第64話【圧を掛けられたのは、元Fランクの闇使い】
リーレと氷騰がそれぞれのガジェットテイルを駆使し、
翔星達は樹海に向かって順調に移動を続けた。
「みなさーん、着きましたよ~」
「おっと……着いたって、どういう事だ?」
スライムを固めたボートを持ち上げたまま走っていたリーレが急に立ち止まり、翔星は慎重に身構える。
「現在地を確認、この先が調査予定地の樹海」
「本当に半日で着いちまったよ……」
「何故か知らないんですけど、ここに来るまでのコツを掴んでいました」
しばらく空を見上げたサイカが手のひらに浮かべた立体映像を前方に向け、驚き呆れるピンゾロにリーレが下から弾むような声を飛ばす。
「そういうコツは掴まなくていいのよ? よ?」
「とりあえず降りるか」
悲壮な表情で首を振った造酒に複雑な笑みを浮かべた翔星が下を指差し、一行は続々とボートから降りた。
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「やっぱり地に足が着くと落ち着くね~」
「このまま最初の探索ポイントを目指すのか?」
地面の感触を確かめるようにピンゾロが何度も跳ね、軽く全身を伸ばした翔星は通って来た細い道を消し去るように木々が茂る樹海に目を向ける。
「いや、樹海の探索は明日からだ」
「明るいうちに出発するから、今日はここで休もうと思う」
大きな石に腰掛けた博士が首を振り、造酒もLバングルを操作しながら頷いた。
「スケジュールにも余裕はあるし、体力の温存も重要。反対する理由は無いな」
「俺ちゃんも構わないけど、どうやって休むの?」
スライムのボートを器用に丸めるリーレに視線を向けた翔星が肩をすくめ、ピンゾロは周囲を見回しながら聞き返す。
「ここにテントを張って野営します」
「正真正銘のキャンプって訳か、シバダイシティにいた時を思い出すねぇ」
ボートを小石ほどまで丸めたリーレが手のひらに立体映像を浮かべ、ピンゾロは腕組みしながら懐かしむように何度も頷いた。
「駐在員は異能者の蒔峯政之と輝士械儕のツイナ」
「なら、駐在の異能者の趣味がキャンプだったのか?」
「ああ、毎日デイキャンプしてたぜ」
手のひらに浮かべたサイカの映像を基に翔星が聞き返し、ピンゾロは事も無げに頷く。
「蒔峯殿がいたら、さぞ喜んだじゃろうな」
「政之より先にキャンプ出来ちまうなんて、ちょっとだけ悪い気がするね~」
懐かしむようにコチョウが空を見上げ、ピンゾロは複雑な笑みと共に頭を掻く。
「まあ、仕方なかろう。では、テントを設営するかの」
「俺ちゃんの支給品にテントは無かったけど、もしかしてコチョウ先生が?」
「案ずるでない、ちゃんと2人用じゃ」
静かに首を振ったコチョウは、Lバングルに目録を出したピンゾロに悪戯じみた笑みを返してから大きな袋に入ったテントを差し出した。
「ふっ、天女サマの思惑はどこまでも底が知れん」
「それより翔星さん、私達との約束を忘れないでくださいね」
「善処する」
小さくため息をついた翔星は、威圧感のある微笑みを浮かべた焔巳に軽く頷きを返して肩をすくめる。
「貴官の呼吸と脈拍に乱れを確認、休憩を推奨。すぐテントの設営に取り掛かる」
「何でも無い、俺も手伝うよ」
しばらく翔星の顔を見詰めたサイカがテントを手に取り、平静を装って首を横に振った翔星はぎこちない笑みを返した。
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「ざっとこんなもんか」
「驚いた……ピンゾロにこんな特技があったなんて」
「毎日デイキャンプでテントを立ててたからな」
手早くテントを張り終えて軽く伸びをしたピンゾロは、呆気に取られた斑辺恵に屈託の無い笑みを返す。
「ご安心ください、斑辺恵様。テントの設営方法ならダウンロード済みですから」
「うわわっ!? 何で抱き着くのかな、焔巳さん?」
鼻息荒く微笑んだ焔巳が背中から抱き着き、思わず大声を上げた斑辺恵は背中に当たる柔らかな感触を意識しないようにしながら聞き返す。
「こうして斑辺恵様に覚えていただこうと思いまして」
「それはテントの設営方法の事だよね?」
「ふふっ、今はそう言う事にしておきますね」
抱き着いたまま袋から器用にテントを取り出した焔巳は、声を震わせながら聞き返した斑辺恵に悪戯じみた笑みを返した。
「ハカセ~」
「仕方ないな……」
「ありがとうです、ハカセ!」
上目遣いでテントの入った袋を抱えた氷騰は、曖昧な表情を浮かべた受け取った博士に満面の笑みを返す。
「先生、私も準備万端ですよ」
「だから手加減を覚えてからにして!」
自信に満ちた微笑みを浮かべたリーレがテントの入った袋を立てた小指に乗せて回し、造酒は激しく首を横に振った。
「何だかみんな、いつも以上に距離が近いな……」
「異能者に教えながら設営するようプログラムされていますので」
落ち着かない様子で翔星が周囲を見回し、隣から焔巳が含み笑いを浮かべる。
「そうなのか?」
「肯定、不測の事態に備えた正式なプログラム」
「分断作戦を食らった身としては、そいつを持ち出されたら仕方ないな」
半信半疑で呟いた翔星は、手のひらに立体映像を浮かべて小さく頷いたサイカに複雑な笑みを浮かべながら頭を掻いた。
「ではさっそくサイカさんに教えてもらってくださいね」
「野戦訓練はひと通り受けて来たし、まずは思い出してみるか……」
「あら? 約束をお忘れになりましたか、翔星さん?」
柔らかく微笑んだ焔巳は、Lバングルのマニュアルを起動した翔星に圧を加えた表情を向ける。
「ぐっ……サイカ、レクチャーを頼む……」
「了解した!」
Lバングルを操作する手を止めた翔星が言葉を絞り出し、サイカは口元を綻ばせながら親指を立てた。
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「ようやく設営が終わったぜ……」
「お疲れ様でした、翔星さん」
「夕食は皆で取るそうじゃ」
張り終えたテントを見ながら額の汗を拭った翔星を焔巳が労い、テントから少し離れた場所を指差したコチョウを先頭に移動を開始する。
「火を起こしてるって事は、何か調理するのか?」
「はい、これも調査の一環です」
「確かに調理をするのは人間だけだものな」
開けた場所に作った石組みのかまどに気付いた翔星は、手のひらに映像を出して微笑むリーレに頷いてから含み笑いを浮かべた。
「おりょ? ハカセが料理すんの?」
「今夜の飯当番はオレだからな」
かまどの近くに組み立てた簡易調理台にピンゾロが近付き、小さく頷きを返した博士はまな板に載せた野菜を次々と等分に切り分ける。
「こりゃまた随分と慣れた手付きで、いったい何を作るんでしょ?」
「複数のスパイスを検知、夕食はカレーライスと推測」
次々と野菜を切り分ける手際に感心したピンゾロが調理台から距離を取りながら眺め、横からスキャンしたサイカは手のひらに立体映像を浮かべた
「正解です! ハカセの作るカレーは本当においしいですよ」
「それは楽しみじゃ、キャンプと言えばカレーじゃからの」
心底嬉しそうに氷騰が声を弾ませ、コチョウは満面の笑みと共に頷きを返す。
「でも異能者がお料理するなんて、少し不思議ですね」
「そうでも無いよ、祐路だって釣った魚を料理してたし」
「政之も週に1回はカレーを食堂で作ってたな」
調理する博士の後ろ姿を眺めながら微笑む焔巳に斑辺恵が静かに首を振り、ピンゾロも懐かしむように空を見上げる。
「ツイナ殿の言葉を借りれば、男のこだわりは可愛くて愛おしいようじゃからの」
「それはよく分かります」
「わしもじゃ、今から楽しみじゃよ」
腕組みをして何度も頷いたコチョウは、口元に手を当てて微笑む焔巳に一瞬だけ含みを持たせてから豪快に笑った。




