第9話【全弾命中させたのは、Fランクの闇使い】
謎と思惑が交叉する夜が更け、
翔星は新たな地での朝を迎えた。
「時影翔星、闇使い」
朝食を終えた翔星が食堂の隅に設置した装置に手を乗せ、Lバングルに【F】の文字が躍り出る。
「いきなりランクが上がる訳無いか」
「ご苦労さん、毎朝のチェックも電子天女の指示だからね」
Lバングルを眺めた翔星が小さくため息をつき、椅子に腰掛けた礼真が労った。
「別に嫌な訳ではない、指示の意図が理解出来ないだけだ」
「普通は硼岩棄晶を駆除したポイントに応じて上がるんだけどね」
テーブルに戻った翔星が複雑な顔で首を横に振り、礼真は難しい顔を返す。
「ここに飛ばされるまでポイントなんて知らなかったからな」
「噂の切れ者、キッド・ザ・スティングの正体がこれかよ……」
自嘲気味に笑った翔星が軽く肩をすくめ、礼真は大袈裟にため息をついた。
「大仰だな、つらぬき太郎で充分だ。って、ここまで知られてるのかよ」
「輝士無しに硼岩棄晶を駆除する異能者の話は有名だからね」
複雑な笑みを浮かべた翔星が呆れ返り、礼真は肩で笑いを堪えながら頷く。
「出来る限りの配慮はしてたつもりなんだがな」
「それでも無断出撃は規則違反、何らかのペナルティがあったはずだ」
含み笑いを浮かべた翔星が軽く頭を掻き、小さくため息をついた礼真は左手首に巻いたLバングルを指差した。
「確かに、俺のLバンにはポイントが入らないな」
「多分それだが、ポイント以外でランクを上げる方法は見当が付かないな」
しばらくLバングルを操作した翔星が納得軽くも頷き、呆れ気味に頷いた礼真は難しい顔で首を横に振る。
「駆除さえ出来ればポイントもランクも気にしないんだがな」
「強いな、翔星は」
「たぶん臆病なだけだ。今日の予定を頼む」
Lバングルの操作を終えた翔星は、複雑な笑みを返した礼真に肩をすくめてから本題を切り出した。
「予定と言っても、この基地での任務は結界の警備が基本だ」
「では、普段は何を?」
自嘲気味に笑った礼真が頭を掻き、翔星は軽く頷いてから聞き返す。
「実戦に備えての訓練だね、基礎訓練室もある」
「そこは本部と変わらないんだな」
Lバングルを操作した礼真が食堂の出口に目を向け、翔星は頬を緩めて頷いた。
▼
「全弾命中、見事な腕前」
「これしか得物が無いからな」
地下射撃訓練場の的を感心しながらサイカが眺め、構えたRガンに視線を向けた翔星は自嘲気味に笑う。
「幼い頃から銃火器の扱いに長けていたと推測」
「まさか、異能力に目覚めて異能輝士隊に入った時に初めてRガンを握った」
まじまじとサイカに見詰められた翔星は、曖昧な笑みと共に首を横に振る。
「3年でここまで上達、類稀なる才能」
「訓練プログラムが分かりやすいからだ、何も特別な事は無い」
手のひらに立体映像を出したサイカが深々と頷き、翔星は緩んだ口元を誤魔化すようにRガンの構えを解いた。
「教本を理解するのも才能」
「実戦では何の役にも立たないけどな」
再度頷いたサイカが微笑み、翔星は冷めた口調で構えを解く。
「Rガンに硼岩棄晶を駆除する性能は無い、けど牽制可能」
「こいつも電子天女のご協力って訳か」
同意するように頷いたサイカが自信に満ちた顔でRガンを見詰め、翔星は釈然としない様子で肩をすくめる。
「巨大生物と戦う人間の映像データを参考」
「何だ、そりゃ……使い勝手がいいのは否定しないけどさ」
しばし天井を見詰めたサイカがデータを諳んじ、翔星はため息交じりにRガンの銃身を見詰めた。
「バッテリーが続く限り、トリガーロックを兼ねた出力ダイヤルを調整して様々な熱線を照射可能」
「でもってバッテリーは12本装填可能、と」
静かに頷いたサイカが手のひらに立体映像を浮かべ、Rガンの弾倉を取り出した翔星は弾薬のように詰まったバッテリーを確認する。
「予備の弾倉も含めれば継戦能力は充分」
「何とも心強い話で……」
切り替えた立体映像にサイカが真剣な眼差しを向け、翔星は右腰のケースに手を当ててため息をつく。
「輝士械儕も異能者を守る、心配無用」
「サイカさんも早く異能者が見付かるといいな。もう昼か、いったん上がろう」
「承知した」
誇らし気に微笑んだサイカは、真剣な表情に戻ってLバングルを確認した翔星に敬礼を返した。
▼
「午後は少し外を回ろう」
「外って、街の見回りでもするのか?」
昼食を終えた礼真が新たな予定を提案し、翔星は慎重に聞き返す。
「住人との交流は警察や消防の仕事だ。僕達は月1回のペースで情報交換を兼ねた会合をすればいい」
「なるほど、俺達は最前線の壁に徹する訳か」
静かに首を横に振った礼真が小さくため息をつき、翔星は深々と頷く。
「幻滅したかい?」
「適材適所だ、気に入った」
複雑な笑みを礼真が浮かべ、翔星は憑き物が落ちたような笑顔を返した。
「隹戸殿、詳細な説明を求める」
「文字通りだよ。硼岩棄晶は街に入れないだけで、しょっちゅう発生するからね」
翔星の隣からサイカが質問し、礼真は窓の外に見える大鳥居を親指で指し示す。
「今さらだが、Fランクの俺が駆除に参加していいのか?」
「Cランク以上の異能者が補佐する、と言う名目なら外に出られる」
緩む頬を引き締めた翔星が気まずそうに頭を掻き、Lバングルを操作した礼真は浮かび上がった立体映像を指差す。
「そいつはありがたい、もっと早く知りたかったけどな」
「実は僕も今朝初めて知ったんだ」
「なるほどね……」
自分のLバングルを確認して自嘲気味に笑った翔星は、ばつが悪そうに頭を掻く礼真に含み笑いを返して立ち上がった。
▼
「見回るのは森の手前の開けたところまでだ」
「昨日は向こうの森から来たけど、周囲はこんな風になってたのか」
大鳥居を抜けた礼真が遠くの森を指差し、翔星は感心しながら切り拓かれた街の外周を見回す。
「敵が身を隠す場所を作らないのは、防衛の基本だからね」
「違いない」
見通しのいい理由を説明した礼真が肩で笑い、翔星も頬を緩ませながら頷いた。
「十時の方向に硼岩棄晶を確認」
「こちらでも確認しました。バイソン級が4体ですね」
後方を歩いていたサイカと夏櫛が同時に敵を察知し、一同に緊張が走る。
「1人で1体ずつ駆除する手もあるが?」
「ここは僕達に任せてくれないか?」
サングラス型のバイザー越しに翔星が含み笑いを浮かべ、礼真は首を横に振る。
「構わないぜ。但し、危険と判断したら獲物は横取りする」
「貴官に賛同、こちらも決定に従う」
軽く頷いた翔星が腰のRガンに手を当て、水兵服が消えてインナー姿に変わったサイカもガジェットテイル先端部の懐中電灯を掴んで頷いた。
「ご協力感謝する。行くよ、夏櫛」
「かしこまりました。ガジェットテイル起動、コネクトカバー展開」
敬礼をした礼真がRガンを構え、お辞儀した夏櫛は後ろから伸びる細いコードの先端に取り付けた太い針を手に取る。
「へぇ……そいつが噂の身代わりか」
「はい。異能者のダメージを防御機能、ワタシの場合は對滅甲に転送します」
礼真を包んで消えた薄黄色の光を眺めていた翔星が軽く頷き、水兵服が丈の短い着物に変わった夏櫛は左腕に取り付けた円盤を見せる。
「そういう仕組みだったのか」
「ええ、身代わりと言っても危険はありませんよ。祇封雷舞起動」
「じゃあ、ちょっと行って来るよ」
複雑な表情で頭を掻いた翔星に微笑んだ夏櫛が手にした針の先端に雷を纏わせ、軽く手を振った礼真と共に土煙の見える方へと向かった。
▼
「ディープハイド起動」
『『ブルル?』』
泳ぐように低空飛行していた夏櫛の姿が忽然と消え、立ち止まったバイソン級は周囲を警戒する。
「姿が消えた!? いや、光学迷彩の一種か」
「あれはテイルに選んだクラゲの特性」
バイザー越しに観測していた翔星が息を呑みつつも冷静に分析し、同じく分析を終えたサイカは納得しながら頷いた。
「こっちですよっ!」
『ブルァ!?』
僅かに離れた1体の背後に姿を現した夏櫛が舞うように針を振り、扇子のような軌道を描く雷にコアを焼かれたバイソン級が倒れて灰になる。
「1体目、駆除を確認」
「陸を泳ぐ殺人クラゲか、間違っても敵に回したくないな」
淡々とサイカがカウントし、翔星は複雑な笑みと共に肩をすくめた。