第65話【追い詰められたのは、元Fランクの闇使い】
初日の目的地に到着した翔星達は、
その場で一夜を過ごす決定をした。
「楽しみなのはいいけどよ、どれくらい待てばいいのん?」
「時間はたっぷりある、ゆっくり待てばいい」
調理台から離れたピンゾロが大きく伸びをし、翔星は遠くに落ちようとしている夕日に目を向けて肩をすくめる。
「翔星先生らしからぬお言葉ね、何かあったん?」
「たまにはのんびりするのもいいだろ、それとメスティンは用意しとけよ」
「もう用意してるぜ。でも、いきなりこいつを使うなんて想像もしてなかったぜ」
呆れ気味に聞き返したピンゾロは、手のひらよりひと回り大きい金属の器を取り出した翔星に頷きを返してから同じ形の器を複雑な表情で見詰めた。
「デイキャンプでは缶詰の糧食ばかりじゃったからの」
「加熱するだけで美味かったから満足してたけど、上には上が……おっ?」
手のひらに記録画像を出したコチョウが深々と頷き、懐かしむように笑ったピンゾロは石組みのかまどに興味の視線を向ける。
「どうしたんじゃ? ピンゾロ」
「飯盒まで持ち出して本格的だね~、って思ってね」
釣られて視線を向けたコチョウが聞き返し、ピンゾロは金網に載せた大きな鍋の周囲に並べた黒い飯盒を指差した。
「確かにそうじゃの」
「コチョウ先生は知ってるのね」
腕組みをしたコチョウが含み笑いを浮かべ、ピンゾロは大袈裟に肩をすくめる。
「まあの、初日の検証は終了じゃ」
「少なくとも、この近くに硼岩棄晶がいない事は確実だ」
否定する事無く頷いたコチョウが満面の笑みを浮かべ、メスティンを左手に持ち替えた翔星は腰のホルスターに当てていた右手を離した。
「ん? どゆこと?」
「人間がいると分かれば、硼岩棄晶が襲って来るだろ?」
腕組みをしたピンゾロが首を傾げ、翔星は簡単な説明と共に大鍋を指差す。
「硼岩棄晶は人間を標的にするって、ハカセが言ってたものな」
「こんな所で飯盒炊爨なぞしてみろ、人間がいると教えてるようなものじゃ」
しばらく上を向いたピンゾロが頷き、石組みのかまどを指差したコチョウは指を樹海へ向けてから大袈裟な仕草で肩をすくめる。
「随分と大胆な安全確認ですこと」
「おかげで美味い飯にあり付けるんだ、命を懸ける価値はあったと思うぜ」
ようやく目的を理解したピンゾロが肩を震わせて笑い、翔星は軽く伸びをする。
「それでは私は、熊でも狩ってきますね~」
「まって! オリジナルを真似た一品追加はいらないのよ? よ?」
大きく肩を回したリーレが樹海の境目を走り出し、いつの間にか背負われていた造酒は大声で止めに入る。
「行っちゃったよ……」
「追い掛ける訳にもいかないだろ。リーレさんも輝士なんだし、大丈夫なはずだ」
「だな、ちょっくらハカセを手伝いに行きますか」
既に影も見えなくなったリーレを呆然と見送ったピンゾロは、軽く肩をすくめた翔星に軽く頷いてからかまどに向かった。
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「待たせたな、完成だ」
「思ったより早いな」
「あらかじめ本部で下拵えして来たからな」
Lバングルのアラームを止めた博士は、時刻を確認して感心する翔星に得意気な笑みを返す。
「お手並みも鮮やか、目にも止まらぬ速さだったぜ」
「ここは料理教室では無いからな」
「さすがはハカセだ……っ!?」
翔星の隣で何度も頷いたピンゾロは、不敵な笑みを浮かべた博士に親指を立てた直後に異変を察して身構えた。
「とーちゃーく!」
「はぁ……はぁ……命がいくつあっても無理ぃ~」
土煙を上げて走って来たリーレがかまどの手前で止まり、背負われていた造酒は膝から崩れ落ちるように倒れ込む。
「お帰り、リーレちゃん。先生もご苦労さん」
「ごめんなさ~い、近くに獲物がいなかったの~」
「構わん。飯なら出来てるから、早く準備して来い」
緊張を解いて手を振ったピンゾロにリーレが微笑みながら両手を合わせ、鍋蓋を咄嗟に閉じていた博士は慣れた様子で背中を指差した。
「何も出来なくてすまなかった、ハカセ。リーレを抑えるので手一杯だったよ」
「気にすんな、ポン酒の。翔星達が手伝ってくれた」
立ち上がりながらバックパックを下ろした造酒がメスティンを取り出し、博士は静かに首を横に振る。
「あれくらい朝飯前よ、もうすぐ夕飯だけどな」
「ふっ。たくさん作ったから、遠慮なく食ってくれ」
余裕の笑みを浮かべたピンゾロが冗談めかして腹に手を当て、博士は心持ち弾むような声でおたまを手に取る。
「まずはご飯だ、こっちに来てくれ」
「どうぞ、斑辺恵様」
「ありがとう、焔巳さん」
飯盒の蓋を開けてから手招きした斑辺恵は、取り出したしゃもじでメスティンに白飯をよそった焔巳に手を振ってから大鍋に向かった。
「飯盒から飯盒ってのも不思議な感じね」
「ユナイトメスティンにも簡単な加熱調理機能はあるが、結局は食器だからな」
「お、サンキュー。いい香りだこと」
複雑な表情と共にメスティンを見詰めていたピンゾロは、博士がかけたカレーを嗅いでから目を細める。
「味もちょっとした自慢だ、存分に楽しんでくれ」
「ああ、期待してるぜ」
自信に満ちた笑みを浮かべた博士が後ろに並んでいた翔星のメスティンに盛った白飯にカレーをかけ、一同は和やかな空気の中で食事の準備を続けた。
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「「いただきまーす!」」
「うはっ! ピリッと来て、本当に美味いね~」
大きな石を円形に並べて腰掛けた一同が手を合わせ、最速でカレーライスを口に運んだピンゾロは大袈裟に膝を叩いて称賛する。
「さすがは、こだわりのスパイスじゃ」
「それに、お野菜も色々な歯応えがあって楽しいです」
「ああ、ここまで美味い野菜なんて初めてだよ」
隣に座ったコチョウも満足そうに微笑み、大きく切った具材をスプーンで掬った焔巳と斑辺恵も絶賛しながら口へと運んだ。
「野菜もスパイスもうちの農場で採れた自慢の一品だ」
「しかも食堂にも卸していない新作の野菜です」
向かいに座った博士が頬を緩め、隣で氷騰も目を輝かせる。
「新作!? 初耳だぞ、ハカセ!」
「先生? 好き嫌いはいけませんよ?」
「は、はいいぃぃっ!」
氷騰の隣で手を止めた造酒は、反対側に座るリーレが圧を含めた笑みに戦慄して食事を再開した。
「まさか、新作の性能テストまで兼ねていたとはね」
「硼岩棄晶襲来以前に栽培していた野菜を復元しただけの試作だ」
造酒達とは反対側の隣に座っていた翔星が不敵な笑みを浮かべ、博士は使用した野菜の正体を明かす。
「ふっ、偉大な計画に参加出来て光栄だぜ」
「オレはカレーを作っただけだ」
不敵な笑みを浮かべた翔星がスプーンで掬った具材を目の高さまで上げ、博士は涼しい顔で炭火の燻るかまどに載せた大鍋を親指で指し示た。
「そういや、あの大鍋ってどこから出したの?」
「転移機能を応用したディメンジョンバッグです」
釣られてかまどに目を向けたピンゾロが不思議そうに大鍋を見詰め、氷騰は体を捻って背負っている薄いバックパックを見せる。
「どんな大きなものも入れられて重さを感じない鞄か、実物は初めて見るな」
「輝士械儕専用じゃからの」
隣で黙々とカレーを口に運ぶサイカの背中を覗き込んだ翔星が静かに頷き、入れ代わるようにコチョウが澄まし顔で説明した。
「でもよく知ってたですね」
「大方、自分で持ってみたかったといったところじゃろ」
「ぐっ……悪かったな」
体勢を戻して感心の眼差しを向ける氷騰にコチョウが悪戯じみた笑みを浮かべ、言葉を詰まらせた翔星は観念したようにため息をつく。
「男子はそれぐらいが可愛いものじゃ」
「今後は、その興味をサイカさんに向けてくださいね」
「分かったよ……」
静かに首を横に振ったコチョウと柔らかくも圧を込めた微笑みを浮かべた焔巳に翔星が言葉少なに頷き、和やかな空気に包まれた一同は食事を続けた。




