの頃は、そのショックに加えて呪いの風評もあって、取り乱すことも多かった。もしかすると時乃にとってはその頃の俺のイメージが強く残っているのかもしれない。

 俺が神崎と深安山に登るといった時についてくると言い出したのも、当時の記憶が時乃をそうさせたのかもしれない。


「まあな。俺にはそれしかないから」

「それしかないって……そんなわけないでしょ。翔太は自分で自分が見えてないだけで、いろんな可能性が広がってるの」


 ちょっとムッとしたような声ととともに時乃は足を止めて完全に俺の方を振り返る。少し迷うように自分の右手をじっと見てから、すっとその手を俺に向かって差し出した。


「あのさ、翔太。うちの陸上部、そんなにガツガツしてないし。それに、翔太は体力あるんだから、試しに入ってみない? 呪いのことを言い出す奴がいたら私がぶっ飛ばすし」


 勝気に口角をあげてみせる時乃は、本当にそんなやつがいたらぶっ飛ばしてしまうんだろうなと思うと、ありがたさとおかしさが同時に込み上げてきて吹き出してしまう。確かに、時乃と一緒に部活で汗を流して、青春らしい青春を過ごせたら楽しいのかもしれない。それは眩しなってしまうくらい明るい可能性だけど。


「……ごめん、時乃」


 それでも、自分がチームメイトと一緒に部活に打ち込んでいる姿を想像することが出来なかった。そんな中途半端で自分を騙しながら部活をするのは、真剣に陸上に取り組んでいる時乃にも失礼だと思う。


「だよね。気にしないで、ノリで誘ってみただけだから」


 時乃は謝罪の言葉を軽く笑い飛ばすと、俺に背を向けて再び山道を進み始める。

 背を向ける前のほんの一瞬、時乃の顔には泣き笑いのような表情が浮かんでいて。そんな顔をさせてしまったことに胸の奥がギシリと軋む。


「でもさ。もし本当に呪いなんてものが存在するなら」


 ポツリとこぼす時乃の周囲でザワザワと風で山の木々が揺れる。外は穏やかな春の光で満たされていたけど、管理の行き届いていない山の中は光が届かず薄暗かった。


「それは翔太を雁字搦めにしちゃった、この世界そのものなのかも」


 そんな言葉を吐き出した時乃の姿が、グラリと揺れた。

 足をついた場所が脆くなっていたらしく、崖下に向かって時乃の体がズルリと滑る。


「時乃ッ!」


 間一髪。

 咄嗟に伸ばした手が時乃の腕を掴んだ。そのまま下に引きずり込まれそうになるのをグッと堪える。走り込んでる時乃の体は軽くて、俺の力でもどうにか踏ん張ることが出来た。

 近くの木を支えにして、時乃を山道へ引っ張り上げる。あのまま落ちてしまっていたら。ワンテンポ遅れて心臓がバクバクと騒ぎ出した。


「大丈夫か?」

「あ、ありがと……」


 力が抜けたかのようにその場にペタリとしゃがみ込む。そんな時乃に手を差し出すと、時乃はおずおずとその手をとった。

 もし俺が時乃の言う通り雁字搦めになっているとしても構わない。ぐっと力を込めて時乃の体を引き起こす。


「あのさ。俺が呪いと向き合っていられるのは、時乃のおかげだから」

「私の?」

「中学でも高校でも周りの雑音を気にしないでいられるのは、時乃が近くにいてくれるって安心があるから。余計なこと考えずに、呪いと真正面から向き合える」


 時乃がいるから、俺は余計なことに煩わされずに一番やりたいことを選択することが出来る。だから、時乃にはただいつものように近くにいて、ばあちゃんからのおつかいメールを俺に伝言して、俺が余計なことを言った時は頬でもつねっていてほしかった。

 時乃は少しだけおぼろげな視線で俺を見た後、困ったように表情を崩す。


「なんかなあ。私、一番大事なところで損してる気がする」

「何だよ、損って」

「それはさ──」

「宮入君ー! 時乃ちゃんー! 先に頂上行っちゃうよー!」


 時乃は何か言いかけたようだったけど山の上の方から神崎の声が聞こえてきて口をつぐんだ。いつの間にかだいぶ先の方まで登ってしまった神崎が手を振っているのが木々の隙間から見える。思わず時乃と顔を見合わせて、どちらともなく苦笑が浮かんだ。


「ちょっと急ぐか」

「うん」


 時乃を支えていた手を離して、俺たちは遥か先にいる神崎の元へと急いだ。


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