第69話【亡霊と再会したのは、元Fランクの闇使い】
水を得た魚のように先を進んでいたリーレは、
電子天女との接続が途切れる地点の手前で歩みを止めた。
「お待たせ、リーレさん。でもよく、この先が虫食い地点って分かったね?」
「はい、電子天女から警告されましたから」
慎重に歩みを進める一行の先頭から斑辺恵が手を振り、リーレは上空を指差して笑みを返す。
「なるほど、統或襍譚には虫食いの記述が無いのか」
「もしくは、あったけどオリジナルには影響が無かった」
続いて合流した翔星が含みを持たせて頷き、博士も頷く。
「ん? どゆこと?」
「虫食いは元々あったものでは無く、外的要因の可能性が高いって事だ」
しばし空を見上げたピンゾロが首を傾げ、簡潔に説明した翔星は肩をすくめた。
「いきなり大収穫か、やっぱり何事も現地に足を運ばないとね~」
「取材もいいですけど、締め切りは守ってくださいね」
「は、はいいぃぃぃっ!」
Lバングルに浮かべたメモ帳型の画像に万年筆を当てた造酒は、下から覗きこむように微笑むリーレに顔を引きつらせる。
「Wランクってのも気苦労が絶えないのね~」
「締め切りはポン酒個人の問題だ。それより、これからどうするかを考えるか」
少し離れた所で眺めていたピンゾロが肩を震わせて笑い、静かに首を横に振った博士はLバングルに地図画像を浮かべた。
「そうだな。サイカ、ここから調査ポイントまでどれくらいか分かるか?」
「ルート算出……起伏や地面の状態も考慮して約1時間」
軽く博士に頷きを返した翔星も地図画像を浮かべ、バイザー越しに目的地のある方角を眺めたサイカは手のひらに立体映像を浮かべる。
「1時間、往復を含めれば2時間以上無防備になるのか……」
「ここから見る限り、硼岩棄晶はいないみたいだな」
渋い表情を浮かべた翔星が木々の隙間を覗き、隣に駆け寄った博士も樹海の奥に視線を向けた。
「タイガーアイにも反応無し」
「サーモピットも反応無しですね」
「ふむ、森とビジョンホッパーは相性が悪いのう」
バイザーを通して視認したサイカと額当てを通して熱源を感知した焔巳が同時に頷き、コチョウは枝に阻まれて思うように飛ばない小型ドローンに眉を顰める。
「大丈夫だ、コチョウ先生。硼岩棄晶の振動は無かったぜ」
「とりあえずひと安心だね」
「まだ油断は出来ないがな」
地面に手を当ててから微笑んだピンゾロに斑辺恵が安堵のため息をつき、翔星は静かに首を横に振る。
「ステルス級か……」
「虫食い状態に調査ポイント……待ち伏せの可能性はいくらでもある」
ようやく落ち着きを取り戻した造酒がLバングルを確認し、頷きを返した博士は木々の合間を指差した。
「簡易ゲートには結界機能もあるし、設置出来れば何とかなるさ」
「転移機能は虫食い状態でも使えるのか?」
Lバングルを操作した造酒が鳥居の立体映像を浮かべ、翔星は慎重に聞き返す。
「ああ。上空からの観測が不能なだけで、転移機能なら理論上は問題無いらしい」
「理論上、ね……」
静かに頷いた造酒が空を見上げ、ピンゾロは不安な表情と共に頭を掻いた。
「ここまで来たら、行くしかないだろ」
「仕方ないね、隊列はどうする?」
軽く肩をすくめた翔星が樹海の奥にに親指を向け、慣れた様子で頷いた斑辺恵は一行の立体映像をLバングルに浮かべる。
「先頭は氷騰さんとハカセ、続いて先生とリーレさんで進んでもらう」
「おいおい、護衛対象を盾にするのかよ!?」
「待ち伏せや不意討ちは真正面からは来ない、俺達で側面と後方を固める」
立体映像を躊躇う事無く動かした翔星は、大袈裟に驚いたピンゾロに涼しい顔を返して残りの立体映像を適当に配置する。
「俺ちゃんと斑辺恵は左右、翔星は後ろから全体を見てくれないか?」
「分かった、装備を整えたら出発だ」
配置を修正したピンゾロに翔星が頷きを返し、一行は隊列を組んで樹海の奥へと歩みを進めた。
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『ナニミテンダヨ……』『ザケンナ……』
「まさか正面から来るバカがいたとはね……」
行程の半分近くに差し掛かった頃に虚ろな目をした少年達が遠くからゆらゆらと距離を詰め、先頭の博士は呆れてため息をつく。
「ヒト型の硼岩棄晶? まさか!?」
「そのまさか、ドッペル級だ」
博士の背中越しに覗いた造酒が息を呑み、後ろの翔星は事も無げに頷いた。
「どうして索敵に引っ掛からなかったんだ!?」
「ドッペル級はエネルギー体のまま近付く、地上の観測には滅多に掛からない」
右側面の斑辺恵が身を強張らせながら懐に手を入れ、斜め後ろからサイカが手のひらに立体映像を浮かべる。
「そいつはちょいと失念してたな」
「だが新種よりはマシだ、奴等のコアは首にある」
左側面のピンゾロが足元を数回蹴り、翔星は周囲を警戒しつつRガンを抜いた。
「取り込まれた人間を助ける方法は……」
「教本で習っただろ? あれは死者の影、本人は骨すら残ってないぜ」
「そんな……!?」
竹とんぼの羽を躊躇いがちに取り出した斑辺恵は、Rガンの引き金に指を掛ける翔星に言葉を濁らせる。
「言いたい事は分かるが、腹を括らないと首を括る破目になる」
「輝士ちゃんはみんな臨戦態勢だ、戦わなくても死にはしないぜ?」
「異能者である以上は避けて通れない道か、なら仕方ないな」
静かに首を振った翔星に続いてピンゾロが輝士械儕に親指を向け、斑辺恵は頭を掻いてため息をついた。
「皆、覚悟を決めたようじゃの。タイフーンスティック、起動じゃ!」
「おりょ? いつになく気合入ってるね~、コチョウ先生」
ハーフパンツから緑色のスパッツへと服装を入れ替えたコチョウがバックルから棒状の機器を取り出し、ピンゾロは物珍しそうに機器を眺める。
「コネクトカバーは使えぬが、防御機能は使えるからの」
「頼もしいね~、背中は任せるぜ」
棒状の防御装置を構えたコチョウが不敵な笑みを浮かべ、大きく肩を回しながら前へと躍り出たピンゾロは親指を立てた。
「卍燃甲は焔巳さん自身を守るために使うんだ」
「それでは斑辺恵様が無防備に……」
周囲を飛ぶ黒い円盤に気付いた斑辺恵が首を振り、裾丈の短い着物姿に変わった焔巳は心配そうな表情を返す。
「自分は問題無いよ、無傷とはいかないけどね」
「かしこまりました、あとで丁寧に治療いたしますね」
「ははっ……お手柔らかに頼むよ」
手のひらを地面に向けて愛想笑いを浮かべた斑辺恵は、得心の行った様子で念を押して微笑む焔巳にぎこちない笑みを返した。
「コネクトカバー展開、ジェルシールドも展開です」
「本当にコネクトカバーが使えるんだな」
下半身を巨大な猫の後ろ足に変えたリーレが練り上げたスライムで両腕を包み、翔星は感心しながら頷く。
「これが調査隊にワシが選ばれた理由みたいなもんだ」
「調子に乗るのはいいですけど、あまり離れないでくださいね」
「は、はいいぃぃぃっ!」
誇らし気に笑った造酒は、無邪気に微笑むリーレに戦慄して顔を引きつらせた。
「有線コネクトカバー展開」
「ん? 有線?」
短い着物姿に変わった氷騰がガジェットテイルを伸ばし、ピンゾロは耳慣れない言葉に首を傾げる。
「氷騰のガジェットテイルに触れてる限りは、展開される」
「範囲はリーレさんほどでは無いですけど……」
「充分頼もしいぜ」
長く伸ばしたガジェットテイルの巻き付いた左腕を見せた博士の隣で氷騰が照れ笑いを浮かべ、ピンゾロは柔らかな笑みを返した。
「サイカも防御機能は持ってるんだよな?」
「肯定、フリーズフラッシュは広範囲に展開可能」
周囲を確認した翔星が視線を戻し、白いインナー姿に変わったサイカは腕や足に装甲を展開しながら頷く。
「それなら他の連中をサポートしてくれ」
「了解、可能な限り攻撃を防ぐ」
軽く頷いた翔星が肩をすくめ、親指を立てて返したサイカはガジェットテイルの先端に付けた懐中電灯を握り締めた。
「そろそろ来るぞ、司令塔を叩かない限り無限に増えるから……」
「警告、新たな移動個体を検知」
近付いて来たドッペル級にRガンを構えた翔星が指示を出そうとし、バイザーを通して周囲に視界を広げていたサイカが遮る。
「新手か!?」
「何だ、ありゃ!? 人?」
慌ててバイザーを掛けた翔星の横からピンゾロが指差した先には、ドッペル級と異なる人のような影が立っていた。




