第70話【耳を塞いだのは、元Fランクの怪力男】
電子天女との接続が途絶える地点に足を踏み入れた翔星達は、
ドッペル級硼岩棄晶とは異なる謎の人影に遭遇した。
『キィェェエーイッ!』
「……っと、まるで猿の雄叫びだな」
右手に持った杖に左手を添えた新たな人影が大声を上げ、ピンゾロは思わず耳を両手で塞ぐ。
「猿? それに杖とはいえ、あの構え……まさか、猿叫か!?」
「知ってるの、先生?」
しばらく俯いた造酒がLバングルの記録を開き、耳から両手を離したピンゾロは人影の動きを警戒しながら聞き返した。
「南方に伝わる二の太刀いらずの俗称で呼ばれる剣術だ! 食らえば命は無い!」
「何だって!?」
「ちょうどいい、ドッペル級には飽きが来てた頃だ」
早口で捲し立てる造酒に斑辺恵が体を強張らせ、翔星はRガンを構えつつ余裕の笑みを浮かべる。
『チェストォーッ!』
「上等だ!?……って、南方剣士ちゃんがドッペル級に向かって行ったぞ?」
奇妙な掛け声と共に走り出した南方剣士は、ピンゾロ達を無視して手にした杖を先頭に立つドッペル級硼岩棄晶に向けて振り下ろした。
『ザケン……ナ!?』
「ひょえ~、まさに一撃必殺ね」
「だがドッペル級は複数だ、このままだと囲まれ……!?」
人の声を真似る音が途切れて崩れ去るドッペル級を観察していたピンゾロが半ば呆れて感心し、南方剣士の動きを警戒していた斑辺恵は言葉を詰まらせる。
『キィェェエーイッ!』
『イマナンテイッ……タ!?』
「おいおい……二発目は無いんじゃないの!?」
再度杖を構えた南方剣士が別のドッペル級を屠り、ピンゾロは思わず聞き返す。
「二の太刀いらずという俗称は一撃だけで終わりって意味じゃない、外せば終わる覚悟で打ち込むって意味だ」
「それじゃ、つまり?」
「ああ、敵が全滅するまで何度も決死の一撃を打ち込むぞ」
Lバングルに保存していた情報を読み上げた造酒は、緊張を滲ませるピンゾロに答えるように頷いた。
「ドッペルが終われば俺達か、いよいよ面白くなってきた」
「確かに、あれが味方とは思えないね」
「今のうちに策を練らんとな」
手にしたRガンの握り具合を確認した翔星の隣で斑辺恵が懐に手を入れ、博士も両手に風を集め始める。
『『オレヲオイテクナ……』』
「堪らずドッペルが撤退したか」
「次はオレ達か……む?」
突然溶けるように消え去ったドッペル級を確認した翔星が不敵な笑みを浮かべ、全身に緊張を走らせた博士は南方剣士の異常に気付く。
『……』
「おいおい、南方剣士も消えちまったよ……」
音も立てずに雲散霧消した南方剣士を指差したピンゾロが慎重に周囲を見回し、一同もしばらく円陣を組んで警戒を続けた。
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「周囲に熱源反応はありませんね」
「ビジョンホッパーにも怪しいものは映っておらぬの」
「電子天女への接続不可、剣士個体は名称不明」
黒い額当てに意識を集中していた焔巳と背中合わせにコチョウが小型ドローンを巧みに飛ばし、手のひらにノイズ混じりの映像を浮かべたサイカは首を横に振る。
「敵か味方か、どころか人間か硼岩棄晶かすら見当が付かないよ」
「いったい何がどうなってんだか……」
「まずは情報を整理しよう」
Lバングルの記録映像を再生しながら困惑する斑辺恵の隣でピンゾロが大袈裟な仕草で天を仰ぎ、翔星は軽く肩をすくめた。
「まず、宇宙に逃げたはずの硼岩棄晶がこの樹海にいた」
「でもって現状、樹海の外には出られない」
静かに頷いた博士がLバングルに地図画像を浮かべ、同じ画像を浮かべた造酒は樹海の境界線を指でなぞる。
「UFOに乗り遅れた硼岩棄晶がいても不思議は無いが、樹海に居座ってる理由は推論も出せないな」
「遭遇したのが新型やドッペル級だった以上、単純な切れ端や居残りではないな」
宇宙空間に浮かぶ光の画像を並べた博士が肩をすくめ、Lバングルに硼岩棄晶の画像を浮かべた翔星は首を横に振った。
「ん? 翔星先生は何か心当たりがあるの?」
「ドッペル級がいただろ? ありゃ分断作戦を食らった時に地下で遭遇した奴だ」
しばらく考え込んだピンゾロが聞き返し、翔星は誤魔化すように頭を掻く。
「昨晩の会話記録から推測、貴官の元同級生と判断」
「ガワだけな、中身は硼岩棄晶に過ぎない」
手のひらに出した画像を高速でスライドしたサイカが少年の写真を浮かべて聞き返し、ため息交じりに頷いた翔星は静かに首を横に振った。
「同級生って中学の頃の? 何で今になって?」
「奴は俺が初めて駆除したドッペル級と全く同じ見た目、硼岩棄晶は何らかの戦闘記録を持ってると考えるのが自然だ」
芝居がかった仕草でピンゾロが首を捻り、翔星は事情を簡単に説明する。
「確かに一筋縄では難しいな」
「最悪、プラント級が居座ってると考えた方がいい」
「最低でも硼岩棄晶の妨害は、またあると考えた方がいいな」
腕組みをして唸る造酒に翔星が神妙な面持ちで頷きを返し、続けて博士も複雑な表情と共に頷いた。
「更には謎の剣士……得物は杖だったけどさ、あれもどうにかしないとね」
「もしかしたらあれは、Sランク異能者の魔法使いかもしれない……」
「ちょいと何言ってんの、斑辺恵先生?」
ため息と共に記録映像を再生したピンゾロは、慎重に呟いた斑辺恵を呆れ気味に真意を問い質す。
「この部分だ。この杖、ドッペル級に当たった瞬間だけ炎を纏ってる」
「何者かが作ったコピーなんだろうけど、確かに教本と同じだね~」
肩を寄せた斑辺恵が映像記録を指差し、一時停止したピンゾロは別のフォルダを開いて取り出した画像を重ねた。
「再現具合にもよるけど、大先輩のコピーまで相手とはね」
「今のところは狙いを硼岩棄晶に絞ってるようだがな」
「案外、本能みたいなのがあるのかもな」
ピンゾロから離れて頭を掻いた斑辺恵に博士が頷きを返し、翔星は冗談交じりに両肩を震わせる。
「それで、これからどうするよ?」
「調査ポイントに簡易ゲートを設置出来れば、いつでも本部で体勢を整えられる」
「簡易ゲートには結界機能もある、ドッペル級でも破壊出来ないよ」
軽く伸びをしてから周囲を見回したピンゾロに博士がLバングルに浮かべた立体映像を見せ、造酒も同じ映像を浮かべて説明を重ねた。
「なら決まりだな、このまま向かおう」
「おいおい、相手はドッペル級だぞ!?」
小さく肩をすくめた翔星が樹海の奥を指差し、ピンゾロは大慌てで聞き返す。
「上手く言えないが、ドッペル級にいつものキレが無かった」
「ゲート設置までの時間を稼げれば問題無い」
考えを纏めようと頭を掻いた翔星が曖昧な笑みを浮かべ、博士はメモ帳型の立体映像に計算式を書き込みながら頷いた。
「何なら、ドッペル級のオリジナルを潰すチャンスかもしれん」
「いいのかい? 元は同級生なんだろ?」
「見た目だけだ、潰して潰しても湧いてくる害虫と何も変わらん」
口の端を緩めた翔星は、慎重に聞き返した斑辺恵に涼しい顔で肩をすくめる。
「そっか、分かった」
「ふっ、こういう時は助かるよ。早く行こう」
軽く頷きを返した斑辺恵に翔星が曖昧な笑みを返し、一行は樹海の奥に向かって歩みを進めた。
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「調査ポイントは、あの大きな木だ」
「確かに鳥居が映えそうなスポットね~」
しばらく樹海を進んだ一行の先頭に立つ博士が開けた場所にそびえ立つひときわ大きな木を指差し、ピンゾロは指で作ったフレーム越しに感心する。
「全くピンゾロは……そんな俗っぽい言葉で片付けるでないわ」
「肯定、磁場の安定を確認」
「ならあそこには、俺ちゃん達に見えないものがある訳ね」
腕組みして首を振ったコチョウに頷いたサイカが手のひらに映像を浮かべ、ピンゾロは地面に手を当ててから含み笑いを浮かべた。
「ああ、少し離れた所にエネルギー体が潜んでやがる」
「硼岩棄晶か、種類は分かるか?」
「間違いなくドッペル級だ」
バイザーを掛けた翔星は、慎重に聞き返す博士に涼しい顔で肩をすくめる。
「そいじゃ、先生方が仕事を終えるまで軽く体を動かしますかね」
「勝手を言ってすまないが、ここは俺ひとりに行かせてくれないか?」
肩を大きく回したピンゾロが潜伏地点に向かおうとし、翔星は前に躍り出て手のひらを向けた。




