第61話【確証を得たのは、元Fランクの闇使い】
図書館区画に足を踏み入れた翔星達は、
主と呼ばれる異能者、造酒に会った。
「そもそも何の調査なの?」
「硼岩棄晶の残党……」
「何だって!?」
部屋の端に掛けたスクリーンを見詰めるピンゾロの質問に答えようと造酒が口を開くや否や、翔星が興奮気味に大声を上げる。
「落ち着いてくれ、まだ可能性なんだ」
「それでも充分興味深い話だ、聞かせてくれ」
慌てて両手を向けた造酒が首を横に振り、翔星は気を落ち着かせながら頷いた。
「ワシは書類専門でな、もう少し待ってくれないか?」
「待つ? 何を?」
安堵のため息をついた造酒が扉に目を向け、翔星はオウム返しに聞き返す。
「硼岩棄晶に詳しいハカセだよ」
「誰がハカセだ、ポン酒の」
息を整えた造酒が悪戯じみた笑みを返した直後に扉が開き、茶色の作業着に身を包んだ男がゆっくりと入って来た。
「おっと、どちらさんかな?」
「噂をすれば何とやらだな、ハカセ。頼んでたメンツも来てるぞ」
咄嗟にピンゾロが足のバネを溜め、造酒は慣れた様子で男を迎え入れる。
「分かった。オレは加部博士、Hランクの風使いだ」
「やっぱりこっちも番外なのね、俺ちゃんは……」
「ピンゾロだろ? リーレさんから情報は受け取ってる」
ハカセと呼ばれた男が博士と名乗り、複雑な笑みを返したピンゾロの自己紹介を遮ってLバングルに立体映像を浮かべる。
「そっか、輝士同士でつながって……って輝士ちゃんは?」
「ああ、それなら」
「やっと追い付いた~……走るのが速いですよ、ハカセ~」
納得して頷いてから聞き返したピンゾロに博士が扉に親指を向け、しばらくして緑色の水兵服を着て同じ色の髪を短く切りそろえた少女が部屋に入って来た。
「だからハカセと呼ぶなとあれ程……」
「でもお酒の先生は、そう呼ぶといいって言ってるです……」
「そんな事より自己紹介がまだだろ? 早く済ませて来い」
ため息をついた博士は、遠慮がちに造酒に目を向けた少女の肩に手を乗せて軽く押す。
「ぼくは氷騰、ハカセの輝士械儕をしてるです」
「ん? 葉っぱ?」
「ぼくのガジェットテイルはエアコンと紫蘇になってるです」
押された勢いで一回転してから氷騰と名乗った少女は、先端に紫蘇の葉のようなものが付いた紐状のガジェットテイルを手に取ってピンゾロに微笑みかけた。
「なるほど、植物も生物って訳か」
「生物なのは分かったけど、どうして最強なんだ?」
腕組みをして頷いた翔星が口元を緩め、ピンゾロは一度頷いた首を傾げる。
「すぐに畑を覆い尽くす繁殖力は油断出来ないだろ?」
「それで収穫なのか」
Lバングルの映像を切り替えた博士が静かに首を横に振り、翔星は得心の行った様子で肩をすくめた。
「ああ、普段は農業区画にいる」
「何で農業区画のハカセ……っと、何て呼んだらいいのん?」
立体映像を閉じた博士が誇らしげな笑みを浮かべ、聞き返そうとしたピンゾロは途中で言葉を詰まらせる。
「名前で何が変わる訳でも無い、好きに呼べ」
「じゃ、ご遠慮なく。農業ハカセが何でここに?」
「それも含めて今から説明する」
首を横に振ってため息をついた博士は、周囲の書物を見渡してから質問したピンゾロに肩をすくめてから部屋の隅に垂らしたスクリーンの前に立った
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「本題に入る前に話しておきたい事がある」
「硼岩棄晶には、いくつかのルールがある事が分かったです」
椅子に腰掛けた面々を確認した博士が合図し、氷騰は手のひらからスクリーンに映像を浮かべる。
「ん? どゆこと?」
「ルールと言っても審判のいる規則では無く、自然の理だ」
スクリーンに目を向けていたピンゾロが大袈裟に首を傾げ、指示棒を取り出した博士は言葉の意味を簡単に説明した。
「そのひとつが、硼岩棄晶には必ずコアが必要って事だろ?」
「さすがは闇使い、その通りだ」
「硼岩棄晶はエネルギーの塊ですけど、破壊出来るまでエネルギーを圧縮するにはコアの制御が必要になるです」
続けて質問を返した翔星に博士が大きく頷きを返し、氷騰はスクリーンの画像を手早く切り替える。
「逆に言えば、地下を自在に流れるエネルギー体のまま攻撃される事は無い訳だ」
「ご名答、エネルギー体に我々や建物を攻撃する手段は持てないと確定した」
戦闘記録をLバングルに浮かべた翔星が軽く伸びをし、博士はスクリーンの該当箇所を指示棒で囲うように動かした。
「まだ推測の段階だったが、裏が取れたのは心強いな」
「いくつかって事は、他にもあるのん?」
密かに安堵した翔星が肩をすくめ、ピンゾロはスクリーンに目を向ける。
「前線の異能者に有益な情報は奴等の標的くらいで、残りは専門家の領分だ」
「標的? 硼岩棄晶の標的って人間じゃないのか?」
指示棒で小さく円を描いた博士が別の箇所で大きな円を描き、斑辺恵は困惑した様子で聞き返す。
「その通りだが強いて言えば、奴の標的は人間だけと言う事だ」
「ん? どゆこと?」
「結界街の外にいる野生生物は標的にしないって事だろ?」
軽く頷いた博士の説明にピンゾロが首を傾げ、代わりに翔星が説明を要約した。
「言われてみれば、デイキャンプした時も普通に鳥がさえずっておったの」
「川で魚も釣れましたね」
静かに頷いたコチョウが手のひらに記録映像を浮かべ、続けて焔巳も映像を手のひらに浮かべる。
「それでもケルベロス級が俺達を分断する際には、周囲の木々も巻き込んだ」
「トレント級出現時も同様」
腕組みをした翔星が静かに首を振り、頷きを返したサイカは手のひらに戦闘記録映像を浮かべた。
「環境保護が目的って訳でも無いのね」
「目的は依然として謎だが、人間に敵意を持ってるのは確かだろう」
呆れた様子でピンゾロが肩をすくめ、博士は指示棒を操作して映像を拡大する。
「どちらにせよ、向かって来たら駆除するしかないからね」
「当面は襲撃が無いと、電子天女は判断していますね」
複雑な笑みを浮かべた斑辺恵が懐に視線を向け、部屋の隅に座っていたリーレは天井を見上げてから柔らかな笑みを返した。
「その根拠は?」
「これだよ、ゼロ番街で観測したものだ」
全く理解が出来ない様子で斑辺恵が聞き返し、リーレの隣で資料を整理していた造酒がLバングルを操作してスクリーンに画像を映す。
「驚いた、まるでUFOだ……」
「外宇宙から来たのも納得だよ、しかしよく撮れてるな~」
「当然だ、ゼロ番街は宇宙にあるからな」
宇宙空間に浮かんだ光に言葉を失う斑辺恵に続いてピンゾロが手放しで感心し、博士はスクリーンの前に立ったまま事も無げに肩をすくめた。
「な、何だってーっ!?」
「だが、言われてみれば納得だ。万が一を考えれば、これほど安全な場所は無い」
「まったく、天女サマは先を読み過ぎだよ」
大袈裟な仕草で驚いてみせたピンゾロを気にも留めずに翔星が感心し、斑辺恵も複雑な笑みを浮かべてため息をつく。
「おふたりさんよぉ、俺ちゃんにも分かるように説明を頼めるかい?」
「陸続きでなければ、外敵も簡単に手を出せないだけだ」
「なるほどね、何とも心強い話だ」
息を整えてから咳払いしたピンゾロは、含みを持たせた翔星の説明に頷いてから曖昧な笑みと共に頭を掻く。
「その話はまた今度だ、そろそろ本題に入るぞ」
「待ってました。よろしくお願いするぜ、ハカセ」
スクリーンを指示棒で軽く叩いた博士が映像を切り替え、大きく拍手をしたピンゾロは片目を瞑って親指を立てた。
「さっきも話した通り、硼岩棄晶は宇宙に逃亡した」
「地球にいる硼岩棄晶は限りなくゼロに近い訳ね」
咳払いをした博士がスクリーンに映した地球の外に指示棒を動かし、ピンゾロは腕組みしながら大きく頷く。
「そう、ゼロに近いだけであってゼロそのものでは無い」
「つまり、現地に行って直接調査するのが俺達の任務って訳か」
「その通りだ。と言っても調査するのは、不可解な反応のあった箇所だけだ」
正解を言い渡すように指示棒をピンゾロへと向けた博士は、得心の行った様子で頷いた翔星に指示棒を向けてからスクリーンの画像を地図に切り替える。
「そいつは興味深い、どこなんだ?」
「霊峰の麓にある樹海だよ」
腰のRガンに触れた翔星が心持ち弾むような声で聞き返し、博士は淡々と地図を大きく円で囲んだ。




