第43話【無意識に触れたのは、元Fランクの闇使い】
任務を終えて商業区画に来た翔星達は、
輝士械儕達の要望によりドーナツショップに向かった。
「いらっしゃいませ、ご注文がお決まりでしたらどうぞ」
「なかなかの品ぞろえじゃない、気に入ったわ」
「カーサ達は先に選んでてくれ。今さらだが、翔星達の持ち合わせは大丈夫か?」
お辞儀をした輝士械儕の店員がガラスケースに手を差し伸べ、平静を装いつつも目を輝かせるカーサの頭を軽く撫でた聡羅は曖昧な表情と共に振り向く。
「一応給料は出てたぜ、ほとんど使ってなかったけどな」
「異能力があれば、ここでの衣食住は保障されてるからね」
「俺が買ったのも外套とバイザーくらいだ」
軽くLバングルを振ったピンゾロに続いて斑辺恵が余裕の笑みを浮かべ、翔星も外套を僅かに開く。
「空いてる会議室を渡り歩いての雑用行脚でおぜぜ頂くのは気が引けたからな」
「代わりに空いた時間は駆除に当てさせてもらった」
ポケットに手を突っ込んだピンゾロが肩をすくめて片目を瞑り、翔星も思い出し笑いを噛み締めながら頷いた。
「充木隊長が頭を痛める訳だ」
「明らかに掛け持ちだったけど上官だし、悪い事をしたとは思ってるよ」
額に手を当てた聡羅がため息をつき、斑辺恵は複雑な笑みを返す。
「無断外出を黙認してたのも、いざとなれば輝士を頼ると踏んでたんだろうな」
「今さらの話だ、とりあえず注文しよう」
肩を震わせながら笑いを堪えたピンゾロに翔星が鼻で笑って返し、ケースの前で会話に花を咲かせる輝士械儕達との合流を促した。
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「6人掛けのテーブルが2つか、どう分けるよ?」
「いつものメンツで固まるのは芸が無いな」
ボールドーナツが入った紙の容器とメロンソーダを載せたトレーを手にしたピンゾロが立ち止まり、聡羅もトレーを手にしたまま複雑な笑みを浮かべる。
「拙僧としては、異能者と輝士に分けたく思うのですが」
「ちょっとー! 何であたしがマスターと離れないと……むぎゅっ!?」
テーブルにトレーを置いた蔵が合掌して一礼し、もう片方のテーブルにトレーを置いて抗議したカーサの声が柔らかいものに包まれて止まった。
「ごめんね~、カーサちゃん。蔵くんにも考えがあると思うのぉ~」
「あいすみませぬ、マーダ殿」
同じテーブルにトレーを置いたマーダがカーサを抱き上げ、蔵は恥ずかしそうに頭を掻く。
「その代わり、わたくしは通路を挟んで蔵くんの隣に座るわね~」
「マーダにしてはいい考えね、こっち側はあたしとマスターで座りましょう」
「オレは反対側で長話の監視役だ、今回は我慢してくれ」
悪戯じみた笑みを浮かべたマーダに解放されたカーサが席へと着こうとするが、聡羅は蔵の隣にトレーを置いてからすまなそうに笑みを返した。
「そんなぁ~」
「今度埋め合わせをするから、今はこれで勘弁してくれ」
「ふみゃぁ~……」
動きを止めて項垂れたカーサは、近付いて来た聡羅に頭を撫でられて恍惚とした表情を浮かべる。
「効率のいい配置を算出した、速やかな着席を推奨する」
「わ、わっかたわよ! マスタ~、また後でね」
同じテーブルの端にトレーを置いたサイカが手のひらに立体映像を浮かべ、我に返ったカーサは名残惜しそうな顔で移動を開始した。
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「マスター達、何を話してるのかしら……」
「きっと人間同士の大切な話でござる」
マーダ越しに隣のテーブルを見ていたカーサが断念してオールドファッションを齧り、ドーナツをひとつ食べ終えた壬奈は深く頷いてから抹茶ラテに口を付ける。
「人間には電子天女を介した情報共有空間が無い、遮音機能の提供を提案する」
「ダメよ、サイカちゃん。蔵くんは目を離すと、話が長くなるんだから」
壬奈の向かいでサイカが手にしたフレンチクルーラーを皿に置き、マーダは首を静かに振ってからホイップクリームをかけたチョコレートドーナツを口に入れた。
「ピンゾロもすぐ調子に乗るし、お互い重要な任務じゃの」
「まさかマスターの真面目な性格が裏目に出るなんて」
マーダの向かいに座ったコチョウが大きな容器に入ったボールドーナツをひとつ口へと運び、カーサはため息交じりにコーラのグラスに挿したストローを咥える。
「今夜は思う存分甘えればよろしいではありませんか」
「当然よ! マスターは誰よりも優しいんだから!」
アイスティーをひと口飲んでからツイストドーナツを手に取った焔巳が柔らかな笑みを浮かべ、瞳に輝きを取り戻したカーサは大きく胸を張る。
「異能者の心を掴む秘訣、知りたいものじゃの」
「マスターが撫でてくれるタイミングなんて簡単よ、今データを上げるわ」
目を細めたコチョウが隣のテーブルを見詰め、誇らしそうに笑ったカーサは手のひらに浮かべて圧縮した映像を上に投げた。
「電子天女からのデータを確認。カーサは甘え上手、参考になる」
「これは今すぐ実践したいですね」
しばし天井を見上げたサイカが頬を緩ませ、隣で焔巳も声と心を弾ませる。
「わしらも異能者に似て単独行動が得手のようじゃの」
「同意、連携は駆除の時だけで充分」
「珍しく気が合うわね。次の予定は、もう決まりよ」
含み笑いを浮かべたコチョウにサイカが淡々と頷き、緩んだ頬を誤魔化すように視線を隣のテーブルへと向けたカーサに全員が無言で頷いた。
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「こんな店まで作れるなんて、まさに天女サマ様だね~」
「文化的な生活を奪われた当時の人達には、実に心強く見えた事でしょう」
摘まんだボールドーナツを口へと運んだピンゾロがグラスに口を付け、向かいで合掌した蔵がクリームドーナツを手に取る。
「人類の歴史や文化のデータを基に復活再現、文字通り奇跡か何かだよ」
「俺ちゃん、神様は信じられなくても天女サマなら信じられるぜ」
隣に座った斑辺恵が齧ったツイストドーナツをアイスコーヒーで流し込み、笑うように肩をすくめたピンゾロは次のボールドーナツを手に取る。
「故に電子天女は、自らを信仰の対象にする事を固く禁じたと推測します」
「ん? どゆこと?」
クリームドーナツを食べ終えた蔵が神妙な面持ちと共にアイスコーヒーをひと口飲み、ピンゾロはボールドーナツを口に運ぶ手を止めて聞き返した。
「まず電子天女及びデータリアンは神仏と異なる存在、これは分かりますかな?」
「そりゃまあ、外宇宙から来たからな」
軽く周囲を見回した蔵が押さえた声で質問を返し、ピンゾロは慎重に頷く。
「それでも人類を硼岩棄晶から守った、まるで神話だ」
「また話を長くしてしまうところでしたか。感謝致します、聡羅殿。当時の人間に神仏を信仰していた記憶が無ければ、まさに神として崇められていた事でしょう」
蔵の隣に座った聡羅がオールドファッションを皿に置いてからLバングルに立体映像を浮かべ、静かに合掌した蔵は話をまとめて一礼した。
「でもよ、カミサマ扱いの何が都合悪いんだ?」
「サイカが言うには、電子天女は人間の想像力が無ければ何も作れないらしい」
理解が出来ない様子でピンゾロが聞き返し、斑辺恵を挟んで反対側に座っていた翔星が隣のテーブルに視線を向けてからコーヒーカップを手に取る。
「あと焔巳さんの話だと、データリアンは人間の幸せな感情を好むらしいんだ」
「そういや、うちのコチョウもそんな話をしてたような」
躊躇いがちに斑辺恵が口を開き、ピンゾロも記憶を追うように上を向いた。
「もし電子天女を唯一の神と崇めたら、人間の想像力が狭まってしまう」
「そしたら人間もデータリアンも共倒れ、確かに納得だね~」
聡羅の隣に座った羽士がカフェラテのカップを置いてLバングルを操作し、ピンゾロは浮かび上がったシミュレーション映像を眺めながら何度も頷く。
「人類を精神面から支えてきた宗教の復元は、人間の救済に加えてデータリアンの利益につながる。恐ろしい程に合理的な判断だよ」
「天女を名乗ったのも信仰対象では無いという意思表示の一種なのでしょう」
慣れた口調で聡羅が説明を引き継ぎ、蔵は持論を披露してから一礼した。
「確かに個性的なネーミングセンスではあるよね」
「人間の文化を学習した電子天女は、中二病になったらしくてね」
アイスコーヒーを飲んでひと息ついた斑辺恵が曖昧な笑みを返し、羽士も複雑な表情と共に頷く。
「なるほど、異能力に目覚めるのが同年代の男子ってのも納得だ」
「とどのつまり、俺ちゃん達の命綱は天女サマの妄想って訳ね」
笑いを抑えるように肩をすくめた翔星がコーヒーカップを手に取り、ピンゾロは呆れた口調と共に最後のボールドーナツを口に放り込む。
「異能輝士隊の結成時期を考えれば、随分と長い思春期になるな」
「オレ達人間はあと何世代、天女サマの青い妄想に付き合う事になるのやら」
コーヒーをひと口飲んだ翔星がLバングルに視線を向け、コーラのグラスを手に取った聡羅は呆れ気味に肩をすくめた。
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「今日は興味深い話をありがとう」
「こちらこそ、拙僧も久々に満足の行く話が出来ました」
店を出た斑辺恵が大きく伸びをし、穏やかに微笑んだ蔵は合掌して一礼する。
「どうやらここで解散らしいね」
「充実した時間のツケはちょいと大きかったかもな」
店を出て一箇所に集まった輝士械儕達の視線に気付いた羽士が静かに首を振り、聡羅は諦め混じりに複雑な笑みを浮かべる。
「この穴埋めは、どんな駆除よりも苦戦するだろうな」
「違いない、ここは腹を括ってお姫さん達のご機嫌を取りに行きますか」
無意識にホルスターへと手を伸ばした翔星が誤魔化すように頭を掻き、大袈裟な仕草で肩をすくめたピンゾロを先頭に一行はそれぞれの相棒のもとへと向かった




