第47話【炎に飛び込んだのは、元Fランクの風使い】
輝士械儕と合流したピンゾロ達は地下空間から脱し、
地下に残った異能者は残り2組となった。
『『グォォォ……』』
「キャンサー級か……嫌な方向には知恵が回る」
大穴の底に広がる横穴に群がるキャンサー級硼岩棄晶を確認した斑辺恵は、苦い表情で眉を顰める。
「閉所で炎は定石のひとつですな」
「それ加えて僕達の熱源を擬装してる、しばらく救援は期待できない」
慎重に頷いた蔵がスコップを構え、手のひらに小さな火の玉を浮かべた斑辺恵は静かに首を横に振った。
「何と! そのような事まで出来るのですか」
「独り身が長かったからね。ところで蔵、ブリーザーライトは持ってるか?」
周囲を見回した蔵が小さく唸り、曖昧な笑みを浮かべた斑辺恵は腰のケースから細身の懐中電灯を取り出す。
「もちろんです、よもや使う場面が来るとは思いもしませんでしたが」
「ピンゾロなら空気を入れ替えられるんだろうけど、炎使い2人ではね」
同じくライトを取り出した蔵が反対側からチューブを伸ばし、斑辺恵はしばらく後ろを見てから複雑な笑みを返した。
「致し方ありますまい、今は出来る事をしましょう」
「ああ。ライトに入ってる圧縮酸素があれば、とりあえず酸欠の心配は無い」
「残るは火炎弾対策ですな」
軽く一礼してからチューブを咥えた蔵は、同じくチューブを咥えてから懐に手を入れた斑辺恵に力強く頷く。
「手ならある、かなり分の悪い賭けになるけどね」
「伸るか反るかは人生の常、拙僧も乗りましょう」
「助かる、キャンサー級が入って来てからが勝負だ」
懐から竹とんぼの羽を取り出した斑辺恵は、覚悟の笑みを引きつらせる蔵の肩を優しく叩いてからキャンサー級の群がる横穴を見据えた。
▼
「当ぁたれぇ~!」
『『グォァォーッ!?』』
「これで地上のキャンサー級もしばらくは結界街に向かえませんね」
マーダが撃った火炎弾を受けたキャンサー級の群れが炎に包まれ、黒い額当てに意識を集中した焔巳は静かに頷く。
「ケルベロス級は……いないな~」
「翔星さんが遭遇した時のように逃走したみたいですね」
左足を数回踏み鳴らしたマーダが周囲を見回し、焔巳は首を振って返した。
「やっぱり蔵くんと斑辺恵くんは穴に落ちたのかなぁ~?」
「そのようですね、地上に熱源反応はありません」
「焔巳ちゃん、蔵くん達がどこにいるかわかるかな?」
ケルベロス級が空けた大穴を覗き込んだマーダは、周囲を観測しながら近付いた焔巳に穴を指差しながら聞き返す。
「いえ。地下にいる硼岩棄晶は、人間と同じ熱源を擬装しているようです」
「意外とセコイ手を使うよね~、これじゃあ迂闊に攻撃できないな~」
「それでも斑辺恵様でしたら、きっと何とかしてくれます」
静かに首を振ってため息をついた焔巳は、巨大な2丁の銃をガジェットテイルに戻したマーダに確信にも似た微笑みを返した。
▼
『『グォォ……』』
「いよいよ来たね、手はず通りに頼むよ」
「委細承知」
横穴の奥から響く銅鑼の音のような鳴き声に耳を澄ませた斑辺恵が両脚のバネを溜め、背中合わせにスコップを構えた蔵も息を整える。
『『グォォォ……』』
「まだまだ」
僅かに音が近付き、斑辺恵は踏み止まるように首を振る。
『『グォォォォ……』』
「もうちょい、あともうちょっと」
更に音が近付き、斑辺恵は竹とんぼの羽を持った手で急かすように手招きする。
『『グォォォッ!』』
「今だ! 風よ!」
「来迎トマホーク!」
横穴からキャンサー級が溢れて来ると同時に斑辺恵が爆風を起こし、背中越しに爆風を受けて飛び上がった蔵はスコップの先端に炎の斧を作り出した。
『『グォァォーッ!?』』
「上手く行った! ダメ押しのパームブラストだ!」
『『グォァ……?』』
進路上のキャンサー級を次々と炎の斧が切り伏せ、群れの最後尾を通り抜けると同時に着地した斑辺恵は生き延びたキャンサー級の脚部に向けて空気弾を放つ。
「これで火炎弾は撃てませんな、お見事!」
「褒めるのは生きて帰ってからだ、今は走るぞ!」
「ええ、必ず生きて帰りましょうぞ」
足を失い倒れたキャンサー級を確認した蔵は、土埃を払った斑辺恵と共に横穴の奥へと駆け出した。
▼
「ぬうっ! 来迎トマホーク!」
『グォァッ!?』
「このような場所にまでいたとは、まるで見張りですな」
しばらく進んだ先で道を塞ぐキャンサー級を両断した蔵は、慎重に炎の斧を構え直す。
「追手が来る前に抜けよう!」
『『グォアォァッ!?』』
手のひらに爆風を出した反動で加速した斑辺恵がすれ違いざまに竹とんぼの羽を振り、群れ為すキャンサー級のコアを高圧縮した炎で次々に焼き切った。
「ここは……何だ?」
「あれは何かの施設? あるいはこれも硼岩棄晶なのでしょうか?」
開けた場所へと出た斑辺恵が巨大な柱状の物体に言葉を失い、蔵も隣で混乱した思考をどうにか巡らせる。
「どちらにせよ、硼岩棄晶が大量発生する仕組みには変わりないよ」
「ですね、せめて穴だけでも塞ぎましょう」
「奇遇だね、同じ事を考えてた」
息を整えてから柱の根元を指差した斑辺恵は、スコップを構え直した蔵に不敵な笑みを返しながら竹とんぼの羽を構えた。
『『グォォーッ!』』
「出て行ったキャンサー級が戻って来たか、相当大事らしいな」
後方の横穴から近付く銅鑼のような鳴き声に振り向いた斑辺恵は、確信を固めた表情を浮かべる。
「来迎トマホーク!」
『『グォァッ!?』』
割って入った蔵が斧型の炎を先端に灯したスコップを横に薙ぎ、飛び込んで来た前衛のキャンサー級をまとめて切断する。
『『グォォ……』』
「斑辺恵殿は穴を!」
「わかった! 早めに済ませて合流する!」
警戒して踏み止まったキャンサー級を確認した蔵が威嚇をするようにスコップを構え、斑辺恵は力強く頷いて駆け出した。
「まずはひとつめ! パームブラスト!」
柱に近付いた斑辺恵が穴の周囲に向けて空気弾を撃つが、柱にはヒビひとつ入る事無く土煙だけが舞い上がる。
「それなら鎌鼬だ!」
『『グォァォォーッ!?』』
爆風を使って穴へと近付いた斑辺恵が竹とんぼの羽を振り、高圧縮した炎に切断された柱の一部が出て来たキャンサー級を巻き込んで崩れ落ちる。
「イマジントリガーでようやく穴ひとつか、先が思いやられるな」
「あぶない、斑辺恵殿!」
『グォァーッ!』
穴を塞ぐ瓦礫を確認した斑辺恵が複雑な顔で左右を見渡した直後、蔵の足止めを躱した1体のキャンサー級がハサミから火炎弾を放った。
「しまった!……何ともない?」
「斑辺恵様! 無事でよかった……」
咄嗟に躱す間もなく炎に包まれて倒れた斑辺恵は、抱き着いて来た柔らかな声と感触に包まれて起き上る。
「ガイドランサ~!」
『グェォァッ!?』
続けて入って来た人影が手にした銃から銃剣を撃ち出し、綱につながれた銃剣は自在に軌道を変えながらキャンサー級のコアを貫いた。
「間に合ってよかったね~、焔巳ちゃん」
「焔巳さん? マーダさんもどうしてここに?」
「上空から熱源を確認しましたので」
声の主に気付いた斑辺恵が周囲を見回し、焔巳は柔らかな微笑みを返す。
「でも地下にいる奴等の熱源は僕達の熱源を擬装してたはず」
「多数の熱源の中から風のように動く熱源を感知しましたので」
「生き残るのに必死だっただけだから、そいつは想定外だったよ」
納得して頷く寸前に疑問を呟いた斑辺恵は、目を細めて頭を撫でた焔巳に複雑な笑みを返した。
「何はともあれ、形勢逆転ですな」
「やってやるぅ~!」
「待て! 柱が揺らいでる?」
安堵に満ちた蔵の声に合わせてマーダが銃を構え、異変に気付いた斑辺恵は柱を慎重に観察する。
「灯明トマホーク!」
「消えた……」
「ここはいったん戻りましょう」
咄嗟にスコップを振った蔵が小さな炎の礫を柱に撃ち込み、忽然と消えた柱の周囲に目を配る斑辺恵に曖昧な笑みを浮かべた。
▼
「周囲に残存する硼岩棄晶はありません」
「柱と一緒に消えたというのか?」
地上に戻ると同時に焔巳が黒い額当てを通して周囲を索敵し、抱き着く焔巳から離れた斑辺恵は着地しながら安堵のため息をつく。
「壬奈ちゃん達も柱に遭遇したけど、逃げられたんだって」
「こっちと同じか……」
抱きかかえていた蔵を降ろしたマーダが空を見上げ、斑辺恵は複雑な表情と共に小さく頷いた。
「でもこっちは蔵くんの炎が中に残ってるから、反応を追えるわよ」
「そんな事が出来るのか!?」
誇らしそうに微笑むマーダが手のひらに立体映像を浮かべ、斑辺恵は思わず聞き返す。
「伊達や酔狂で灯明と名付けた訳ではございませんので」
「何とも頼もしい話だよ」
悪戯じみた笑みと共に合掌した蔵が一礼し、斑辺恵は大袈裟な仕草で肩をすくめながらも頬を緩ませた。




