第91話【背を向けたのは、元Fランクの異能者達】
午前の訓練を終えた翔星は、
複雑な心情をひとり抱えたまま午後の散策に備えた。
「腹ごしらえも済んだし、そろそろ出掛けますか」
「その前に後片付けだ。美味しかったよ、焔巳さん」
箸を置いて手を合わせたピンゾロが出口に目を向け、軽く窘めた斑辺恵は重ねた食器をキッチンに持って行く。
「どういたしまして、これも予行演習みたいなものですから」
「そこまでは考えてなかったな、焔巳さんはちゃっかりしてるな~」
「ふふっ……今は褒め言葉として受け取っておきますね」
キッチンで食器を受け取った焔巳は、複雑な笑みを浮かべて頭を掻いた斑辺恵に含みを持たせた微笑みを返した。
「すっかり2人の世界に入りおったの」
「斑辺恵は真面目だから、焔巳ちゃんみたいな世話焼きに弱いのも無理ないぜ」
キッチンの様子を眺めていたコチョウが満足そうに小さく肩で笑い、ピンゾロは曖昧な表情と共に肩をすくめる。
「ふむ、面白い分析じゃの。して、翔星殿とサイカ殿はどうじゃ?」
「無茶言うなよ。どっちも何を考えてるのか、全く分からないぜ」
腕組みして頷きを返したコチョウが黙々と食器を片付ける翔星とサイカに視線を向け、ピンゾロは大袈裟に首を横に振って返した。
「確かにそうじゃの、」
「ん? 輝士ちゃんってひとつにつながってるんじゃないの?」
「輝士械儕にもプライベートはあるわい」
腕を組んだまま肩を震わせて笑ったコチョウは、不思議そうな顔で天井に視線を向けたピンゾロに小さくため息を返す。
「違いねえ。ま、互いを思いやっての行動なのは確かなんだろうけどな」
「そこは同意じゃ」
腹に両手を当てたピンゾロが大笑いし、コチョウも深々と頷きを返した。
「何を駄弁ってるんだ? そろそろ行くぞ」
「あらら~……もう片付け終わったのね」
軽く体をほぐした翔星が出口に親指を向け、ピンゾロはおどけながら頭を掻く。
「食洗機が最新型でしたから」
「それは興味深いの、次はわしにも見せてくれぬか?」
「はい、きっと満足しますよ」
柔らかな笑みを浮かべてキッチンから出て来た焔巳は、目を輝かせてキッチンに視線を向けたコチョウに満面の笑みを返す。
「やっぱり、そういうところは頼もしいや」
「お主との生活は探検みたいで楽しくなるじゃろうな」
「俺ちゃん、人生に迷いそう」
複雑な表情と共に呟いたピンゾロは含みを持たせて笑うコチョウに肩をすくめ、一同は手際よく片付けた食堂を後にした。
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「反対側は湖になっているのですね」
「昨日から何となく気になってたけど、結構いい眺めだね」
宿舎を出た焔巳が裏手に回り、続く斑辺恵も目の前に広がる湖に目を細める。
「それにしても随分広い湖だね~、まるで海だ」
「この人工湖は境界の役割」
宿舎正面の草原と対照的な水面にピンゾロが呆れつつ目を凝らし、サイカは手のひらに島型の立体映像を浮かべた。
「境界って他の区画との?」
「つまりここはだだっ広い湖に浮かぶ島って事かい?」
横から覗き込んだ斑辺恵が湖の遥か遠方を指差し、ピンゾロも立体映像と湖畔を交互に指差して聞き返す。
「肯定。各区画はこの間隔で配置」
「随分と広く取ってありますね、私の目でも見えませんよ」
「わしのビジョンホッパーでも届かぬ距離じゃろうな」
淡々と頷いたサイカの浮かべる映像を確認した焔巳が湖に目を向け、コチョウも左腰に収めた筒状の小型ドローンに視線を落として首を横に振る。
「それじゃ、他の区画にどうやって移動するんよ?」
「移動は宿舎内のゲートを利用」
「何とも効率的な事で」
素朴な疑問を口にしながら周囲を見回したピンゾロは、至極当然のように宿舎の画像に切り替えたサイカに芝居がかった仕草で肩をすくめた。
「でも何となく、フカズシティを思い出すよ」
「斑辺恵が飛ばされた街だったな、どんな場所だったんだ?」
一連のやり取りを眺めていた斑辺恵が肩を軽く震わせて笑い、ピンゾロは興味を持った様子で聞き返す、
「近くに大きな川があって、毎日祐路と釣りをしてたよ」
「釣った魚を焼いてバーベキューもしましたね」
「祐路もこっちに来てるだろうし、今頃は釣りを満喫してるだろうな」
「きっとテツラさんも張り切っていますね」
懐かしさに目を細めた斑辺恵に焔巳が寄り添いつつ微笑み、2人は時折水面から見える魚を指差しながら思い出話に花を咲かせた。
「ありゃりゃ、隙あらば2人の世界かよ」
「このロケーションじゃ、わしらも何かせぬともったいないのう」
額に手を当てたピンゾロが芝居がかった仕草と共に天を仰ぎ、両手を腰の後ろに回したコチョウは含みを持たせた言葉と共に上目遣いで覗き込む。
「そのうちな、今は迎撃地点の確認が先決だ」
「うむ、そうじゃったの。ピンゾロはよき友を持ったのう」
「おっけ~。助かったぜ、翔星先生」
割り込むように声を掛けた翔星にコチョウが嬉しそうに頷き、逃げるように走りながら軽く手を振ったピンゾロを先頭に一行は宿舎の正面に向かった。
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「昨日も見たけど、こっちは見渡す限りの草原っと……」
「敵を誘い込むには、うってつけだ」
「身を隠す場所を無くした結界街と同じ発想だね」
宿舎正面に回ったピンゾロが遠くを眺め、不敵な笑みを浮かべた翔星に斑辺恵も頷く。
「とはいえ、裏手以外は湖畔も見えぬ広さじゃ。宿舎を囲まれたら事じゃぞ」
「そうでもないらしいぜ」
小型ドローンを空に飛ばしたコチョウが途切れることなく続く草原の映像を手のひらに浮かべ、サングラス型のバイザーを掛けた翔星は宿舎の周囲を指で囲った。
「さすがは光使いの翔星殿じゃ、詳しく聞かせてもらえぬか?」
「まだ全部は確認してないが、この区画には多数の結界が張ってある」
ドローンを手元へと戻したコチョウが興味を持った様子で振り返り、バイザーを外した翔星は地面と上空を結ぶように指を動かす。
「うむ。サイカ殿も、そう説明しておったの」
「その中でも宿舎を囲む結界はそのまま大きく左右に延びている」
腕組みをしたコチョウがゆっくりと頷き、翔星は宿舎に向けて伸ばしていた指を左右に大きく動かした。
「ん? どゆこと?」
「硼岩棄晶は宿舎の正面にしか立てないってだけだ」
横で聞いていたピンゾロが理解出来ない様子で聞き返し、翔星は宿舎の玄関から見える範囲を指差す。
「なるほどね。銃口の前に立たせた挙句、回り込みも許さないのね」
「しかも地下には潜入不可、ちょっとだけ硼岩棄晶に同情しちゃうよ」
ようやく話を理解したピンゾロが感心した様子で宿舎の周囲を見回し、斑辺恵は足元を指差してから複雑な笑みを浮かべた。
「観測データを考えれば、ここまで準備が必要な程に数は脅威と言えますね」
「確かにそうだね、油断はしないよ」
手のひらに光球群の立体映像を浮かべた焔巳が心配そうに宿舎を見詰め、視線が合った斑辺恵は心配を和らげようと微笑む。
「ええ、斑辺恵様は私がお守りしますね」
「ありがとう、焔巳さん」
はにかむように微笑みを浮かべた焔巳に寄り掛かられた斑辺恵は、決意を固めた真剣な眼差しを浮かべながら焔巳の肩を抱き寄せた。
「すっかり2人の世界じゃの」
「斑辺恵らしいぜ」
腕組みをしながら笑い堪えたコチョウが嬉しそうに目を細め、ピンゾロは曖昧な表情を浮かべて鼻の頭を指でこする。
「お主はどう思っておるのじゃ?」
「宿舎は本部とつながってる安全地帯、ヒット&アウェイでどうにかなるでしょ」
「まだ、お主には早かったようじゃの……」
腕組みをしていた手を腰に当ててしなを作ったコチョウは、素知らぬ顔で草原と宿舎を交互に指差したピンゾロに肩を落としてため息をついた。
「まったく……連携も何もあったもんじゃないな」
「電子天女から連携訓練マニュアルをダウンロードした」
それぞれ盛り上がるピンゾロや斑辺恵の様子を眺めていた翔星が額に手を当て、しばし上空を眺めていたサイカは手のひらに浮かべたデータを転送する。
「どれどれ……大規模な連携を訓練する前に、最小単位の連携でも試すか」
「つまり、異能者と輝士って訳ね」
受信したデータをLバングルに浮かべた翔星が最序盤の項目を拡大表示し、同じ項目を表示していたピンゾロはコチョウとデータを交互に見比べてから頷いた。
「では斑辺恵様、あちらの暗がりはいかがでしょう?」
「焔巳殿……」
「あら、私とした事が」
訓練の方針が決まると同時に斑辺恵の袖を引いた焔巳は、咳払いしたコチョウに笑みを返して誤魔化す。
「互いに手のうちは見せたくないし、それぞれが見えない場所で確認し合うか」
「さすがは翔星さん、話が分かりますね」
「え!? ちょっと、焔巳さん!?」
頭を掻いて考えを纏めた翔星の決定に焔巳が弾むような笑顔を浮かべ、絡み付くように腕に抱き着かれた斑辺恵の声が次第に遠ざかった。
「行かせちまっていいのかよ?」
「今まで我慢して来たからな、いざとなれば俺の取り分を増やすだけだ」
宿舎の裏へと消えた2人をピンゾロが呆然と眺め、翔星は諦めの混じった不敵な笑みを返す。
「この体は貴官の望みを全力でサポートする」
「うむ。この戦い、ますます負けられなくなったの」
翔星の外套を掴んだサイカに背を向けたコチョウがピンゾロの腕に寄り掛かり、2人は互いの異能者を引いて思い思いの場所へと向かった。




