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Chapter 2 『白瀬 由衣』と『行方不明』

お久しぶりです。みなさまはお変わりありませんでしょうか。

私も変わらず、あなたの一言をお待ちしています。

「友達だよ」

 その日のお昼休み、吹奏楽部の入部希望者である川望かわもちに問われて白瀬はそう答えた。

「え、ほんとですか?」

「うん。小学生の頃からの幼馴染」

「じゃあ付き合ってたりは…」

 白瀬は笑って答える。

「してないよ。そんな気になるかな」

「なりますよ!」

 彼女の声が部室に響く。部室といってもただの空き教室で、普段は授業で使う教材の物置部屋として使われている。隅にはダンボールが並び、中には大きな三角定規や教鞭が詰め込まれ、ただ静かにその出番を待っていた。

 教室には白瀬と川望の二人を除いて誰もいない。登校中に黒縁と話したように、トランペットでの入部希望者は川望だけだ。そもそも前提として、今は部活の後輩ができる時期でもない。

 驚いたままの表情で川望が続ける。

「まさか、中学校での噂も知らないんですか?」

クリクリとした目をこれでもかというほど大きく見開いたその様子は、以前テレビで見かけた、おやつを待つ犬の表情を連想させた。

「噂?」

「由衣先輩と黒縁先輩が付き合っているって噂です。学校ではまずまず有名な話だったと思いますけど」

「そんなものが広がってたんだ」

思わず白瀬は苦笑する。

それは根も葉もない噂話が広まっていたことへの可笑しさでもあったけれど、それよりも黒縁の心情を思ってのことだった。

 彼は基本的になんでも知っている、と白瀬は思う。それは知識的な部分はもちろんのことで、あらゆる物事への対処の仕方もそうだ。何か困ったことがあっても彼を頼れば大抵のことは解決する。彼はある程度の知識を、そして、選択の正解を知っている。たとえそれが、学校の噂話であったとしても。

 誰かと誰かの恋話も、どうして友達が休みだったのかも、いつも彼は知っていたと思う。もちろん彼は知らないふりをしていたけれど、長年の付き合いなのだから、彼が嘘をついている時はなんとなくわかるものだ。そしてその嘘に、白瀬は気づかないふりをしてきた。だって彼は選択の正解を知っているのだから。

 故に、川望の言う噂を知らないはずがない彼は、私に伝えないように色々と手を回していたのだろう。その理由はわからないけど、それに振り回される彼の姿は想像するだけでなんだか可笑しい。それと同時に、なんだか守られているような気がして心地が良かった。

「それなら由衣先輩は、黒縁先輩のことどう思ってるんですか?」

「どうって、友達———というか、幼馴染だよ」

「恋愛感情とかはないんですか?」

 恋愛感情。男女間の関係は、基本的にそのように括られてしまう。簡潔でわかりやすい括りかたではあるけれど、そのために無視された感情の方が大事だと白瀬はよく考える。

 とはいえ。

「恋愛感情、ねぇ…」

 掛けていた椅子に凭れて、うっすらと日に焼けた天井を見上げながら白瀬は自問する。


━━━━━━━私は、彼が好きなのだろうか


 その答えを真剣に探して、きっともう五年になる。そしてその答えは、五年前に見つかっていたはずだ。

「昔、日向から手紙をもらったことがあるの。小学生の頃、靴箱に彼の名前の書いた手紙が入っていてね」

「手紙…まさかラブレターですか?」

食い気味な川望の質問に白瀬は首を振った。

「わからないんだよね」

「わからない?」

「うん。開ける前に無くしちゃったから」

今度は川望が苦笑いを浮かべた。

「無くしちゃったって…。その後どうなったんですか?」

「もちろんいろんなところを探したよ。でも見つけられなくて、結局日向に事情を話して一緒に探してもらったんだ」

 渡されたものを———しかもレブレターかもしれないものを差出し人と一緒に探すなんて、今考えれば相当に可笑しな話だ。けれど当時は必死だったし、それが顔にも出ていたのだろう、あの時日向が「一緒に探そうか」と笑ったことを思い出す。

「まぁ、見つからなかったし、手紙の内容は結局教えてくれなかったんだけどね」

 一緒に探すくらいなら教えてくれても良さそうなものだけれど、彼なら手紙で読むことにこだわってもおかしくはない気がする。

あの手紙がラブレターだったのか、彼の表情を思い出してもその真意はわからない。けれど、あの手紙を読むことよりも重要なことは白瀬の中で起こっていたのも事実だ。

 あの日の記憶をなぞるように、白瀬はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 「その日の帰り、日向はいつもと変わらなかった。怒ってもいなかったし、悲しそうでもなかった。でも、あの時の横顔は思い切りのついたような顔をしていたから、きっとあの手紙は私に━━━━━━」

 不意に、聞き慣れたチャイムが話を遮った。驚いて時計を見やると、時針はお昼休み終了から五分前を指している。

「いいとこなのに」とぶつぶつ言いながらも、川望は手際よく使った机と椅子を元の位置に片付ける。普段の言動から周囲に持たれる印象とは真逆で根は真面目な子なのだ。彼女は「じゃあ放課後お話の続きお願いしますよ」と言うと、自分の学年の階へと足早に帰っていった。


 五限目の体育を経て、六限目の数学に挑む白瀬のクラスはその大半が夢と現実を彷徨っていた。白瀬も例外ではなく、授業の前半は微睡に苛まれ、授業終了間際になって、やっとシャープペンシルの先をノートに走らせていた。とはいえノートにまとめていたのは授業の内容などではなく、微睡の中で見た夢、昼休みに話題に上がった失くした手紙についてだった。

 目を閉じて、先ほど見た夢を、今から五年前の出来事を眼裏に描く。

 放課後、帰ろうとして何気なく靴箱を開けると、一通の手紙が隅に立てかけられていた。それは淡く青い、まるでブルーモーメントみたいな色をしている。手に取ってみてもそう重くない。便箋はライオンのステッカーで封がされており、それ以上の装飾のないシンプルなものだった。手紙の端には『日向』と書かれている。白瀬はその場で読むのもなんだか気恥ずかしくて、この時間には人気の少ない図書室で開封しようと鞄に入れた。けれど図書室に着いた頃には手紙はすでに失く、結局見つかることもなかった。

 ゆっくりと目を開け、再度ノートに向き合う。フラッシュバックとも言えるその夢は白瀬の記憶とほとんど相違なく、新たな発見もほとんどない。とはいえ、逆にいえば、新たな発見があるのもまた事実だった。

 封に使われていたライオン。夢で鮮明に描かれたその姿には、胸に勲章のようなものがついていた。

━━━━━━━きっと、オズの魔法使いに登場する『臆病なライオン』だ

 オズの魔法使いという舞台劇に登場するキャラクターの一人、『臆病なライオン』は勇気がないことをコンプレックスに感じていた。強大な魔法使いであるオズに勇気をもらおうと考えた彼は、主人公であるドロシーと共に魔法使いに出会う冒険に向かう。最終的に彼はオズの魔法によって勇気を手に入れるわけではなく、密かに眠っていた勇気を振り絞って仲間を助けた姿を認められて贈られた勲章に、最初から自身に勇気が備わっていたこと気づかされる。

 そういえば、と白瀬は思い出す。日向はオズの魔法使いが好きだった。 幼い頃に彼の家へ遊びに行った時、いくつものぬいぐるみを見せてもらったことを思い出す。ヒロインの『ドロシー』と飼い犬の『トト』。『知恵のない案山子』、『心を持たないブリキの木こり』そして、『臆病なライオン』。彼の部屋には色の褪せたアンティーク調のポスターがあり、彼の部屋の小さなテレビで一緒に映画も見たはずだ。

 白瀬は小さく息を吐く。けれどため息ではなかった。

 きっと、幾つものことを忘れている。

 小さな頃から身近な存在であるというのは、ある種の呪いだ。それは幼馴染である日向のことはもちろんだが、同時に愛猫の『ちぃ』のことでもある。

 日向が何を好きなのか、これまでどんな会話をしてきたのか。ちぃは去年のこの日、何に鳴いて、何に身体を擦り寄せたのか。

 ささやかな幸せは、新たなささやかな幸せによって静かに覆い隠されていく。それはきっと不幸なことではないのだろう。悲しいことではあるけれど、決して不幸ではないと白瀬は思う。

 きっと幾つものことを忘れている。けれど、幾つものことを覚えていく。記憶に刻んでいく。

 それからもう一度目をつむって、ちぃを思う。額の毛並みや触り心地。背中の匂い。その全てが、私の中で生きている。

 授業終了のチャイムがなるまで残り三分。白瀬は眠らなかったし、夢も見なかったけれど、ちぃには会った。そんな気がした。


 帰りのホームルームを終えて部室に向かった白瀬だったが、結局川望に出会うことはなかった。少しだけトランペットの練習をして、休憩がてらに何気なくスマートフォンを見てから、そこでやっと川望から連絡が来ていたことに気がついた。

━━━━━━━すみません、ちょっと急用ができたので今日は練習お休みします

 お休みした分も明日練習頑張りますね、と続くメッセージに返信して、荷物をまとめて学校を出る。

 春先の夕暮れはやはり暗くて、風も若干肌寒い。昨年のクリスマスプレゼントに川望から貰ったマフラーを首に巻き、海辺の灯台が遠くに見える一本道を歩いていく。

 入部希望者である川望はその立場上、練習を義務に感じる必要はない。実際、先ほど白瀬がしたように顧問の先生に一言入れればその日の練習をお休みすることもできる。けれど、川望は部活動のある日は毎日に顔を出すし、中学時代の部活動においてもよほどの理由がなければ休まなかた。真面目といってしまえば簡単だけれど、きっと彼女を駆り立てる強い想いは確実に存在しているはずだ。

━━━━━━━何が彼女をそこまで駆り立てるのか、今度聞いてみよう

 まだ遠くの、海を照らす灯台を見ながら、白瀬はそう思った。彼女のことをもっと知りたい。その上で重ねる日常は、これまで以上に鮮やかなはずだ。

 灯台からのびた閃光は海の果てを照らし、そのままゆっくりとこちらに向かってくる。海を照らし、山を照らし、この一本道を順々と照らしていく。

 その閃光に軽く目眩いた白瀬は、不意に足を止めた。

━━━━━━━なら私は、なぜ吹奏楽部に入ったのだろうか

 眩みのせいなのか、うまくその記憶を思い出せない。まるでその部分だけ切り抜かれたようにぽっかりと穴が空き、他の記憶からそれを辿ることもできない。なんだか気持ちが悪くて目を瞑ると、先ほどの灯台の光の残像が瞼裏に焼き付いて、曖昧な円形を描いている。

━━━━━━━鮮明な夢を見たから、変に疲れているんだ

 疲れを振り払うように軽く頭を振って、白瀬は歩き出す。

 ただ不意に、その一歩に違和感を覚えてまた足を止めた。

 薄っぺらい小さな紙が、足元でパタパタと音を立てて風に揺れている。

 何かのチラシかと目を凝らして、白瀬はふっと息を止めた。

『臆病なライオン』のステッカーで封された一枚の手紙。

 五年前に失くした手紙が、足元に落ちていた。


 その夜、北湘街では『拾い物』の報告が相次いだ。ある人はぬいぐるみを道端で拾い、ある人は写真を拾った。北湘高校に密かに存在する匿名掲示板はその情報で溢れかえっている。共通するのは、当人が昔失くしたものであるということで、失くした時期はバラバラでありながらも、その反例は今のところ出ていない。

 白瀬がそのことを知ったのは、次の日登校してすぐのことだった。そしてその日、川望は部活動を休み、その姿を一日見かけることもなかった。

 一限の授業中、窓の外から灯台を見ながら、昨日の夜を思い返して白瀬は思う。

 きっと拾い物の情報が行き交って、街には若干の混乱が訪れていたはずだ。

 ただそれでも、昨夜の街はいつもより静かだった。

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