第89話【連携に戦慄したのは、元Fランクの風使い】
問題無くゼロ番街に到着した翔星達は、
割り当てられた宿舎で夜を明かした。
「おはよ~、今日から訓練開始か~?」
「ああ。習得に時間は掛からんが、時間は有効活用したいからな」
2階から下りて来たピンゾロが食堂に入るなり軽く手を振り、小さなテーブルに向かい合わせに置かれた2組の椅子の片方に腰掛けた翔星は頷きを返す。
「昨日は結局、この宿舎の確認だけで1日が終わったからね」
「隅々まで調べたが、大した施設じゃの」
隣の席で頷いた斑辺恵が複雑な笑みを返し、更に隣の席からコチョウが身を乗り出して手のひらに宿舎の見取り図を浮かべた。
「野原にぽつんと一軒家なのに電気、ガス、水道完備と来てる」
「データリアンの技術でゼロから地面を作ったんだ、最初からインフラを仕込んでいても不思議は無いな」
後ろから覗き込んだピンゾロが周囲と見比べ、足元を指差した翔星は涼しい顔で小さく肩をすくめる。
「掘り返して埋め直す手間が省けるなんて、地球ではとても考えられないよ」
「しかも食堂は共有で、寝室は個別。これはポイント高いですね」
同じく視線を落とした斑辺恵が首を横に振り、向かいに腰掛けていた焔巳は手のひらに浮かべた見取り図を見詰めながら微笑んだ。
「うむ、そこは同意じゃの」
「はい、おかげさまで斑辺恵様もゆっくりと眠れました」
「うちのピンゾロも、中々に愛らしい寝顔じゃったぞ」
腕を組んだ大きく頷いたコチョウは、正面を見据えたまま口元に手を当てて目を細める焔巳に含み笑いを返す。
「ちょっと焔巳さん、あまりそういうのは……」
「コチョウ先生も勘弁してくれよ~」
逃げるかのように斑辺恵が目を逸らし、コチョウの向かいの椅子に腰掛けたピンゾロも大袈裟な仕草で天を仰いだ。
「おいおい、ちょっと浮かれ過ぎだぞ」
「そう言う翔星先生はどうだったん?」
密かに笑いを堪えた翔星が申し訳程度の注意をし、ピンゾロは冗談めかして聞き返す。
「自分の寝顔なんざ、分かる訳無いだろ」
「サイカさんに聞けば分かる事ですね」
「ぐっ、勝手にしろ……」
余裕の笑みを浮かべて肩をすくめた翔星は、食料庫につながる廊下に目を向けた焔巳に言葉を詰まらせた。
「ちとからかい過ぎたかの、話を戻すとしよう」
「そうですね。ここは訓練用の宿舎なのに、設備が充実していますね」
空気の変化を察したコチョウが話題を戻し、胸元に手を当てて頷いた焔巳は手のひらに宿舎外観の立体映像を浮かべる。
「壁は強固なコンクリ製でゲートも中にある、ここで何年も暮らせそうだぜ」
「今の役割は宿舎だが、硼岩棄晶を誘い込めば前線基地になるからな」
外観図と見取り図を交互に指差したピンゾロが冗談めかした笑みを浮かべ、落ち着きを取り戻した翔星はLバングルに作戦計画書を浮かべて肩をすくめる。
「駆除は相当な長丁場になりそうじゃからの」
「いやいや~……ジョークにソースが付くとか、勘弁してくれよ」
腕組みをしたコチョウが何度も頷き、ピンゾロは顔を引きつらせたままこめかみ辺りを指で書いた。
「食料庫の確認終了、リストを送信する」
「おつかれ。昨日は適当に缶詰めで済ませちまったからな」
「当面の生命維持に支障はない、補充要請はまだ不要」
食堂に戻って来るなり手のひらに帳簿型の立体映像を浮かべたサイカは、複雑な笑みと共に労った翔星に親指を立てて返す。
「まずは朝食にしましょう、すぐに用意しますね」
「そうだな、腹が減っては何とやらだ。俺達も準備を手伝うぞ」
いつの間にか割烹着を身に付けた焔巳が食堂とつながったキッチンへと向かい、続けて立ち上がった翔星達もキッチンに向かった。
▼
「ここのキッチンは輝士械儕用に作られていますね」
「一応人間でも使えるみたいだが、無理を通す道理は無いな」
「食堂からも見える事だし、ひとまず退散しますかね」
周囲の器具を確認した焔巳に続いて確認した翔星が自嘲気味に笑い、ピンゾロは食堂に戻って席に座る。
「何かあればお呼びしますので、しばらくお待ちください」
「ここはお言葉に甘えさせてもらうよ」
振り向いた焔巳が圧力を込めて微笑み、斑辺恵は慣れた様子で食堂のテーブルに親指を向けてからキッチンを後にした。
「斑辺恵様に手料理を振る舞う日が来るなんて、まるで夢を見ているみたいです」
「わしも腕によりをかけるかの」
「そういやコチョウ先生も料理出来たのね」
キッチンから出た異能者達を確認してから微笑んだ焔巳に続いてコチョウが腕を捲り、ピンゾロは頭の後ろで手を組んでからかうように笑う。
「うむ。基礎だけじゃが、購入しておいた」
「それってポイントを使って? いつの間に?」
腕組みをしたコチョウが力強く頷き、ピンゾロは思い当たる節を呟いてから聞き返す。
「翔星殿が待機任務から帰還した時じゃな」
「そういえば、あの時は何を買ったのか聞きそびれたな」
記録した映像を手のひらに浮かべたコチョウがウィンクし、納得して頷いたピンゾロは複雑な笑みを浮かべて頭を掻いた。
「家事スキルと平時外装機能を購入」
「へーじ?……がいそー?……何の事?」
丈の短い白の水兵服と同じデザインのエプロンを身に付けたサイカが手のひらに目録を浮かべ、要領を得られなかったピンゾロは目を丸くして聞き返す。
「平たく言えば、このエプロンじゃよ」
「そういう事ね。サイカちゃんは服とおそろいで、翔星が喜びそうだ」
「おいピンゾロ、何か誤解があるようだな」
シンプルな緑のエプロンを身に付けたコチョウがサイカの横に並び、謎が解けた余裕から悪戯じみた笑みを浮かべたピンゾロに翔星が咳払いする。
「貴官の感想を聞きたい」
「……似合ってるぜ」
「貴官の音声データ、個別領域に保存した」
両手でエプロンの裾を掴んだサイカは、しばらく沈黙を保ってから呟いた翔星に笑顔を返しながら裾から離した手のひらに小箱の立体映像を浮かべた。
「よかったですね、サイカさん」
「焔巳さんは割烹着なんだね、とても似合ってるよ」
「ありがとうございます、斑辺恵様。エプロンは今夜お見せしますね」
我が事のように目を細めた焔巳は、ぎこちなく微笑んだ斑辺恵に頭を下げてから随所にフリルの付いたピンク色のエプロンの立体映像を手のひらに浮かべる。
「だから、あれは……」
「せっかくですから、実物で検証してみましょうと決めたではありませんか」
思わず声を裏返らせた斑辺恵が言葉を詰まらせ、口元に手を当てた焔巳は返した満面の笑みに含みを持たせて鋭い眼光を覗かせた。
「ん? どゆこと?」
「これ以上は野暮ってものじゃ。なんなら、今夜わしが教えるぞ?」
「何となく分かったぜ、この話は終わりだ」
隣のテーブルとキッチンを見比べたピンゾロは、食堂まで入って来たコチョウの呆れた顔に愛想笑いを返して軽く手を振る。
「助かったよ、コチョウさん……」
「ここまでお膳立てしたのじゃ、必ず期待に応えるんじゃぞ」
「ははっ……女子の仲間意識は恐ろしいね……」
キッチンへと戻って行くコチョウに小声で礼を言った斑辺恵は、返って来た含み笑いとウィンクに力無く手を振って見送った。
▼
「お待たせしました。では、いただきましょう」
「「いただきまーす!」」
最後に席に着いた焔巳を合図に、一同は一斉に手を合わせる。
「このサンドイッチって、もしかして?」
「リーレさんに頂いたレシピのコツを取り入れました」
三角形に切り揃えて皿に並べたサンドイッチをひとつ手に取って齧った斑辺恵が記憶を辿るように上を向き、焔巳は手のひらに画像を浮かべて微笑んだ。
「そういや先生達はこっちに来てるのかね~」
「個体名八汐造酒の情報は秘匿されている」
右隣の席のやり取りを聞いたピンゾロが懐かしむように手にしたサンドイッチを眺め、サイカは左隣の席から検索結果を手のひらに浮かべる。
「いれば頼もしかったのにな」
「統或襍譚の解読は貴重な任務だ、簡単には掴めんさ」
次のサンドイッチを手にしたピンゾロが小さくため息をつき、サイカの向かいに座った翔星は書物のデータをLバングルに浮かべた。
「むしろ地球に残ってもらう方が頼もしいの」
「確かに目の前の任務に集中出来るね」
ピンゾロの向かいに座るコチョウが静かに首を横に振り、斑辺恵も右隣の席から力強く頷く。
「それに俺の取り分も増える」
「相変わらずだな、翔星は」
「俺にはこれしか無いからな」
腰のRガンに手を当てた翔星は言葉少なに呆れたピンゾロに肩をすくめ、一同は向かい合うパートナーとの時を大切にするかのように静かに食事を続けた。




