第63話【疲れ果てたのは、元Fランクの怪力男】
準備を終えた翔星達は図書館区画を後にし、
目的地に近い結界街に降り立った。
「こっから歩くのね」
「千里の道も一歩から、歩いてればそのうち着くだろ」
「翔星先生ってば、意外と体育会系なのね~」
結界街と外界を隔てる大鳥居型のゲートを抜けたピンゾロは、入念に体をほぐす翔星に複雑な笑みを浮かべる。
「いや、まさか。体育の成績は低かったよ」
「そこは俺ちゃんと同じなのね~」
「ここまで体を動かすなんて、異能力に覚醒する前は自分も想像出来なかったよ」
落ち着いた表情を浮かべて首を横に振る翔星にピンゾロが安堵のため息をつき、続けてゲートを出て来た斑辺恵も軽く足踏みしてから頷く。
「確かに異能輝士隊は、効率のいい体の動かし方を論理的に教えてくれたよな~」
「ああ、ただ歩くだけなら特別な技術は不要だ」
大きく伸びをしたピンゾロが入念に全身の筋を伸ばし始め、静かに頷きを返した翔星はバックパックを背負い直した。
「ダメです! 翔星さん!」
「どったの、リーレちゃん?」
「訓練で教えてもらった歩き方は、もう体が覚えてるぜ?」
突然大声を上げたリーレに要点を得ないままピンゾロが聞き返し、翔星も慣れた様子で両脚を交互に上げて見せる。
「疲労を軽減する歩き方でも、この距離では疲労が蓄積されてしまいます」
「と言っても、乗り物なんて何も無いぜ?」
「だからこうするんです! ガジェットテイル展開!」
手のひらを向けて首を横に振ったリーレは、呆れ気味に周囲を見回すピンゾロに笑みを返してからチューブ状のガジェットテイルに意識を集中した。
「ほぅ、随分と変わった格好をしておるの」
「リーレは闘士型だけど、統或襍譚の記述を取り入れてるからね」
腰から下がふた回り大きな猫の後ろ足へと変わったリーレをコチョウが興味深く眺め、造酒は簡単に理由を説明する。
「面妖な格好の理由は分かったが、いったい何をするつもりじゃ?」
「今作りますから、ちょっと待っててくださいね~」
腕組みしたまま頷いたコチョウが首を傾げ、リーレはガジェットテイルの先端に被せた金属部品を外して人がひとり入れる大きさにまで広げた。
「作る? そのタライで?」
「はい、まずは洗濯糊とホウシャ水を混ぜます」
「なるほど、そいつが本命のガジェットという訳か」
巨大な金盥を指差すピンゾロに笑みを返したリーレが同じく圧縮していた2つの容器を取り出して液体を注ぎ入れ、翔星は不敵な笑みを浮かべる。
「本命って、あの巨大なドロドロが?」
「スライムと呼ばれる粘液状の玩具、本来は手のひらに載せる程度の大きさ」
リーレが金盥から取り出した粘液をピンゾロが指差し、サイカは手のひらに立体映像を浮かべて説明する。
「随分と面白いガジェットを思い付いたものじゃの」
「水と聞いて何故か津波のような巨大スライムが浮かんじまったんだよね~」
豪快に笑ったコチョウに背中を軽く叩かれた造酒は、頭を掻きながら気恥ずかしそうな笑みを返した。
「これをこうして……こうして……こうすれば……完成しました!」
「ボート? どゆこと?」
「すぐに分かる、まずは乗ってくれ」
巨大な粘液の塊を練り終えたリーレが額を拭い、首を捻ったピンゾロの肩に手を乗せた造酒はボートの形状に練られたスライムに親指を差し向ける。
「席は人数分を越えておるの、どうする翔星殿?」
「何で俺に聞くんだよ……他に選択肢は無いんだ、ここは乗るしかないだろ」
「確かに、それもそうだね」
しばらくスライムのボートの観察をしてから振り向いたコチョウに翔星が複雑な表情を返し、肩をすくめた斑辺恵を合図に一行はボートに乗り込み始めた。
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「大丈夫かい? 焔巳さん」
「ありがとうございます、斑辺恵様。本日は一段とたくましいですよ」
先に乗り込んだ斑辺恵が縁から手を差し出し、両手で包み込むように握り返した焔巳は柔らかな笑みを浮かべる。
「からかわないでくれよ」
「あら? 私はいつでも本気ですよ?」
「まいったな……」
複雑な笑みを浮かべた斑辺恵は、掴んだ手を引いた勢いで抱き付いて来た焔巳の両肩を手で食い止めながら小さくため息をついた。
「ハカセ~」
「しょうがないな、ほらよ」
「ありがとうです、ハカセ!」
縁に両手を乗せて振り向いた氷騰は、腰を掴んで持ち上げた博士に満面の笑みを返してボートに乗り込む。
「へぇ、あれが本来あるべき輝士との関係ってやつなのかねぇ」
「関係は人それぞれじゃ、それともわしをお姫様抱っこでもしてくれるのかの?」
博士達の様子を眺めていたピンゾロが視線を落とし、目が合ったコチョウは悪戯じみた笑みを返す。
「ご冗談を。ほれ、こいつに掴まってくれ」
「やれやれ、肝心なところで煮え切らないのう」
誤魔化すように眼鏡を掛け直してからボートへと乗り込んだピンゾロが手を差し出し、コチョウは複雑な笑みを浮かべながら手を掴んで乗り込んだ。
「ピンゾロは恥ずかしがり屋」
「サイカちゃんに何を教えてんのさ、翔星先生は?」
後方に座ったサイカが小さく呟き、ゆっくりと振り向いたピンゾロは引きつった笑顔を翔星に向ける。
「さあな、俺にサイカを縛る趣味は無いさ」
「言ってくれるね~、いつの間にか仲良く乗り込んじゃってさ」
肩をすくめた翔星が軽く首を横に振り、ピンゾロはからかうような目つきで隣り合って座る翔星とサイカを交互に見渡す。
「樹海に着く頃にはチャージも終わるだろうからな」
「台刻転を使ったのかよ!? 呆れたな~」
涼しい顔を浮かべた翔星が視線を受け流し、思わず大声を上げたピンゾロは息を整えて頭を掻いた。
「まあいいじゃないか、おかげで貴重な体験が出来たよ」
「そいつは何よりだ。ところで造酒先生、リーレちゃんがまだのようだけど?」
膝に手を乗せた造酒が豪快に笑い、親指を立てて返したピンゾロは不思議そうに周囲を見回す。
「ああ、リーレには重要な役割があるからな」
「重要な役割?」
「皆さん乗りましたね? では、行きますよぉ~」
事も無げに笑う造酒にピンゾロがオウム返しで聞き返し、ボートの底に手を差し込んだリーレはそのまま両手で掴んで持ち上げた。
「リーレちゃんってハシより重いものを持てないんじゃなかったの!?」
「輝士械儕が非力な訳が無かろう、橋より重いものを持てないんじゃ」
「そんな理屈でいいのかよ!?」
ボートを持ち上げたまま走り出したリーレに驚いたピンゾロは、静かに首を横に振ったコチョウが手のひらに浮かべた文字を釈然としない様子で見詰める。
「体力を温存出来るに越した事は無いだろ?」
「ははっ……確かに、こいつは楽チンだ」
慣れた様子で聞き返す博士に力無く頷いたピンゾロは、疲れ果てた口調で流れる景色を見送った。
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「おっとっと……」
「どったの、リーレちゃん? 急に止まって」
結界街が全く見えなくなってからしばらく経った頃にリーレが突然立ち止まり、縁から身を乗り出したピンゾロは下に向かって声を掛ける。
「落石ですね」
「道が塞がってるのね。なら、ここは俺ちゃんが……」
「ここはぼくにお任せくださいです」
異能者達の背丈を優に超える巨大な石に塞がれた道にリーレが船首を向け、肩を回したピンゾロが立ち上がる直前に氷騰がボートから飛び降りた。
「ありゃりゃ、出遅れちまったか」
「ここは氷騰に任せてやってくれないか?」
大袈裟な仕草でピンゾロが天を仰ぎ、博士は複雑な笑みを向ける。
「いいぜ、ここはお手並み拝見とさせてもらう」
「ありがとうです! ガジェットテイル展開!」
再度縁に身を乗り出したピンゾロが力強く親指を立て、大きく手を振って返した氷騰はガジェットテイルに意識を集中した。
「ふむ、あの格好は忍者型か」
「その割には結構な重武装ですね」
緑色の生地につむじ風の意匠を配した裾の短い氷騰の着物を確認したコチョウが小さく頷き、焔巳は腰の両側に付けた送風機のような機器に目を向ける。
「風から連想した道具がエアコンなのでな、どうもそれが反映されたらしい」
「同じ忍者型でも、こうも変わるものなのですね」
事情を簡単に説明した博士が頭を掻き、焔巳は感心しながら深々と頷いた。
「いくですよ~、烈風葉璃剣!」
左腰の機器から落石に冷風を浴びせてから右腰の機器から熱風を出した氷騰は、懐から取り出した数本の白い針を投げる。
落石に突き刺さった白い針はそのまま奥に進み続け、ついには巨大な石を砂粒のように粉々に砕いた。
「お見事、冷風と熱風を浴びせて砕きやすくしたのね」
「そこに繁殖力を誇る紫蘇の根を模した針、大抵のものは簡単に砕ける寸法か」
砕けた石にピンゾロが深々と頷き、翔星も針の正体を推測しながら感心する。
「氷騰は硼岩棄晶の駆除より荒れ地の開拓に向いてるからな」
「さすがは農業ハカセの輝士ってところか」
「そんなところだ」
振り向いて大きく手を振る氷騰に小さく手を振って返した博士は、静かに頷いた翔星に頬を緩めながら肩をすくめた。
「ただいまです。リーレさん、よろしくお願いするです」
「は~い。では、移動を再開しますね~」
ガジェットテイルを戻してからボートへと跳び乗った氷騰が手のひらに浮かべた映像で船底を映し出し、映像越しに頷いたリーレは全速力で走り出す。
「今回は案外楽な仕事に終わりそうね」
「お主はちと油断し過ぎじゃ」
再び流れ出した景色を見送りながら伸びをしたピンゾロが余裕の笑みを浮かべ、隣からコチョウがやんわりと窘めた。




