第41話【警戒したのは、元Fランクの風使い】
遭遇した新種の硼岩棄晶が忽然と姿を消し、
翔星の初任務は一抹の不安を抱えたまま終了した。
「ナンデンシティとオータシティから増援要請だ、どちらもバット級の変異体だ」
「今回は、それぞれの結界街に異能者を1名ずつ派遣します」
翔星が増援任務を終えた数日後、ブリーフィングルームに入るや否やタブレット端末を操作した充木に続いてヒサノも手のひらに立体映像を浮かべる。
「へぇ~、そういうパターンもあるのね」
「また来たか、同時に増援って結構あるんだよな~」
「でも実際のデータを見ると、数カ月に1回あるか無いかなんだよね」
腕組みして頷くピンゾロの後ろで聡羅が大袈裟に肩をすくめ、隣で羽士はLバングルを操作しながら複雑な笑みを浮かべた。
「うむ、稀に良くあると言う先人の言葉通りですな」
「ん? どゆこと?」
最後列の席に腰掛けた蔵が深々と頷き、ピンゾロは耳慣れぬ言葉にしばらく首を傾げてから聞き返す。
「客観的なデータでは少ない頻度なのに、人間の主観では頻発していると錯覚してしまう現象を表した言葉とされております」
「何とも深い話で」
合掌してから説明した蔵が一礼し、ピンゾロも合掌しながら深々と頭を下げる。
「硼岩棄晶襲来前の言葉だから真偽の程は不明だけどね」
「あら、そうなのね~」
「そろそろ割り振りを説明するぞ」
複雑な笑みを返してLバングルの映像を切り替えた羽士にピンゾロが肩を崩し、充木は呆れ気味に雑談を遮った。
「ナンデンシティには斑辺さん、オータシティには鵜埜さんに行ってもらいます」
「了解しました」
「真打ちの活躍、期待してくれよん」
手のひらの映像を切り替えたヒサノが読み上げ、立ち上がって敬礼した斑辺恵に続いてピンゾロが軽く手を振る。
「2人とも任務は初めてだ。斑辺には今隅、鵜埜には祀波が着いて行ってくれ」
「委細承知」
「了解、興味深い采配に感謝する」
続けて充木が操作したタブレット端末を読み上げ、蔵と羽士が立ち上がる。
「そうだ、2人ともハウンド級には気を付けろよ。また合体するかもしれん」
「もし遭遇したら出来る限りのデータを集めるよ」
「分かった、気を付けるぜ」
腕組みしていた翔星に声を掛けられた斑辺恵が軽く頷き、大きく手を振ったピンゾロと共にブリーフィングルームを後にした。
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『『アギャギャギャー!』』
「バット級は3体か。現場に到着、これより駆除を開始する」
ゲートを抜けてすぐ上を舞う大きな影を確認した斑辺恵は、警戒しながらLバングルに音声を記録する。
『『アォーンッ!』』
「斑辺恵様! バット級の後ろにハウンド級がいます!」
「何だって!? 合体の兆候は!」
土煙を上げて走る巨大な犬のような生物を確認した焔巳が大声を上げ、斑辺恵は慌てて聞き返す。
「光学、熱源ともに、今は通常の個体と同じです!」
「ならば、まずはバット級だ。ハウンド級への警戒も忘れないで」
黒い額当てを通してハウンド級の群れを慎重に確認した焔巳の報告に安堵の色が滲み、斑辺恵は上空を見据えて簡単な作戦を立てる。
「承知しました。柩連焔刃起動! 緋翼展開!」
「一気に片付ける! 風よ!」
細い金属板を縦につなげた先に円盤を取り付けた武器を両手に持った焔巳が赤い翼状の機器を広げて飛び上がり、斑辺恵も足元に爆風を放って跳び上がる。
「よりによってハウンド級とは。万が一の時は頼みましたぞ、マーダ殿」
「了解しましたぁ~。でも斑辺恵くんと焔巳ちゃんなら、きっと大丈夫だよ」
緊張した様子の蔵がスコップを伸ばし、2丁の巨大な銃を両肩に担いだマーダは信頼を前面に出した表情を浮かべて空を見上げた。
▼
『『アギョッ!?』』
「こんな異能者は見た事無いかい? 変異体も学習不足だね」
『アィギョーッ!?』
突然目の前に現れた人影にバット級が驚きの声を上げ、斑辺恵は竹とんぼの羽を振って一瞬だけ走らせた炎で手近な1体のコアを焼き切る。
『『アギャギャーッ!』』
「逃がしませんよ! 柩連焔刃、カッターモード!」
『『アギギョーッ!?』』
残る2体のバット級が慌てて逃げようとするが、回り込んだ焔巳の振る円盤状の武器にコアを同時に焼き切られて悲鳴を上げる。
「バット級は片付いた! ここからが本番だ!」
「承知しました!」
灰と化した全てのバット級を確認した斑辺恵が爆風を起こして落下を加速させ、焔巳も翼状の機器を大きく羽ばたかせて地上に向かった。
▼
『『アォオーンッ!』』
「ハウンド級は全部で9体! 合体の兆候はありません!」
落下して来る影にハウンド級が一斉に吠え、焔巳は数を確認しながら着地する。
「律儀に待ってたのか? それとも合体出来ないのかな!」
『ァォッ!?』
間髪入れずに踏み込んだ斑辺恵が竹とんぼの羽を振り、先頭に立つハウンド級が小さな呻き声と共に倒れる。
「まずは1体!……からのパームブラスト!」
「こちらからも行きますね! 柩連焔刃、ニードル射出!」
『『ギャィンッ!?』』
後方に跳んだ斑辺恵が空気弾を放つと同時に焔巳も円盤から火花の針を飛ばし、爆風に足を取られた2体のハウンド級が針にコアを焼き貫かれて倒れた。
「針に気を取られ過ぎだ! こっちだよ!」
『『ギャォンッ!?』』
「これで残りは4! 焔巳さん、1体だけ駆除を!」
火花の針に乗じて2体のハウンド級を切り伏せた斑辺恵は、残りを確認してから焔巳に指示を出す。
「かしこまりました!」
『アォッ!?』
短く頷いた焔巳が片方の円盤を投げ、鎖のように連なる細い金属板につながれた円盤はハウンド級のコアを的確に追尾して切り裂いた。
『『アォーン!』』
「残り3体まで減らしても変化なしか……確認はここまでだね」
『ギャォォンッ!?』
ハウンド級の放つ衝撃波を躱しながら踏み込んだ斑辺恵が竹とんぼの羽を振り、左端に立つハウンド級のコアを切断する。
「逃がしませんよ!」
『『ギャォアォーンッ!?』』
隙を逃さずに焔巳が手にした左右の円盤を素早く振り、残る2体のハウンド級は同時に断末魔の悲鳴を上げた。
「見事だ焔巳さん……くっ!……気のせいか」
「斑辺恵様? 他に反応はありませんよ?」
「ちょっと気を張ってたみたいだ、とりあえず蔵達と合流しよう」
手放しに称賛して親指を立てた斑辺恵が慌てて手のひらを下に向け、心配そうな表情で見詰めて来た焔巳に曖昧な笑みを返す。
「かしこまりました。今夜はゆっくりお休み出来るよう、努力いたしますね」
「勘弁してくれよ……ピンゾロの方は大丈夫かな……?」
深々とお辞儀をした焔巳が含みを持たせた微笑みを浮かべ、思わず身をすくめた斑辺恵は誤魔化すように頭を掻きながら事後処理の準備に入った。
▼
『アギョッ!?』
「バット級の駆除終わり、っと。残るはリザード級が1ダースだな」
穴が空いた飛膜で地面を這うバット級の首を掴んで捻ったピンゾロは、結界街を目指す二足歩行のイグアナのような生物を見据える。
『アィギョ!?』
「石ではなく空気を散弾にするとは考えたの、次も頼んだぞ」
「空気ならどこにでもあるから弾切れの心配は無いぜ、真空金剛散弾!」
同じく地を這うバット級のコアを蹴り砕いたコチョウが親指を立て、手のひらに大量の空気を送り込んだピンゾロは無数の球に圧縮してから力任せに放り投げた。
『『グェアーッ!?』』
「どれだけの空気を圧縮したんじゃ? 1回でリザード級の円盤を貫きおったぞ」
前足の円盤を盾のように構えたリザード級が圧縮空気の散弾を受け止め切れずに悲鳴を上げ、コチョウは呆れた様子で聞き返す。
「感心してる場合じゃないぜ、コチョウ先生。獲物を全部いただいちまうぞ!」
「わしと競争する気か? ならば遠慮せぬ、サイクロンマフラー起動じゃ」
「俺ちゃんも負けないぜー!」
足の周囲に高圧縮した空気を纏わせたピンゾロが不敵な笑みを浮かべ、負けじと笑みを返してから翅状の機器を広げたコチョウを追い越すように跳び出した。
「ものの見事に遊んでいるでござるな」
「でも輝士と肩を並べる戦い方なんて、考えもしなかったよ」
上空で様子を観察していた壬奈が複雑な笑みを浮かべ、壬奈に抱えられてLバングルを操作していた羽士は唸るように何度も頷く。
「では今度、試してみるでござるか?」
「勘弁してくれ、戦法が根本的に違い過ぎる」
声を弾ませた壬奈が覗き込むように顔を近付け、羽士は即座に首を横に振った。
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「ピンゾロ殿、コチョウ殿、ご苦労でござった」
「これくらい軽いもんだぜ、噂の新種も出なかったからな」
駆除を終えた2人の元に壬奈が着陸し、軽く手を振って返したピンゾロは余裕の笑みを浮かべる。
「焔巳殿から連絡があったが、向こうはハウンド級に遭遇したそうじゃ」
「なんだって!? やっぱり新種に変わったのか!」
しばし空を見上げていたコチョウが渋い顔で頷き、慌てて振り向いたピンゾロは動揺を隠す事無く聞き返した。
「そこまでは分からん、詳しくは帰ってから聞けばよかろう」
「確かにそうだな、さっさと帰りますか」
再度空を見上げたコチョウが静かに首を振り、ピンゾロは動揺を誤魔化すように大きく伸びをする。
「僕も興味があるな、データ入力が今から楽しみだ」
「了解だ。硼岩棄晶の駆除完了、これより帰還する」
小さく咳払いした羽士がさり気なくLバングルを指差し、曖昧な笑みを浮かべて頷いたピンゾロは息を整えてからLバングルに記録した。




