第6話【服を買ったのは、光の輝士械儕】
炎の輝士械儕、焔巳と街を目指す斑辺恵は、
途中で遭遇した硼岩棄晶を退けた。
「敵はキャンサー級が6体にリザード級が2体じゃな」
偵察用小型ドローンをベルト脇の筒に戻したコチョウは、静かに息を整える。
「ガジェットテイル展開、戦闘モードに移行」
「へぇ……」
半球型のガジェットテイルから緑色の機器を取り外したコチョウが首に装着し、ピンゾロは言葉少なに感心する。
「サイクロンマフラーじゃ、まるで妖精みたいじゃろ?」
ハーフパンツが消えて緑色のスパッツを穿いた姿に変わったコチョウは、首から背中に向かって2本伸びる緑色の外枠と薄い翅のような機器を広げた。
「蝶と言うよりバッタだな……っと!」
軽口を返したピンゾロが言葉を遮り、後方へと大きく跳ぶ。
「コネクトカバーは使えぬが、タイフーンスティックは良好のようじゃの」
「相棒でなくても攻撃を防げたのか……」
炎を遮る空気の壁を確認したコチョウが棒状の機器をベルトに戻し、ピンゾロは目の前の光景を呆然と眺めた。
「余計なお世話じゃったかの?」
「助かったぜ、礼を言う。そんじゃまあ、行きますか!」
不敵な笑みを浮かべたコチョウが火球の飛んで来た方角を睨み、軽く手を振ったピンゾロは両脚のバネを溜める。
「先陣は任せるのじゃ!」
「負けられるかよ!」
「距離が短いとはいえ、輝士械儕に追い付いて来るとは見事じゃの」
翅のような機器を震わせて飛翔したコチョウは、後方から跳んで来たピンゾロに感心しながら速度を上げた。
「ブレイキングホッパー起動! ライドハーケン、シュート!」
『グォッ!?』
ブーツの側面から筒状の機器を展開したコチョウが左脚で空を蹴り、筒から飛び出した衝撃波が先頭のキャンサー級を圧し潰す。
「面白い技を使う、こっちも負けらんねえ!」
『グェエッ!?』
灰に変わったキャンサー級を確認したピンゾロが高く跳んでリザード級の前足と一体化した円盤の裏側に入り込み、そのまま首を掴んで強引に捻る。
「コアを無理矢理握り潰すとは、面白い事をするのう」
体を一回転させて着地したコチョウは、頭があらぬ方向に向いたまま灰となって崩れるリザード級を確認しながら着地する。
「感心してる場合か? 獲物は全部いただくぜ?」
『グォァ!?』
不敵な笑みを返したピンゾロが再度高く跳び、近くにいたキャンサー級の甲羅に乗って目の間を掴んで捻った。
「ちと本気を出すかのう、ドライブキック!」
翅を広げたコチョウが高く飛び上がり、落下の勢いに任せて蹴りを放つ。
『グェエエエ!?』
衝撃波を纏ったコチョウの脚がリザード級の構えた円盤を砕き、そのまま頸部に蹴りを受けたリザード級は破裂するように灰と化した。
「リザード級の盾を砕いちまったよ……」
「見とれとる場合か? ドライブキック・熱風重力返し!」
眼前の出来事に呆然とするピンゾロに微笑んだコチョウが着地の勢いを利用して前方に跳び、残った4体のキャンサー級に向けて回し蹴りを放つ。
『『グォォァッ!?』』
「ひゅー、見事なもんだぜ」
回し蹴りに合わせて放った巨大な衝撃波がキャンサー級を一斉に破裂させ、我に返ったピンゾロは手放しで称賛した。
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「わしら輝士械儕に掛かれば、こんなもんじゃよ」
「おつかれさん。にしても、輝士って結構身軽な格好なんだな」
サイクロンマフラーをガジェットテイルに戻したコチョウが水兵服の姿に戻り、周囲を確認したピンゾロは軽く伸びをする。
「わしは闘士型じゃからな、と言ってもどれも大差無いがの」
「ん? どゆこと?」
腰に手を当てて頷いたコチョウが頭の後ろに手を回し、ピンゾロは理解出来ない様子で聞き返した。
「剣士型、闘士型、忍者型……他にも型は色々あるが、服と得物が違うだけじゃ」
「ゲームの職業みたいに分けてるのに、違いが無い?」
指を立てて数えたコチョウが展開したままのベルトに手を当て、ピンゾロは尚も理解が出来ない様子で頭を捻る。
「どの輝士械儕も硼岩棄晶の攻撃を防げるし、傷を癒す術も身に付けておる」
「タンク、アタック、ヒールを単独でこなすのか……ゲームと違うんだな」
「実戦で人員が欠けてるから出動見送り、では話にならんからの」
身振り手振りを交えて説明したコチョウが胸を張り、驚き呆れて頷くピンゾロに悪戯じみた笑みを返した。
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「何でも作れるって、そう言う事か……大した万能選手だぜ」
「電子天女は、硼岩棄晶の駆除に更なる輝士械儕が必要と判断」
情報を整理して頷いた翔星が呆れ気味にため息をつき、サイカは表情を崩さずに説明を重ねる。
「戦争は数が物を言うけど、ここまでとはね……」
「現状硼岩棄晶の駆逐は未達成」
一応の理解を示した翔星が釈然としない様子で俯き、サイカは表情を崩さずに首を横に振った。
「確かに妥当な判断だ……そろそろ行くか」
「出発前にポイントの確認を提案する」
「ポイント? 何の事だ?」
皮肉交じりに納得してから歩き出した翔星が足を止め、呼び止めたサイカに全く初耳の様子で聞き返す。
「硼岩棄晶の駆除数に応じて電子天女が振り分ける、教本にも記載」
「今まで輝士がいなかったからな、軽く復習しときますか」
手のひらに立体映像を映し出したサイカが怪訝な顔で聞き返し、居心地悪そうに頭を掻いた翔星はバングル型の端末、Lバングルの操作を始めた。
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「なるほど……ポイントを消費して輝士に新たなデータをダウンロードするのか」
「データは各能力の上昇やスキル獲得まで色々とございます」
Lバングルに浮かぶ立体映像を確認した斑辺恵が何度も頷き、焔巳は手のひらに出した立体映像を操作しながら説明する。
「まるでゲームだな……」
「電子天女は地球の文化を参考に異能輝士隊を組織しましたので」
立体映像に目を通した斑辺恵が呆れて呟き、焔巳は含みを持たせて微笑んだ。
「確かに軍事機密を見せる訳にいかないか……それでどんなのがあるんだい?」
「操縦や広域通信など軍事スキルの他に、料理や洗濯など家事スキルがあります」
複雑な笑いと共に納得した斑辺恵が息を整えて聞き返し、一覧を確認した焔巳は簡潔に答える。
「家事!?……ゲームと違って日常生活があるからな……」
「それと、忍者型でしたら感度倍増もございます」
思わず息を呑んだ斑辺恵が無理矢理頷き、焔巳は嬉しそうに身を乗り出した。
「感度? レーダーの事か?」
「このデータ、ダウンロードするまで解説が読めない仕様になっていますね」
耳慣れぬ言葉に斑辺恵が首を傾げ、焔巳も立体映像を眺めながら首を傾げる。
「勝手に追加したら本来の異能者に申し訳ないし、データ追加は保留にしよう」
「かしこまりました」
複雑な表情で頭を掻いた斑辺恵が先送りを決定し、焔巳は丁寧にお辞儀した。
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「俺の輝士でも無いのに、能力を勝手に変える訳にもいかないな」
「了解、次は兵装の追加を確認」
息を整えた翔星が首を横に振り、頷きを返したサイカは立体映像を切り替える。
「武器も増やせるのか?」
「使い捨ての火器と交換可能」
「便利そうだな……と思ったけど、結構高いな……」
興味を持った翔星がサイカの説明を聞きながら手元の立体映像を切り替えるが、表示されたポイントを確認して項垂れた。
「確かにポイント不足」
「普段からコツコツ貯めて、大掛かりな駆除に合わせて購入する感じだな」
「了解、残りは平時外装機能」
冷静に画面を確認したサイカは、難しい顔をして用途を考える翔星に頷いて立体映像を切り替える。
「平時?……外装?……やっぱりそうか」
「作戦行動には不要と判断」
耳慣れぬ言葉の意味をしばし考えた翔星が興奮気味に画面を切り替え、サイカは理解が出来ない様子で小首を傾げる。
「つまり服だ、ちょうどいいから何か選んでくれ」
「了解、選択を開始する」
小さくため息をついた翔星が服の購入を促し、素直に頷いたサイカは立体映像の操作を始めた。
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「ダウンロードしたデータにメッセージの添付を確認、復唱の許可を求む」
「ん? 別に構わないぜ」
「『データはダウンロードしただけではダメですよ、インストールを忘れずに』」
操作を終えて翔星の許可を半ば強引に得たサイカは、柔らかな笑顔を浮かべる。
「ゲームかよ!?……って、そんな顔も出来るんだな」
「メッセージには表情も添付、命令次第で変更も可能」
思わず大声を上げた翔星が誤魔化すように頭を掻き、表情を戻したサイカは頬を撫でて判断を仰ぐ。
「俺には輝士に命令する権限は無い、今のままでいいよ」
「外套は貴官に返却する、インストールを開始」
軽く首を横に振った翔星が肩をすくめ、羽織っていた外套を返したサイカは肩に手を当てた。
「インストール終了」
「もう終わったのか……ちょっと短くないか?」
軽く腰を捻って確認を終えたサイカが声を掛け、振り向いた翔星は脚の付け根が見える程に丈の短いワンピースの水兵服を呆れ気味に眺める。
「最速で戦闘モードに移行出来るデータを選択」
「ははっ……何とも頼もしい事で……」
(少しは他の事にも気を使えよ。まあいい、街に着くまでの辛抱だ)
表情を変えずに裾を摘まむサイカに曖昧な笑みを返した翔星は、白いインナーに包まれたサイカの太ももから目を逸らしながら心の中で深いため息をついた。