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君がいる世界を僕は必ず奪取’する  作者: 粟生深泥
第1章 この世界に足されたもの
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第1'章 この世界に足されたもの①

 ここ最近では珍しく、春先まで冬の寒気がずっしりと居座っていた。

 新学期が始まるのを待っていたかのようにようやく桜が咲き始め、高校二年生の初日は桃色の風に背中を押されながら自転車を漕ぎ出した。

 住宅街を抜けたところの赤信号で足を止める。見慣れない制服の女子生徒が信号が変わるのを待っていた。

 春風がふわりと吹き抜けて、彼女の髪をふわりと揺らす。その隙間から、透き通るような瞳と目が合った。


 ちらっと俺の方を見た女子生徒は目が合った瞬間、驚いたように目を見開きそのまま俺の方に振り返る。腰の手前まで伸びた大人っぽい濡れ羽色の髪、思わず魅入ってしまうクリッとした瞳。一度見たら忘れられないくらいに印象的な雰囲気。

 これまで一度も見かけたことの無い女子生徒。それなのに、どうしてそんな眩しそうな目で俺のことを見るんだろう。

 女子生徒は期待に満ちた微笑みを浮かべて一歩こちらに向かって歩み寄る。


「ねえ、宮入君。タイムトラベルって信じる?」


 吸い込まれそうな表情から放たれた質問に一瞬思考が固まる。

 タイムトラベルって言ったのか。さっきまで見惚れかけていたその顔が急に胡散臭く見えてくる。

 聞き流そう。いきなりそんな質問をしてくる奴がまともなはずがない。女子生徒から信号の方に視線を向けると、タタタっと女子生徒が視界に割り込んできた。楽しげに笑いながら首をかしげる。


「あっ、そうだ。まずはタイムトラベルについて説明しないとだよね。宮入君に対して教える側になるの、緊張するなー」


 女子生徒は本気なのか冗談なのかドンドン話を進めていく。呆気に取られているうちに女子生徒はパチンと両手を合わせてから、ちょいちょいと空の方を向けた人差し指を顔の隣でくるくる回す。そんな仕草が不思議と懐かしく感じたけど、やっぱり俺は一度もこの女子生徒と会ったことはないはずだ。


「まずタイムトラベルには物理型と波動型というのがあってね。今から話すのは比較的容易にタイムトラベルできる波動型の方で……」


 女子生徒は勢いのまま何だかよくわからないことを話し始めた。謎のタイムトラベルの理論を語りながらさりげなく俺の進路を塞いでいる。話している内容はまるで意味が分からないけど、とにかく俺が答えるまで逃がさないという強い意識を感じた。


「わかった、わかったから。タイムトラベルなんて信じない。これでいいか?」

「じゃあ、その理由は?」


 面倒くさいな。新学期早々なんでこんなのに絡まれてるんだろう。ちょっとため息をついてみるけど女子生徒が動じる気配はなかった。仕方ない。


「……人間が認識できる世界が四次元である以上、四次元目の時間を自由に行き来できるはずがない。それに、タイムパラドックスの問題もある。例えばAという人物が今起きた問題を解決するために過去に戻って原因を取り除いたとするだろ」


 どこかで聞きかじったような知識を組み合わせただけだけど、女子生徒は瞳をキラキラとさせて俺の言葉を聞いている。なぜだか悪いことをしているような気分で居心地が悪い。ああ、もう。本当に何なんだ。


「Aが失敗しなかった未来ではタイムトラベルする理由がなくなる。だけど、タイムトラベルをしないと原因が取り除かれたという事実がなくなってAは失敗してしまう。そしたらまた問題を解決するためにタイムトラベルをして……とAはループの中に閉じ込められる。でも、グルグルとそこで時間が回り続けるっていうのもやっぱりあり得ない。タイムトラベルなんて理論的に破綻してるだろ」


 女子生徒は軽く腕を組むとうんうんと何度も頷く。適当に話しただけなのにそんな風に納得されると逆に恥ずかしかった。今はただ早くこの場から逃げ出したい。


「ほら、もういいだろ?」

「うん、ありがとう。急にごめんね。どうしても今の宮入君がどう考えてるか、聞いてみたくなっちゃって」


 女子生徒はちょっとドキッとするくらいに綺麗で――それでいてどこか儚げな笑みを浮かべると、俺の自転車の進路を開けた。ちょうど信号が青に変わり、吸い込まれそうな視線から逃げ出すようにペダルを踏む足にグッと力を込める。

 そのまましばらく漕ぎ進め、十分距離をとったかなというところで振り返ってみる。

 女子生徒は相変わらず交差点のところで立ち止まったまま、じっと俺の方を見ているようだった。

 もう一度記憶を辿ってみるけど、やっぱり見覚えはない。あんな相手、一度会っていたらそうそう忘れないと思う。でも、そうだとしたら。


「なんで俺の名前知ってんだよ……」

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