第5話【柔らかさに驚いたのは、Fランクの風使い】
難無く硼岩棄晶を退けた翔星は、
ピンゾロと斑辺恵の無事を知って安堵した。
「私は焔巳、炎の輝士械儕でございます」
「炎の……自分は斑辺恵、仲間は斑辺恵って呼ぶ。まずは街に移動しましょう」
黒い水兵服姿の女性が長いスカートの前に両手を揃えて丁寧に頭を下げ、慌てて敬礼をした斑辺恵は息を整えながら周囲を見回す。
「かしこまりました、恵様」
「斑辺恵でいいよ。名前で呼ばれるの、好きじゃないんだ」
再度頭を下げた焔巳が薄い金属板を縦に連ねて先端に円盤を付けた2本の機器を尾羽のように揺らし、斑辺恵は恥ずかしそうに鼻の頭を指で掻いた。
「では今後、斑辺恵様とお呼びしますね」
「ダメ元で聞くけど、様付けは変えられないんだよね?」
しばし上を向いた焔巳が柔らかく微笑み、斑辺恵は躊躇いがちに聞き返す。
「はい、そのようにプログラムされていますので」
「やっぱりそういうパターンか……取り敢えず街を探しましょう」
口元に手を当てた焔巳が尾羽状の機器を揺らし、小さくため息をついた斑辺恵はぎこちない笑みを返した。
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「わしはコチョウ、風の輝士械儕じゃ」
「風ね……鵜埜戒凪だ、俺ちゃんの事は……」
「ピンゾロと呼んでくれ、じゃろ?」
白い水兵服とハーフパンツを身に着けた少女が胸を張り、落ち着きを取り戻したピンゾロの言葉を遮って屈託の無い笑みを浮かべる。
「輝士ちゃん達にも有名なんだ、俺ちゃんは……」
「相当な力持ちと聞いておる、頼りにしておるぞ」
「オッケーだぜ、お姫様」
気恥ずかしそうに頭を掻きながら含み笑いを浮かべたピンゾロは、腕組みをして頷くコチョウに大袈裟な仕草で頭を下げる。
「わしは姫ではない、風の異能者を守る輝士械儕じゃ」
「そいつは失礼。フリーの風使いなら心当たりがある、まずは街に行こうぜ」
唐突に後ろを向いたコチョウがハーフパンツから突き出た金属板を蛇腹に重ねて半球にした機器を振り、軽く肩をすくめたピンゾロはLバングルを起動した。
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「この感じ……硼岩棄晶かもしれない」
「サーモピット起動、索敵を開始しますね」
街に向かう途上で足を止めた斑辺恵が周囲の気配に意識を向け、焔巳は尾羽状の機器から黒い額当てを取り出して頭に巻く。
「焔巳さん、それは?」
「私達輝士械儕は普段、硼岩棄晶駆除に使用する機器をこのガジェットテイルに収めていますので」
懐に手を入れた斑辺恵が横目で見ながら聞き返し、静かに頷いた焔巳は尾羽状の機器、ガジェットテイルを軽く揺らして微笑んだ。
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「硼岩棄晶を駆除する械儕だし、全身に武装を仕込んでると思ってたよ」
「体は人間とほぼ同じ構成じゃ、違うのはガジェットテイルくらいかの?」
木陰に身を隠したピンゾロが呆れ気味に視線を落とし、笑みを返したコチョウは軽く手足を撫でてから半球のガジェットテイルを指差す。
「そういや、今付けてるベルトも尻尾から外したものな」
「このベルトが無ければビジョンホッパーも打ち上げられんからの」
軽く頷いたピンゾロが視線を移し、様々な機器を取り付けたベルトに手を当てたコチョウは上空を指差した。
「あれでここら一帯の情報が分かるんだから、見事なもんだ」
「キャンサー級が多数……リザード級も混じっておるの」
上空で旋回する小型ドローンをピンゾロが感心しながら眺め、コチョウは緑色の蟹のような生物と二足で歩くイグアナのような生物の立体映像を手のひらに出す。
「火の玉を撃つキャンサー級に、円盤を盾にするリザード級か……」
「わしひとりで行こうかの?」
立体映像を確認したピンゾロが苦い顔を浮かべ、コチョウは不敵な笑みを返す。
「ご冗談、女の子にそんな真似させられるかよ」
「心配無用じゃ、と言っても聞かんのじゃろ?」
「分かってるじゃねえか」
大袈裟に肩をすくめたピンゾロは、含み笑いを浮かべるコチョウに片目を瞑って返した。
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「ガジェットテイル展開、戦闘モードに移行」
「焔巳さん、その格好は……?」
ガジェットテイルの根元から赤い翼状の機器を広げた焔巳の服が消え、斑辺恵は思わず聞き返す。
「私、忍者型の輝士械儕ですので」
黒地に赤い炎の意匠を施した膝が見えるほど丈の短い着物に身を包んだ焔巳は、全く雰囲気を変えずに丁寧な仕草でお辞儀をする。
「電子天女は何考えてんだよ……」
網のようなインナーに包まれた焔巳の胸が着物から零れ落ちそうに揺れ、慌てて目を逸らした斑辺恵はため息をついて俯いた。
「斑辺恵様? 顔が赤いですよ?」
首を傾げた焔巳が膝を曲げ、見上げるように斑辺恵の顔を覗き込む。
「何でもない……バイソン級が3にハウンド級が4……」
誤魔化すように首を横に振った斑辺恵は、土煙を上げて向かって来る水牛と犬のような生物の群れを慎重に観察する。
「ここは自分が引き受けます」
「コネクトカバーの使用許可が下りていません、これでは斑辺恵様が危険です」
懐から竹とんぼの羽を取り出した斑辺恵が前へと踏み出し、しばらく上を向いた焔巳が慌てて呼び止める。
「危険なんて慣れてる……風よ!」
「お待ちください、斑辺恵様! 緋翼起動!」
鼻で笑った斑辺恵が手のひらから風を出して跳び上がり、赤い翼のような機器を広げた焔巳は斑辺恵に抱き着いた。
「焔巳さん!? 頼むから放してくれ!」
「どうしても戦うのでしたら、私が手伝います!」
2つの柔らかな弾力が背中に当たった斑辺恵が慌てて振り向き、焔巳は首を横に振ってから正面を見据える。
「こうなったら聞いてくれないパターンだよな……分かった、頼んだよ」
「かしこまりました!」
観念した斑辺恵が小さく頷き、焔巳は高度を下げて硼岩棄晶に近付いた。
『ブルルゥッ!』
「卍燃甲展開!」
頭上に黒雲のような物体を出現させたバイソン級が角から電撃を放ち、焔巳は斑辺恵の頭を押さえながら黒い円盤を前方に浮かべる。
「バイソン級の電撃を弾いた!? 熱で膨張させた空気を壁にしたのか!」
「素晴らしいです、斑辺恵様!」
目の前で軌道を変えた閃光に驚いた斑辺恵が興奮気味に分析し、焔巳は斑辺恵の後頭部を胸元に抱き寄せる。
「焔巳さん……そろそろ降ろしてくれないかな?」
「失礼しました、私から離れないでください」
後頭部に柔らかな感触を受けて振り向けずにいた斑辺恵が遠慮がちに声を上げ、静かに着地した焔巳は半歩前に出て周囲を見回す。
「それはあいつら次第かな?」
『『ブルル……』』『『アォーン』』
小さく肩をすくめた斑辺恵は、水牛のようなバイソン級と頭に布のようなものを巻いた犬のようなハウンド級の群れを睨みながら竹とんぼの羽を構える。
「では早々に片付けましょう、柩連焔刃起動!」
尾羽のような2本の機器を根元から外した焔巳が縦に連ねた薄い金属板を縮めて円盤の根元を持ち、円盤が回転して針の形をした火花を次々と飛ばす。
『『ブェァ!?』』『『アォァ!?』』
「まるで火花の手裏剣だ……」
無数に飛ぶ火花の針がバイソン級とハウンド級2体のコアを焼き貫き、斑辺恵は呆然としながらも慎重に観察する。
『ブルゥァッ!』
「おっと、食らうか!」
『ブモッ!?』
火花から逃れたバイソン級の突進を難無く躱した斑辺恵が竹とんぼの羽を振り、首筋に細い切り傷の走ったバイソン級は足を止めて倒れた。
「今のが鎌鼬ですね、噂に違わぬ見事な切れ味です」
「僕の特技まで知れ渡ってるのかよ……っ!」
円盤の回転を止めた焔巳が柔らかく微笑み、額に手を当てて呆れていた斑辺恵は素早く振り向いて身構える。
『『アォーン!』』
「くっ!? 攻撃を許したか!」
「ここは私が切り込みます!」
残った2体のハウンド級が弾丸のように固めた衝撃波を撃ち出し、木陰に隠れた斑辺恵の隣で焔巳が両手の円盤を構え直した。
「ハウンド級は距離を詰めると衝撃波を周囲に放つ、迂闊に近付くのは危険だ」
「心配無用です、これが柩連焔刃本来の使い方ですから」
静かに首を振る斑辺恵に微笑んだ焔巳が円盤から手を放し、縦に連ねた金属板を伸ばしながら飛び上がる。
「卍燃甲展開! 柩連焔刃起動!」
黒い円盤で衝撃波を防ぎながら近付いた焔巳は、縦に連ねた金属板を鞭のように振り回す。
『『アォァ!?』』
「硼岩棄晶を焼き切る炎の刃か……とんだライバルの登場だ」
炎を纏った先端の円盤それぞれが獲物を襲う蛇のようにハウンド級2体のコアを同時に切り裂き、木陰で身構えていた斑辺恵は小さくため息をついた。
「ご無事で何よりです、斑辺恵様」
「ありがとう、ここには輝士がいて助かったよ」
周囲を確認して翼を収納した焔巳が黒い水兵服に戻り、軽く手を振った斑辺恵は複雑な笑みを返す
「時影翔星様と鵜埜戒凪様にも輝士械儕が付いていますので、心配は無いかと」
「そうか……2人とも無事だといいな……」
しばし上を向いた焔巳が丁寧な仕草で頭を下げ、愛想笑いを返した斑辺恵は遠い目をして呟いた。