第60話【心労を察したのは、元Fランクの怪力男】
不可解な調査任務を命じられた翔星達は、
図書館区画に足を踏み入れた。
「お邪魔しま~す、でいいのかな?」
「『たのもー!』って言うのも違うだろ」
巨大な建物に足を踏み入れた斑辺恵が慎重に周囲を見回し、隣を歩くピンゾロは奥まで真っ直ぐと延びた廊下を堂々と歩き出す。
「図書館では静かに」
「サイカの言う通りだ、主とやらがいる部屋まではこのまま行くか」
後ろを歩くサイカが壁の貼り紙を指差し、隣でLバングルに見取り図を浮かべた翔星は奥の扉を指差した。
「こいつは一本取られたの、ピンゾロ」
「抜かせ。でも翔星とサイカちゃんが仲良しで、お母さん嬉しいよ。って……」
「年齢、性別共に事実と異なる発言。説明を求める」
前へと躍り出たコチョウが悪戯じみた笑みを浮かべ、負けじと笑ったピンゾロの言葉をサイカが遮る。
「えー……っと、サイカちゃん? 随分と斬新なツッコミね?」
「電子天女に接続、検索終了。『誰があんたのおかんやねん』と続ける言葉遊び」
ぎこちなく頭を掻いたピンゾロが曖昧な笑みを浮かべ、しばらく天井を見上げたサイカは手の甲を当てる仕草をしながら検索結果を読み上げる。
「ご名答だ、サイカちゃん」
「娯楽の妨害を謝罪、深く反省」
「別にいいって、それより先に進もうぜ」
笑いを堪えながら頷いたピンゾロは、深々と下げたサイカの頭を軽く撫でてから奥への扉を親指で指し示した。
「対話の方はまだまだのようじゃの」
「悪かったな、俺はひとりでいるのが好きなんだ」
いつの間にか後ろに下がったコチョウにジト目で睨まれた翔星は、複雑な感情を表情に出さぬよう誤魔化しなら静かに首を横に振る。
「この基地にいる全ての異能者がそうですよ」
「そうだな、言い訳にもならないか」
後ろから隣に移動した焔巳が威圧感のある微笑みを浮かべ、翔星は曖昧な笑みを返して小さく頷く。
「悪いと思うておるなら、今夜からでも歩み寄る事じゃ」
「きっとサイカさんも喜びますよ」
「分かったよ……こいつは駆除より苦戦しそうだぜ」
腕組みして何度も頷くコチョウと満面の笑みを浮かべる焔巳に挟まれた翔星は、大きなため息をついてから逃げるように歩みを進めた。
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「執務室に着いた、目的の人物はこの部屋にいる」
「よっしゃ、任せろ」
廊下をしばらく歩いた先にある扉の手前でサイカが立ち止まり、ピンゾロは腕をまくる仕草をしてからドアノブに手を掛ける。
「たのもー! 図書館の主はいるかーい!」
「ちょっと、ピンゾロ!? いきなり何を……」
勢いよく扉を開けたピンゾロが大声を上げ、斑辺恵は慌てて止めに入る。
「よくぞ来た! 命知らずの猛者どもよ!」
「こっちもいきなり何だぁ!?」
「もしかして図書館の主か!」
負けじと部屋の中から返って来た大声に斑辺恵が思わず身構え、ピンゾロは興味津々な様子で身を乗り出した。
「おう! 図書館の主にしてWランクの水使い、八汐造酒とはワシの事よ!」
「こりゃまた随分と元気な異能者だね~」
ピンゾロ達と同じ白い制服を着た横幅の広い男が部屋の中心にある机に腰掛けて造酒と名乗り、ピンゾロはおどけながらも眼光鋭く観察する。
「もちろんよ! これがワシの……」
「ほどほどにしてくださいね、先生」
「はっ、はいぃぃっ!? すんませんでした、リーレさん!」
堂々と胸を張った造酒は、足元で微笑むリーレと呼ばれた長髪の少女が着ている青色の水兵服よりも青ざめ顔をして即座に机から下りた。
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫です、先生は小説のキャラになり切っているだけですから」
成り行きを見守っていた翔星が唐突な造酒の豹変に呆れ、リーレは慣れた様子で頷きを返す。
「小説? 先生? どゆこと?」
「私の異能者は先生で、ここで新しい小説を書いているんです」
「あの先生が異能者って事は、君が輝士ちゃん?」
疑問符がいくつも頭に浮かんだような表情と共に聞き返したピンゾロは、簡単に事情を説明したリーレに軽く頷きを返しながら質問を重ねる。
「私はリーレ、先生の担当編集みたいなものですね」
「俺ちゃんは風使いのピンゾロだ、よろしくな」
起伏の無い胸元に手を当てたリーレが微笑みを浮かべながら名乗り、ピンゾロは自分のあだ名を名乗ってから軽く手を振った。
「怪力で有名なGランクの異能者、鵜埜戒凪さんですね?」
「へぇ……俺ちゃん、ここでも有名人なのね」
手のひらに立体映像を浮かべたリーレがデータと見比べ、ピンゾロは口元を緩めながら頭の後ろに手を回す。
「図書館区画は異能者の情報が日々集まりますから」
「あらら、そういうことなのね」
手のひらの映像を閉じたリーレが事務的に微笑み、組んだ手を解いたピンゾロは力無く肩を落とした。
「私はハシより重いものを持てませんから、少し羨ましいです」
「それは頼もしいのう。わしはコチョウ、ピンゾロの輝士械儕じゃ」
自分の手のひらを見詰めたリーレが静かに首を横に振り、コチョウが割って入るように自己紹介する。
「よろしくね、コチョウちゃん。データにはキックが強力ってありますが?」
「わしのガジェットテイルは空気ブレーキとバッタじゃからの」
「だからキックなのですね。私のガジェットテイルは金盥とおっか猫ですよ」
手のひらに浮かべたデータに目を細めたリーレは、半球状のガジェットテイルを見せたコチョウに頷いてからチューブ状のガジェットテイルを振った。
「おっか猫?」
「統或襍譚に出て来る最強の猫、おっかさんだよ」
全く耳慣れない言葉にピンゾロが首を傾げ、造酒は落ち着いた声でLバングルに映像を浮かべる。
「ふっ、それが素の性格って訳か」
「まさか、今執筆中のキャラは場面によって性格の浮き沈みが激しいんだ」
「なるほど食えない男だ。俺は時影翔星、光使いだ」
口元を綻ばせた翔星は、飄々と笑みを返す造酒に肩をすくめて自己紹介した。
「闇を操るExランクの異能者ですね、本当は光使いだったのですか」
「ほぅ……そいつは興味深いな」
手のひらに立体映像を浮かべたリーレが微笑み、翔星は含み笑いを浮かべる。
「貴官の発言は理解不能、説明を要請」
「まだ憶測だ、いずれ話す。あ、こいつは俺の輝士のサイカだ」
外套を引いて小首を傾げるサイカの頭をぎこちなく撫でた翔星は、そのまま肩を掴んでリーレの前に差し出す。
「よろしくね、サイカちゃん。テイルはお揃いなんですね~」
「確かにこの体のテイルも物語に出て来る猫、入念な確認が必要と判断」
「おーいサイカさん、その前に斑辺恵達だ」
映像を切り替えて微笑んだリーレにサイカが頷き、翔星は曖昧な笑みを浮かべて後方を親指で指し示した。
「そうだね。自分は斑辺恵、炎使いだ」
「Sランク異能者、鎌鼬の斑辺恵ですね」
軽く頷いて前に出た斑辺恵が自己紹介し、該当する映像を浮かべたリーレは興味津々な様子で読み返す。
「鎌鼬まで有名なんだ……話が早くて助かるよ」
「それと、そちらのお姉さんが斑辺恵さんの輝士械儕ですね?」
曖昧な笑みを浮かべた斑辺恵が開き直るように肩をすくめ、軽く頷いたリーレは後方に佇む影に声を掛ける。
「はい、焔巳と申します。今後ともよろしくお願いしますね、リーレさん」
「よろしくね、焔巳さん。それにしても綺麗なガジェットテイルですね~」
丁寧な仕草でお辞儀をした焔巳が含みを持たせた笑みを浮かべ、無邪気な笑みを返したリーレは後ろに回り込んだ。
「斑辺恵様に選んでいただいたのが、エンジンカッターと不死鳥ですので」
「空想上の生物ですかぁ、何だかおっか猫と似てますねぇ」
先端に円盤の付いたガジェットテイルを軽く揺らした焔巳が誇らしそうに笑みを返し、何度も頷いたリーレも自分のガジェットテイル揺らす。
「確かに似た者同士か。でも、おっか猫なんて生物は聞いた事も無いよ」
「統或襍譚は幻の書物、ワシしか知らぬ秘中の秘よ」
複雑な笑みを浮かべた斑辺恵が首を横に振り、造酒は大きく胸を張った。
「なるほど、初耳だ。どんな本なんだい?」
「硼岩棄晶襲来前の様々な出来事を記録した書物だそうです」
「政治や経済に関する高度な議論から荒唐無稽な夢物語まで何でもありの内容だ」
腕組みをして頷いたピンゾロが聞き返し、概要を簡単に説明したリーレに続いて内容を軽く説明した造酒が肩をすくめる。
「それじゃ、その物語の部分におっかさんって猫が出て来るのか?」
「ああ、主人公を包み込むような巨大な猫だそうだ」
ようやく話のつながった斑辺恵が入れ替わるように質問を投げ、否定する事無く頷いた造酒は両腕を大きく広げながら説明した。
「猫なのに母親、理解不能」
「主人公だって人知を超えてるし、物語なんてそんなもんだよ」
音声を記録していたサイカの手が止まり、造酒は静かに首を横に振る。
「それじゃまさか、リーレちゃんって……」
「ワシの輝士は主人公を模した特別製、『かがくでできたゆうれい』よ」
更なる情報にピンゾロが言葉を詰まらせ、造酒は否定する事なく頷いた。
「何だか苦労しそうだね~」
「そうなんだよぉ~、分かってくれるかい?」
複雑な笑みと共にピンゾロが頬を指で掻き、造酒は今にも泣きそうな顔をする。
「先生、そろそろ本題に入りましょうか?」
「はっ、はいぃぃっ!? 分かりました、リーレさん!」
いつの間にか部屋の端に巨大なスクリーンを設置していたリーレが圧のこもった笑みを浮かべ、反射的に身をすくめた造酒は慌てて周囲の資料を漁り出した。




