第90話【見切りをつけたのは、元Fランクの闇使い】
朝食の準備をしつつ絆を深めた翔星達は、
それぞれの異能者と輝士械儕が向かい合って訓練に備えた。
「いよいよ修行開始か、まずは腕立て1000回から行くか?」
「筋トレはあとでやれ、体作りはさっきの準備運動で充分だ」
上空から降り注ぐ地球と変わらぬ陽光を全身に受けたピンゾロが軽く伸びをし、翔星は呆れながらも慣れた調子で受け流す。
「随分とヌルいのね~、それで本当に大丈夫なの?」
「そんなに難しくはない、異能力を足場にするイメージさえ出来ればいい」
両手を腰に当てたピンゾロが大きく背を反らし、静かに首を振って返した翔星は片足を上げて靴底を指差した。
「なるほどね、ちょいと試してみるか……っと!」
「もう出来たのか、さすがはピンゾロだ」
大きく膝を曲げてから跳び上がったピンゾロが何度か空中を蹴って複雑な軌道を描き、斑辺恵は感心しながら見上げる。
「コツを掴めば斑辺恵でも……おっと!?」
「大丈夫か!?……大丈夫そうじゃの」
調子づいて手を振ったピンゾロがバランスを崩して腰から落ち、受け止めようと両手を伸ばして駆け出したコチョウは足を止めて安堵のため息をつく。
「俺ちゃん、風使いだからね」
「頼野殿に教えた技じゃな」
「ああ、和是なら俺ちゃんよりも上手く使ってくれるぜ」
地表近くに起こしたつむじ風に腰掛けたピンゾロは、目を細めて頷くコチョウに親指を立てて屈託のない笑みを返した。
「今ので分かったと思うが、バランスよく跳べるようにするのが訓練の目的だ」
「なるほどね、異能輝士隊に入ったばかりの頃を思い出すよ」
「確かにあの頃も無茶ばかりしてよな~」
涼しい顔で要点の説明をした翔星に斑辺恵が懐かしむような笑みを浮かべ、ピンゾロも笑いを堪えながらつむじ風から起き上がる。
「硼岩棄晶相手の立ち回りも実戦で覚えたし、今回も何とかなると思ってるぜ」
「翔星らしいな、俺ちゃんも乗ったぜ」
腰のRガンに手を当てた翔星が余裕の笑みを返し、小さく肩で笑ったピンゾロも片目を瞑って親指を立てた。
「つまり、その頃から無断外出をされていたのですね」
「あはは……若気の至りってやつだよ、焔巳ちゃん」
小さくため息をついた焔巳が恨みがましい眼差しを向け、目が合ったピンゾロはばつが悪そうに頭を掻く。
「輝士械儕もなしに硼岩棄晶を駆除し続けるなんて……」
「それもまさか、3年も続くとはのう」
顔を曇らせた焔巳が俯いて呟き、腕組みをしたコチョウも呆れと感心が混じった表情を浮かべて何度も頷いた。
「ゴメン、もっと早く輝士の仕組みを知ってれば……っ!?」
「過ぎた事は仕方ありません、これから触れ合う時間を増やせばいいのですから」
「ちょっと、焔巳さん!?」
申し訳なさそうに頭を下げた斑辺恵は突然抱き付いて来た焔巳の柔らかく豊満な弾力を腕に受けて言葉を詰まらせ、そのまま広がる柔らかさに声を裏返らせる。
「少しは先払いしてもいいんじゃぞ?」
「今はこれで勘弁してくれ」
「仕方ないのう」
含み笑いを浮かべて見上げたコチョウは、気恥ずかしそうに頭を撫でて来たピンゾロにため息を返しつつ口元を緩める。
「失われた時間の穴埋めは簡単ではないな……って、サイカ?」
「これから貴官と別行動、あと少しだけ」
「分かったよ」
斑辺恵とピンゾロの様子を呆れ気味に眺めていた翔星は腕を掴んでから頬を擦り付けて来たサイカの頭を撫で、一同はしばらく各々の時間を過ごした。
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「まさか斑辺恵様と別行動になるなんて」
「同じ迎撃区画内、作戦に支障はない」
「と言うより目と鼻の先じゃ、少しは我慢せい」
力無く肩を落として歩く焔巳に先頭のサイカが立ち止って振り向き、コチョウも遠くに見える人影を指差す。
「斑辺恵様、ケガなどはされていないでしょうか……」
「ケガもせずに強くなる男子なぞおらぬわ」
「確かにコチョウさんの言う通りかもしれませんが……」
辛うじて跳ねていると分かる人影を捉えていた焔巳は、余裕に満ちたコチョウの言葉に釈然としない様子で首を横に振った。
「もしケガをしておったら、自慢の翼で癒してやればよかろう?」
「その手がありましたね! さすがはピンゾロさん譲りの悪ノリです!」
呆れ気味に頭を掻いたコチョウが言葉に含みを持たせ、焔巳は弾むような笑顔を返す。
「うーむ、あまり褒められとる気がせんのう」
「そろそろ訓練の説明に移行する」
「あら、私とした事が。サイカさん、お願いしますね」
複雑な表情を浮かべて頭を掻くコチョウにサイカが声を掛け、入れ替わるように割って入った焔巳が誤魔化すように微笑んだ。
「まず午前は異能者と輝士械儕それぞれの特性を伸ばす訓練」
「して、輝士械儕の訓練は何をするのじゃ?」
小さく頷きを返したサイカが手のひらに二分割した表を浮かべ、異能者達のいる方へと目を向けたコチョウは視線を戻して聞き返す。
「白い意識が収集したデータを習得する」
「訓練場でサイカ殿が見せてくれた剣術じゃな?」
「ですが、私達は剣を使いませんよ?」
手のひらの画像を切り替えたサイカにコチョウが得心の行った様子で聞き返し、焔巳は理解が追い付かない様子で自分の両手を交互に見る。
「それぞれの適性に合ったものを抽出」
「ほほう、これは」
「ええ、きっと斑辺恵様のお役に立てますね」
手のひらに白いフォルダのような画像を浮かべたサイカがそのまま送信し、受け取ったデータを手のひらに浮かべたコチョウと焔巳は思い思いに微笑んだ。
「じゃが使いどころが難しい、しばらくは隠しておくかの」
「開示は各位の判断に委ねる。午後は連携の訓練」
ファイルを再確認したコチョウが小さく首を振り、サイカは淡々と説明しながら画像を切り替える。
「ふむ、異能者との合同訓練になるのじゃな?」
「肯定。電子天女から通達を受けた」
2枚に分割されていないスケジュール表を確認したコチョウが瞳を輝かせて聞き返し、またしてもサイカは淡々と説明する。
「それは素晴らしいです! 早く午前の訓練を終わらせましょう!」
「どれだけ気合を入れても、時間は早く進まんぞ~」
横から眺めていた焔巳が鼻息荒く準備運動を始め、コチョウは無駄と悟りながら小さく声を掛けた。
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「おつかれさまでした、斑辺恵様」
「ありがとう、焔巳さんもおつかれさま」
午前の訓練を終了した焔巳が宿舎から持ち出していた鞄からタオルを取り出し、同じく訓練を終えて合流した斑辺恵が爽やかな笑顔を返しながら受け取る。
「いいね~、青春だね~」
「お主もこの青春の中にいるのを忘れるでないぞ」
距離を置いて眺めていたピンゾロが両肩を大きく震わせて笑い、コチョウは呆れ気味にタオルを手渡す。
「分かってても慣れないんだよね~」
「焦らなくともよい、わしはお主と共におるからの」
眼鏡を外したピンゾロが受け取ったタオルで隠すように顔を拭き、腕組みをして背中を向けたコチョウはそのままピンゾロの背中に寄り掛かった。
「上手いこと考えやがったな、人間に敵う訳がない」
「貴官の幸福が抵抗にあるのなら、この体も着いて行く」
斑辺恵とピンゾロの様子を眺めていた翔星が諦めに満ちた表情を浮かべて口元を緩め、サイカは上目遣いで外套を引く。
「冗談じゃない、勝ち目が無い上に勝っても利益の無い戦いなんてまっぴらだ」
「貴官の優しさは不器用、我々には人間の自主判断が不可欠」
「俺が判断する事じゃないな、人類の存亡なんて」
大袈裟に首を振ってから肩をすくめた翔星は、安堵を滲ませたサイカの笑顔から逃げるように横を向いて小さく言葉を吐き捨てた。
「ところでサイカさん、午後は合同訓練でしたよね?」
「肯定、連携を強化する手段を各隊で模索せよとの事」
2人の会話に割り込むように焔巳が声を掛け、サイカは淡々と頷きを返す。
「ふむ、わしらのチームはどうするかのう?」
「いっその事、塹壕でも掘るかねえ?」
横で聞いていたコチョウが空を見上げ、ピンゾロは冗談めいて足元を指差した。
「勝手に掘っていいのか? 深さも分からないのに」
「ここの重力制御区画は地球の地殻と同じ深さ」
地面を軽く蹴って感触を確かめた斑辺恵が不安を口に出し、サイカは手のひらに簡単な断面図を浮かべる。
「地球と同じ要領で掘り返していい訳ね」
「でもプラント級が入ったら一大事だぜ?」
しばらく断面図を眺めていたピンゾロが腕を捲り、斑辺恵は新たに浮かんで来た不安を指摘した。
「ここの地面には多重の結界を展開、硼岩棄晶が地下に潜る事は不可能」
「何だか知らない事ばかりだね~」
画像を切り替えたサイカが淡々と説明し、ピンゾロは自嘲気味に首を横に振る。
「だったら調べればいい」
「そうだね、まずはこの区画の調査をしよう」
「俺ちゃんも賛成だ」
涼しい顔で肩をすくめた翔星に胸のつかえが取れたような表情を返した斑辺恵が頷き、ピンゾロも肘を曲げたまま小さく挙げた手を軽く振った。
「そうと決まれば、まずは腹ごしらえじゃの」
「はい、すぐにお昼を用意しますね」
「毎日の三食が女子の手料理とか贅沢の極みだね~」
「まったく、ピンゾロは調子いいな」
方針に賛同したコチョウと焔巳が弾むように宿舎へ向かい、ピンゾロと斑辺恵は呑気に話しながら後を追う。
「あいつらが幸せなら、別にいいな」
「貴官の発言は不明瞭、説明を求める」
「今まで通り硼岩棄晶を駆除するってだけだ、行くぞ」
2人の背中を見送りつつ呟いた翔星は小首を傾げたサイカの頭を撫で、肩の荷が下りたような軽い足取りで宿舎に向かって歩き出した。




