初恋を実らせて結婚した聖女さまは、愛する旦那さまとゆっくりお休みを満喫したい。
この作品は、『婚約破棄されて自由の身になった聖女さまは、憧れの恋愛結婚をしてみたい。目標は殿下と男爵令嬢をこえるスーパーバカップルになってやることです。』(https://ncode.syosetu.com/n1609hx/)と同一世界の物語です。
『婚約破棄されて自由の身になった聖女さまは〜』は、2024年3月29日より一迅社様から発売されている「偽聖女だと言われましたが、どうやら私が本物のようですよ? アンソロジーコミック 3巻」に収録されております。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
「聖女ジュリア、結婚祝いに願いをひとつ叶えよう」
「恐れながら陛下、しばしのお暇をいただきたく存じます」
私の言葉に、貴族たちがどよめくのがわかりました。え、ちょっと皆さん驚きすぎではありませんか。陛下も王笏を取り落とすなんてとんだうっかりさんですこと。
聖女の恋愛解禁を願い出た結果、憧れの初恋の王子さま――スティーヴンさま――と結ばれたのはつい先日のこと。私を捨てた元婚約者と男爵令嬢カップルのように、運命の相手と蜜月を過ごしたいという願いは、スティーヴンさまが元婚約者の代わりに王太子に即位し、結婚式を経てようやく叶うことに……なりませんでした! 聞いていた話と全然違うのですが、ひょっとして新手の結婚詐欺ではないでしょうか?
私たちは結婚後いちゃラブする間もなく、別居生活に突入いたしました。なんだったら、結婚前の方がお互いに顔を見る時間があったような気さえします。
ここ最近など、突如発生した魔物討伐に聖女として駆り出されております。甘さとは無縁の泥臭い前線です。新婚やら新妻という単語が似合わない現場であることは間違いありません。一方のスティーヴンさまはというと、国王陛下の片腕として政治に関わるとともに、騎士団に任せることができない厄介な事案を一手に引き受けているようなのです。そのせいで、私にも話してくださらない秘密も増えているご様子。
「まさかの新婚早々に暇乞いだと? スティーヴン、あやつはどこじゃ! 愚息のみならず、愚弟まで聖女に逃げられるとは何事か!」
「陛下、何を勘違いしていらっしゃるのかわかりませんが、離婚するつもりなんてございませんよ。私はただ文字通り、休暇が欲しいのです。新婚なのに、蜜月返上で私もスティーヴンさまも働き詰め。その上ずっと別居中なんて、意味がわかりません。この国はどうしてそんなに人手不足なのでしょう」
私のぼやきに、陛下が涙目になりました。おかしいですね、別に今の言葉に言霊なんてのせていないのですが。心からの本音は強いということかもしれません。すべて事実なわけですし。
ちなみに、スティーヴンさまに王太子の地位を譲り、王位継承権を失った私の元婚約者とお相手の男爵令嬢は、バカップル状態でたいそう幸せに暮らしているそうです。特筆すべき仕事もないままの気ままな離宮暮らし。
うらやましすぎるでしょうが!
こちとら、まともに眠れず目の下のクマを無理矢理聖女パワーで消している状態なのですが。昼間に眠気が襲って来ても眠る暇はなく、夜やっとこさ寝台で横になれたところで疲れすぎて頭がさえわたりちっとも眠くなりません。眠れないときに襲ってくる眠気を瓶詰めで保存できたらよいのに!
地団駄を踏みたくなるのをこらえ、陛下に向かって微笑んでみせます。現在使用しているのは、聖女スマイルに王太子妃ロイヤルスマイルを融合させた新技です。神々しさと同時に耐えがたい圧力を出現させる笑顔に、陛下がひるむのがわかりました。
「私はただ、スティーヴンさまと一緒にゆっくり休む時間がほしいだけなのです。せめて今いる王族の中で、もう少し仕事の割り振りとともに働き方改革を考えていただけると助かるのですが」
そもそも、実際に動くことができる王族の人数に対して、王族がこなすべき仕事量が多すぎます。この辺りのバランスを考えないことには、今後も同じような問題が多発することでしょう。
「三年子なしは去れなんて意地悪な言い回しもありますが、物理的な時間も確保できないのですから、世継ぎの誕生など夢のまた夢。さすがに聖女とはいえ、無性生殖は難しそうですし」
「そ、それは……」
国を支える王族の一番の仕事は、血筋を繋ぐこと。でも今のままでは、物理的に不可能なのです。接触することさえできないのですから、仕方がありませんよね? 私からの直接的すぎる陳情に、国王陛下の顔色は赤くなったり青くなったり大忙しです。
「はあ、事情はよくわかった。だがもう少し早めに相談してほしかったのだがな」
「それは確かに申し訳なく思っております。ただ実際のところ、こちらに足を運ぶ時間も惜しいありさまでして」
「なるほど」
「そもそも悠々自適な暮らしを満喫なさっているどこぞのバカップルがいらっしゃるのに、聖女である私と現王太子であるスティーヴンさまにだけ重労働を課すというのはどういうことなのでしょうね? ここ最近スティーヴンさまが頭を悩ませている問題の中心には、元王太子殿下が関与しているようだという話も耳にしておりますが」
「あのあんぽんたんが!」
さすがは国王陛下。私をポイ捨てした元婚約者の製造責任者ということもあり今から離宮へ向かうようです。
スティーヴンさま、申し訳ありません。国王陛下の耳に入る前になんとか解決したいという親心……もとい叔父心?を潰してしまいました。ええ、スティーヴンさまの貴重な時間を元婚約者が湯水のごとく浪費していることに対して、はらわたが煮えくり返っていて、いっそ取り返しがつかないくらいに怒られてしまえばいいだなんて、思っておりませんのよ。本当ですわ。
***
王宮を下がり神殿に戻ると、私の帰りを小麦色に輝くうさぎさんがお鼻をぴくぴくさせて待っていました。部屋の家具をかじることもなくお留守番ができるなんて、うーさんはなんてお利口さんなのでしょう。
「うーさん、お待たせしました!」
私の姿を見るなり垂直ジャンプを派手に決め、駆け寄ってくるうーさん。すりすりすりすりと足元にまとわりつかれて、額をゆっくりと撫でてやりました。目を閉じてうっとりとしている甘えん坊なうーさんの様子に、私もすっかり癒されてしまいます。けれど、うーさんの温もりを感じれば感じるほど、大切なひとが隣にいないことを実感してしまうのです。
迷子のうーさんを神殿で拾ったこと、うーさんがとっても人懐っこい子であること、うーさんは意外と自己主張が強いこと、これらをスティーヴンさまにお伝えできたらどんなに楽しいことか。今頃スティーヴンさまは、どこで何をしていらっしゃるのでしょう。
寂しい……と思わず口に出しそうになって、慌てて飲み込みました。どうにもできないことを愚痴ったところで、虚しさが募るだけ。不満はひとつ数え始めると、他の不満まで連れてきてしまいます。代わりにうーさんの頭から背中までを繰り返し撫でておきました。ゆっくりと身体が蕩けていくうーさんが可愛らしいです。
「王族なのですから、国のために働いて当然だとわかっています。それでも、やっぱり隣にいてほしいと思うのは、わがままでしょうか」
「ぷうぷう」
「あら、うーさん、慰めてくれるのですか。優しいですね」
うさぎは抱っこされるのはあまり好きではないとよく聞きますが、うーさんは、抱っこどころかうさ吸いも嫌がらずにさせてくれます。神ですか。神ですよね。神に違いありません。干し草のような優しい匂いに包まれていると、やっぱりスティーヴンさまに会いたくなります。
「スティーヴンさまにも、うーさんを紹介してあげたいです。うさ吸いをすると、疲れなんて一瞬で吹き飛ぶんですよってお教えしたらどんな顔をなさるかしら」
「ぷう」
タイミングよく返事をしてくれる優しいうーさん。私ばっかり、こんなに癒されてしまってよいのかしら。
休む暇がないと愚痴をこぼしている私ですが、実際のところ私以上に、スティーヴンさまはお忙しいのです。それは私が王太子妃の仕事に煩わされることなく、聖女としての仕事に集中できるように配慮してくださっているから。きっと本来は私に割り振られている仕事も、まとめてスティーヴンさまがこなしてくださっているのでしょう。
でも、それでは駄目なのです。私がいなければ回らない、あるいはスティーヴンさまがいなければ回らない仕事の仕組みは変えていかなくてはいけません。ずっと先延ばしにしてきたお仕事改革をする時期に来たといっても、過言ではないのでしょう。
仕事の仕組みを変えることは、実はとても面倒くさい作業だったりします。こういってはなんですが、仕事というものは基本的にわかっているひとがひとりでやったほうが早く終わることがたくさんあるのです。
どういう風に仕事を振り分けるかを考えたり、引き継ぐためのマニュアルを作ったり、実際に仕事のやり方を覚えてもらったり。喜んで仕事をしてくれるひとばかりではないので、自主性に任せると誰かに負担が偏ることもよくあります。それらをバランスよく考えながら指導するのは、自分ひとりで片付けるよりも大変なわけです。
でも、私しかこなせない仕事が発生してしまうのはよくないこと、面倒でも手分けをしなくては。そう思えるようになったのは成長した証。私は聖女であり、王太子妃でもあります。けれど、スティーヴンさまの妻でもあり、いつかは生まれてくる子どもの母となります。私抜きでは回らない現場が出てきてしまってはいけないのです。
そしてそれは、いつか王位を引き継ぐスティーヴンさまであっても同じこと。本当にわたしたちでないとどうしようもない仕事以外は、皆に振り分けることが大事なのでしょう。離宮でハッピーライフを送っていらっしゃる元婚約者殿にも、それなりの自覚を持っていただかなくては。
ふと気づくと、私のそばからうーさんが離れてしまっていました。なでなでしていた手の動きを止めてしまっていたので、うーさんは違う遊びを始めていたようです。
「あ、ちょっとうーさん。何をしていらっしゃるのですか?」
「ぷうぷう」
「うーん、ベッドはほりほりできませんよ。でも、土を運ぶ代わりにシーツにアイロンがかけられましたね。ありがとうございます。ただどうせほりほりするのなら、本物のお庭の方が良いのではありませんか? 掘り心地がよさそうな芝生のお庭が広がっておりますよ」
窓の向こう側を見せてあげると、うーさんは不思議そうに小首を傾げていました。
***
神殿のお庭では、珍しい方に遭遇してしまいました。ぴょんこぴょんこ私を先導するように歩いていたはずのうーさんは、警戒しているのでしょう、勢いよく足ダンしております。
「あら、元婚約者さまではありませんか。離宮に隔離中だと聞いておりましたが。一体全体どうやって抜け出してこられたのです?」
「いやあ、ジュリアは今日も辛辣だなあ。元婚約者さまなんて、俺泣いちゃうぞ」
「では、元王太子殿下。本日は何用でございましょう」
「まじで勘弁してって。アーネストって呼んでよ」
男爵令嬢とともに軟禁されているはずの離宮から、どうやって神殿までやってきたものやら。もしかしたら、陛下が顔を見せた際に上手いことすり抜けてきたのかもしれません。
「アーネストさま、また何か悪いことをしていらっしゃるのですか?」
「いや、俺は別に何も悪いことなんてしていないよ?」
「アーネストさまに悪意がなくとも、実際に大変なことに発展したことは枚挙に暇がありませんから」
「俺の信頼がなさすぎて泣けてくる」
「私を偽聖女呼ばわりして婚約を破棄したあげく、最終的に王太子の地位と王位継承権を失っているのですから、信頼なんてあるわけがないでしょう」
やれやれと肩をすくめながら突っ込めば、うーさんも不満そうにぶーぶーと鼻を鳴らしています。
「ジュリアは、なんで俺がジュリアのことを偽聖女呼ばわりしたと思ってんの?」
「それはアーネストさまがお馬鹿さんだからではないでしょうか?」
「大正解~」
「は?」
「俺、馬鹿だからさ、俺が国王になるのは無理だろって思ってはいたんだよね。でもさあ、父上の息子って、俺しかいないわけでさ。普通に譲るって言っても、断られちゃうし。叔父上に相談しても、馬鹿なことを言うんじゃないよってたしなめられるし。ああ、もう、思い切り馬鹿なことしなくちゃ駄目なのかなあって思ってさ」
「大馬鹿者ではありませんか。待ってください、それじゃああなた方夫婦がバカップルのような振舞いをしているのもすべて計算の上で?」
「うんにゃ、彼女は俺より何にも考えてないよ」
「ただのぽんこつバカップルじゃないですか!」
「でもさ、あの子はいつでも楽しそうに笑っているんだよ。彼女が楽しそうにしてくれるなら、そのために俺のできることはなんでもしてやりたいって思ったんだ」
婚約中は見たことのない穏やかな瞳に、少しだけ目を奪われてしまいました。
「ジュリアはさあ、我慢しすぎなんだよ」
「自由奔放なアーネストさまには言われたくありませんわ」
「俺は、じっと我慢して自分の気持ちを閉じ込めてしまうジュリアよりも、気持ちが口からダダ漏れの子の方が可愛いの……って、いだ、痛い! うわ、うさぎに噛まれるのめっちゃ痛いんだけど! 何これ、新感覚の痛さ! 最悪!」
「まあ、うーさん。アーネストさまを噛んではいけません。ばっちいです」
「むしろ動物に噛まれたら危ないのは俺の方じゃんかよ! 叔父上、俺は別にジュリアを貶めたつもりはありません。俺にとっては欠点に見えるジュリアの我慢強さは、叔父上にとっては愛らしい美点なのでしょう? 蓼食う虫もすきずき。それでいいじゃありませんか。って、いっでえええええ! これ絶対、本気で噛まれてる!」
がじがじとアーネストさまを攻撃しつづけるうーさんを止めようとして、気が付いてしまいました。アーネストさま、うーさんのことを「叔父上」と言ってはいませんでしたか。思わずうーさんを見つめたものの、うーさんはアーネストさまを噛みつづけるばかり。
「アーネストさま、どういうことなのでしょう?」
「うん、何のこと?」
「先ほどアーネストさまは、うーさんのことを叔父上と呼んでいました。確かにスティーヴンさまと連絡が取れなくなった時期と、迷子のうーさんを見つけた時期は一致いたします」
「ええと、それは、あの」
「このまましらを切るおつもりでしたら、私もそれなりの対応を取らせていただきますわ」
筆頭聖女の発言権は、廃太子となったアーネストさまよりも強い。そして今の私は、スティーヴンさまの妻、王太子妃としての立場もあるのです。立ち回りを間違えれば、可愛い男爵令嬢ちゃんが危険にさらされるということもご理解いただけることでしょう。案の定、困ったようにアーネストさまは頬をかいておりました。
「いや、そのことなんだけどさ、ジュリアが嘘をつかなければ叔父上は元に戻るはずだったんだよ」
「はあ? 私に責任があると?」
「もともとは、エイプリルフールに向けてちょっとしたジョークグッズを作るつもりだったのさ」
春の初めの乱痴気騒ぎ。毎年アーネストさまに騙されてきた私は、この行事が大嫌いです。そもそも私はエイプリルフールで騙される側。それなのに、アーネストさまは何を言っているのでしょう。
「ジュリアは嘘つきだよ。自分の気持ちは心の中に隠して、正しい答えばっかり口にする。大体、ジュリアの気持ちを叔父上が勘違いしたときだって、いい子ぶらずにさっさと答えていたら良かったんだよ。まったく、無関係の俺を挟んでふたりでラブコメしやがって」
「……それは申し訳ありませんが、だからと言ってこんなトンチキ変身薬を作っている場合ではないでしょう。王族がどれだけ忙しいのか、まだお分かりになっていないようですね? よろしいです。それならばしばらくの間、国王陛下にみっちり根性を叩き直していただきましょう」
「え、嘘、待って。父上が来るっていうから、小動物に化けて離宮から逃げてきたのに!」
なるほど。人間では逃走できなくても、小動物が通れるくらいの隙間ならいくつもありますものね。私は慌てるアーネストさまをとっつかまえると、近衛騎士に引き渡し、うーさんとお話し合いをすることにしました。
***
「それで、スティーヴンさま。どうして、こんなことになってしまったのです。パートナーが嘘を吐くと小動物になってしまう薬なんて怪しげなもの、わざわざ自分から飲んだわけではありませんよね?」
うーさんはうさぎなだけあって、都合が悪いときは無表情でしらんぷりです。とりあえず試しに聖女の力で呪いの解除を試みましたが、変化はありませんでした。あくまでこの薬は、呪いとしては認定されないようです。……ということは、やはり自分が望んで飲んだことになるのでは?
「私が嘘を吐くのをやめれば、スティーヴンさまが元の姿に戻るのですよね?」
「ぷうぷう」
うーさんもといスティーヴンさまの返事に、私は困ってしまいました。ここしばらくの間、何か嘘を吐いたでしょうか。アーネストさまは私が我慢しすぎているのが問題だと発言していました。つまり素直になれということなのです。
もしかしたら、限界にならないと自分の気持ちを伝えられない私のために、あえてアーネストさまの仕掛けた罠に引っかかってみせたのでしょうか。確かにもしもスティーヴンさまが姿を消さなければ、私は倒れるまで働き続けたかもしれません。少なくとも、陛下へ休暇を願い出ることはしなかったはず。
実行手段の極端さは、スティーヴンさまとアーネストさま、叔父と甥だけあってどこか似ているのかもしれません。
「スティーヴンさま、寂しいです。早く、私のことをぎゅっと抱きしめてください。ふわふわのうーさんの頭をなでるのも楽しかったですが、私はスティーヴンさまになでなでしてもらいたいです」
スティーヴンさまのお姿の前では言えない台詞も、うーさん相手なら率直に伝えられるのです。ひとはやっぱり、ふわふわもこもこの生き物には無条件に弱くなってしまう生物なのかもしれません。ここ最近、ずっと堪えてきた素直な気持ちを吐き出すうちに、ぽわわんと気の抜ける音が響きます。煙の中から姿を現したスティーヴンさまの姿を見て、私はひとりで固まってしまいました。
***
「急に音信不通になるなんて、酷いです。公にできない調査だと思っていましたけれど、心配したんですから」
「ごめんね。でもこれくらいの荒療治でもないと、ジュリアは頑張りすぎでしまうだろう? 溜め込みすぎる前に、どうにかしたかったんだ。アーネストがまたちょうどやらかしたところだったから、いい機会だったしね」
にっこりと微笑むスティーヴンさまは、いつも通りの仕事のできる素敵な旦那さまです。その頭上で、ふわふわの長いお耳を揺らしていなければ。
「スティーヴンさま、思ったよりもこの状況を楽しんでいらっしゃいますね?」
にこりと柔らかな笑みを浮かべると、スティーヴンさまはあざとく頭の上の耳をぷるぷると振ってみせました。まったくいけないひとです。
「スティーヴンさまの姿、どうしてまだうさぎの耳付きなのでしょう」
「それはジュリアがまだ素直になれていないところがあるからだよ。もっといっぱい、僕のことを好きって言ってみて」
「何をどさくさに紛れて! だからなぜ私の目の前で耳を動かすのですか!」
「ほら、ジュリアの大好きなふわふわのお耳だよ。今なら触り放題だよ」
「あああああ」
どうしましょう。ただでさえ私はスティーヴンさまに弱いというのに、こんな可愛いうさぎ要素付きで迫られたら抵抗できません。
「まだ耐えられるか。じゃあ、手を貸してごらん」
「何をしようとしています?」
「ほら、ここ触ってみて。まあるくて可愛いしっぽがあるんだ」
「触らせてくれなくて大丈夫です!」
「本当に? 全然触りたくない? ふわふわもこもこだよ?」
「さ」
「さ?」
「触りたいですけれど!」
おしりや尻尾はさすがに嫌がられるだろうと、うーさんの時も触っていなかったのに!
「素直なジュリアは、世界一可愛いね。ねえ、知ってる? うさぎって寂しいと死んじゃうんだよ」
「さらりと嘘知識を披露しないでください」
「じゃあ、今度こそ本当の豆知識。飼育されているうさぎはね、年中発情期が訪れているんだよ」
「は?」
「いやあ、長めのお休みがもらえて本当によかったねえ」
「!」
翌日から夫婦そろって、しばらくぶりのお休みをいただくことができました。休暇明け、もちろん、スティーヴンさまはいつも通りの麗しい姿をしています。
ちなみに私とスティーヴンさまが抜けた穴は、国王陛下によって根性を叩き直されている最中のアーネストさまに代打を頼むことになりました。お気の毒……とは思いません。王族の勤めを放棄して、興味関心のある分野にだけのめりこむから、こんなややこしいことになってしまうのです。ああ、愚かですわ。
「嫌だあ、俺は離宮に引きこもって生きるんだああああ」
「馬鹿者。国民の税金によって養われている分際で、だらだらと過ごしてよいわけがなかろう。何より、他国に流れたらとんでもない代物を、ジョークグッズで作りおって。反省せんか」
「反省してるから! 働きたくないよおおお」
そんな微笑ましい親子のやりとりを目撃した貴族たちもいたとかいないとか。
「スティーヴンさま、うまいこと陛下とアーネストさまを引っ張り出してきましたね」
「アホの子だけれど、王族としてそれなりの教育を受けてきたし、特定の分野に関しては抜きん出た才能を持っているからね。離宮で腐らせておくのはもったいないよ。もちろん、彼が選んだご令嬢にも頑張ってもらわなくてはね」
「すみません、なぜか、今まで迷惑をかけられてきた分、しっかり働いてもらわなくっちゃと聞こえたような気がしたのですが?」
「僕はどんな事情であれ、ジュリアを傷つけたり、悩ませたりするような人間のことは許してあげないから」
「スティーヴンさまと連絡が取れなくなって、心配で結構悩んだのですが?」
「おや、これは一本とられたね」
消えてしまったはずの耳がお茶目に動いたような気がして、目をこすりました。
懸案事項も片付き、仕事の分配の目処もつけて、しっかり休暇も満喫したスティーヴンさまは、元気いっぱいです。
一方の私はというと愛する旦那さまとゆっくりお休みを満喫すると、思ったよりも大変な目に遭うのだと実感いております。どうにも力の入らない腰をさすりつつ、今度からお休みはまとめて長期間ではなく、適度にいただこうと密かに反省したのでした。
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