第8話【予測を外したのは、Fランクの闇使い】
無事にそれぞれの結界街に到着した翔星達は、
空観転移事故の原因が判明するまで待機を命じられた。
「支給品のあり合わせですけど、どうぞ」
「唐揚げとは豪勢だな、温野菜まである」
配膳を終えた夏櫛がテーブルへと手を差し伸べ、翔星は感心しながらテーブルに並ぶ数々の食器に盛られ料理を眺める。
「大袈裟だな~、いつも何を食べてんだよ?」
「普段は携帯糧食で済ませてる」
向かいに座った礼真が思わず吹き出し、翔星はポケットからスティック状の袋を取り出した。
「Fランクの異能者って、そんな制限があるのか?」
「いや、俺の勝手だ」
眉を顰めた礼真が慎重に聞き返し、翔星はあっさり否定する。
「では、待機中の栄養管理はこちらでしますね」
「栄養管理に異論は無いが、備蓄の枯渇を憂慮」
礼真の隣に腰掛けた夏櫛が微笑み、翔星の隣でサイカは慎重に食卓を見回した。
「実は先日の定期補充が多めに来てしまって、少し困ってたんです」
「へぇ……変わった偶然もあるもんだな」
頬に手を当てた夏櫛が複雑な表情を浮かべ、翔星は静かに頷く。
「追加補充の申請も通りましたし、何も問題ありませんよ」
「では遠慮無くいただく」
微笑む夏櫛が手のひらに立体映像を出し、軽く頷いたサイカは箸を手に取った。
▼
「世話になるの、ツイナ殿」
「備蓄には余裕がある、遠慮しないでくれ」
食堂に入ったコチョウが気さくに手を振り、紺色の水兵服とロングパンツを身に着けたツイナと呼ばれた短い茶髪の女性が柔らかく微笑む。
「おりょ? 2人分?」
「政之とボクは外で食べる事にしたよ」
続けて入ったピンゾロがテーブルに並ぶ食器の数に疑問の声を上げ、遠慮がちに微笑んだツイナは親指で窓を指し示した。
「そいつは悪い事をしたな……」
「問題無い、本人の趣味なんだ」
遠慮がちに頭を掻いたピンソロが愛想笑いを浮かべ、ツイナは涼しく微笑む。
「ツイナ殿を見るに、蒔峯殿はキャンプが趣味のようじゃの」
「屋上でベランピングだけど、本人は渡りに船と喜んでたよ」
後ろから伸びる鷹の尾羽にテント型の収納ケースを組み合わせた機器を確認したコチョウに頷いたツイナは、嬉しそうに天井を指差した。
「なら遠慮はいらないな」
「そちらも2人でゆっくりしてくれ」
納得した様子でピンゾロが微笑み、含み笑いを返したツイナは食堂を後にした。
▼
「ここまで食糧を行き渡らせるなんて、大したもんだねぇ」
「組織は人、人は胃袋で動くからの」
「なるほどね、それで食事は普通に取れるのか?」
食器をひとつ空にしてひと息ついたピンゾロは、美味しそうに頬張ったピラフを飲み込んでから頷くコチョウを眺めながら疑問を口にする。
「輝士械儕は食料をエネルギーに変換出来るからの」
「へぇ……そう言う事だったのか」
(こうしてると、普通の女の子なんだよな~……)
誇らしそうに胸を張ったコチョウが食事を再開し、軽く頷いたピンゾロは複雑な笑みを浮かべた。
▼
「どうだい、祐路の釣って来た魚は?」
「はい。とても美味しいですよ、テツラ様」
青い髪を後ろで束ねた大柄の輝士械儕が大皿に載せた川魚のムニエルに手を差し伸べて胸を張り、向かいに座った焔巳は小皿に移したムニエルを食べて微笑む。
「テツラ、これ以上オレの趣味に付き合わせたら悪いだろ」
「いいじゃねえか、祐路。美味いって言ってくれてるぜ」
祐路と呼ばれた小柄の男が隣から釘を刺し、テツラと呼ばれた輝士械儕は豪快に笑いを返した。
「優しい人はそう言ってくれるんだよ」
「お世辞なんかじゃないですよ。テツラさん、山源さん」
「祐路でいいよ、こっちも斑辺恵と呼ばせてもらう」
小さくため息をついた祐路は、向かいに座る斑辺恵の言葉に頬を緩ませて笑みを返す。
「分かった。それで祐路、出来れば融通して欲しいものがあるんだが」
「オレの出来る範囲でなら協力するぜ、何が欲しいんだ?」
大きく頷いた斑辺恵が慎重に話題を変え、祐路は気さくに微笑みを返した。
「何か衝立になる物は無いかな?」
「衝立? 何だってそんなものを?」
「さっきも説明したけど、焔巳さんは自分の輝士ではないんだ」
遠慮がちに要望を伝えた斑辺恵は、怪訝な顔で聞き返す祐路に理由を話す。
「事情は大体理解した。頼めるかい、テツラ?」
「減るもんじゃ無し、別にいいだろ?」
「私も特に構いませんよ?」
複雑な笑みを浮かべて頷いた祐路の指示をテツラが拒み、焔巳もしばらく考えた振りをしてから微笑む。
「このまま同じ部屋で過ごすのは、本来の異能者に申し訳が立たないよ」
「その気持ち分かるぜ。衝立の用意を頼むよ、テツラ」
「祐路がそこまで言うなら仕方ない、後で何か探しとくぜ」
悲壮な表情で訴える斑辺恵に強く頷いた祐路が再度指示を出し、尻尾を摘まんだムニエルに頭から齧り付いたテツラの了承をきっかけに一同は食事を再開した。
▼
「そうか……ここに来る前に硼岩棄晶と遭遇したのか」
「特段苦戦はしなかったけどな」
食事を終えた礼真が静かに頷き、翔星は軽く肩をすくめる。
「駆除したのならポイントも入ったよね? 何に使ったんだい?」
「本人に服を選んでもらった」
興味を持った様子の礼真が身を乗り出し、翔星は興味の無い様子で隣のサイカを親指で指し示した。
「いきなり服を変更するなんて珍しいな」
「最初は服のデータを持ってなかったからな」
席に戻った礼真が不思議そうに頷き、翔星は複雑な顔で頭を掻く。
「そんな事があるのか?」
「サイカさんの場合は容量不足ですね」
驚いた礼真が聞き返し、夏櫛はガジェットテイルからゴーグルを取り出した。
「どういう事だ?」
「まずガジェットテイルは異能者の想像力をベースにしています」
頭を掻く手を止めた翔星が眉を顰め、夏櫛は基礎知識を説明する。
「具体的には異能力の属性から連想する道具と最強だと思う生物」
「ちなみに僕の場合は、避雷針とキロネックスと言うクラゲだ」
引き継ぐようにサイカが説明を続け、礼真は誇らしそうに具体例を挙げた。
「サイカさんの異能者が考えた道具は懐中電灯、生物は虎と龍ってところか」
「いや、生物は1種類なんだ。でないと最強とは言えないからね」
情報を整理した翔星が推測を呟くが、礼真は静かに首を横に振る。
「それならどうして2つの生物の力を?」
「選んだ生物が虎と龍を従えるほどに強いから、としか言えないね」
釈然としない様子で翔星が聞き返し、礼真は複雑な笑みを返した。
「虎より龍より強い生き物なんて、すぐには浮かばないな」
「ガジェットテイルは最強の生物をベースに派生装備を作ります」
腕組みした翔星が首を振り、柔らかく微笑んだ夏櫛は本来の説明を再開する。
「光の刃がベースの生物、タイガーアイと龍仙光は派生って訳か」
「本来は3つほどですが、サイカさんはベースを含めてイメージが7つですね」
指折り数えた翔星が情報をまとめ、夏櫛はゴーグルを通してサイカを眺める。
「ガジェットテイルの容量が大き過ぎて、服にデータが回らなかった訳か」
「大体そんなところですね」
呆れ気味に納得した翔星が慎重に、軽くお辞儀をした夏櫛はゴーグルをテイルに戻して微笑んだ。
「それで7つのイメージってのは?」
「ガジェットテイルにアクセス、プロテクトにより閲覧不可」
会話が終わったタイミングで礼真が身を乗り出し、サイカは首を横に振る。
「本来の異能者の日記を盗み見るようなものだ、俺がいる間は開かない方がいい」
「それもそうだね、僕も異論は無い」
「提案を了承」
小さくため息をついた翔星の提案に礼真が賛同し、サイカは静かに頷いた。
▼
「ようやくひと段落か」
「お疲れ様です、充木隊長。もう暖午様とお呼びしても?」
タブレット端末の画面から目を離した充木が椅子に腰掛けたまま軽く伸びをし、横に立つヒサノは期待を押し隠して聞き返す。
「まだ業務中だぞ、ヒサノ。最終チェックをしたら飯食いに行くか」
「了解しました。時影翔星とサイカは第22番結界街、スズノキシティにて待機」
曖昧な笑みを返した充木が報告を促し、ヒサノは手のひらに立体映像を出した。
「現地にいるのは雷使い、隹戸礼真と夏櫛だな」
「鵜埜戒凪とコチョウは第25番結界街、シバダイシティにて待機」
静かに頷いた充木がタブレット端末を確認し、ヒサノは続きを読み上げる。
「現地にいるのは土使い、蒔峯政之とツイナ、っと」
「斑辺恵と焔巳は第5番結界街、フカズシティにて待機」
しばし目を閉じた充木が画面を切り替え、ヒサノは最後まで読み上げる。
「現地にいるのは水使い、山源祐路とテツラか」
「ご心配はもっともですが、これも電子天女の決定ですので」
「あいつらは何処に飛ばされても生き延びるけど、果たして成長するのかねえ」
タブレット端末を眺めたまま小さくため息をついた充木は、自信に満ちた様子でお辞儀するヒサノに作り笑いを返してから遠い目をして呟いた。
次回からは毎週金曜日の更新となります