第34話【慌てたのは、元Fランクの風使い】
訓練の前に食事を取る事にした翔星達は、
戸惑いながらも各々の輝士械儕と距離を縮めた。
「ここが第3訓練棟か、来るのは初めてだ」
「ですが、ここで何をするのでしょう?」
本部から離れた建物の前で斑辺恵が外壁の番号を確認し、不安な表情を浮かべた焔巳は何度も空を見上げる。
「大方の予想は付く、品定めに実践は付きものだ」
「ここから先は天女サマ公認のお仕事だものな」
肩をすくめた翔星が不敵な笑みを浮かべ、肩を震わせて笑いを堪えたピンゾロも神妙な面持ちへと変わった。
「早く通過儀礼を終わらせて実戦に移りたいぜ」
「ふふっ、翔星らしいね」
「鬼が出るか蛇が出るか、せいぜい楽しませてもらうとするか」
腰のホルスターに手を当てた翔星は、緊張を解いて微笑む斑辺恵に肩をすくめて返す。
「蛇はガジェットテイルに使用されても鬼は無いと具申」
「あのなぁ……」
「綺麗にまとまったな。では、行きますか」
真剣な表情で外套の袖を引いたサイカに翔星が複雑な笑みを返し、しばらく腹を抱えて笑ったピンゾロを先頭に一行は訓練棟へと入って行った。
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「3人がここに来るのは初めてだったな? ようこそ訓練室に」
「噂には聞いてたけど、中はこうなってたのか」
「ここは輝士同伴でないと入れないからね」
訓練棟の最も広い部屋に入った一行を隊長の充木が出迎え、ピンゾロと斑辺恵は床からせり出したブロックで地形を再現した室内を感心しながら見回す。
「随分と余裕だな、そろそろ始めるぞ」
「時影翔星、斑辺恵、鵜埜戒凪の3名には模擬戦をしていただきます」
しばらく様子を眺めていた充木が呆れ気味に声を掛け、続けて敬礼したヒサノが手のひらに立体映像を浮かべた。
「異能者だけ? 俺は構わんが、どういう……」
「よう、あんたらが最近番外になった異能者かい」
「なるほど、対戦相手はスタンバイ済みって訳ね」
眉を顰めた翔星の疑問を部屋の奥からの声が遮り、ピンゾロは不敵な笑みを共に頷く。
「自己紹介がまだだったな。オレは期雨聡羅、雷使いだ」
「俺は時影翔星、光使いだ」
聡羅と名乗った銀髪の男が部屋の奥から現れ、翔星も簡単に紹介を返した。
「あの有名なキッド・ザ・スティングか」
「大仰だな、つらぬき太郎で充分だ」
半ば感動した様子で聡羅が聞き返し、翔星は気恥ずかしそうに頭を掻く。
「さすがにその呼び方は遠慮させてもらうよ」
「好きに呼んでくれて構わない。雷使いか、昨日の事なのに懐かしく思えるぜ」
複雑な笑みを浮かべた聡羅が首を振り、軽く笑った翔星は大きく伸びをした。
「輝士械儕のカーサよ、あたしのマスターをそこらの雷使いと一緒にしない事ね」
「そいつは頼もしいね、その縞模様?……もしかして?」
続いてカーサと名乗った少女が肩にかかる黄褐色の髪を掬うように払い、翔星は紺色の水兵服の後ろから伸びる黄と黒の縞模様をしたチューブに目を向ける。
「個体名カーサのガジェットテイルは虎と推測」
「当然でしょ、虎は強いんだから。あなたのガジェットテイルはあたしのテイルに似てるけど、何の動物かしら?」
翔星の外套を引いたサイカが手のひらに立体映像を浮かべ、胸を張ったカーサは縞模様のガジェットテイルを挑発するように揺らした。
「この体の呼称はサイカ、ガジェットテイルは猫」
「猫ですって!? あなたの異能者は何を考えてるのよ!」
「事情は複雑、でも虎より強い」
正面を向いて目を合わせたサイカは、思わず大声を上げたカーサに不敵な笑みを返す。
「なんですって!?」
「おいカーサ、止めろ!」
「異能輝士隊での私闘はご法度でしょ。わかってるわよ!」
ガジェットテイルを立てて怒ったカーサは、不本意を前面に出しながらも聡羅の注意に従う。
「うちの輝士が済まない」
「別に構わないさ、ここは結果が全ての世界だからな」
サイカの進路を塞ぐように前に出ていた翔星が複雑な笑みを浮かべ、静かに首を振った聡羅は余裕の笑みを返した。
「ちょっと、マスター!」
「カーサちゃん、わたくし達の紹介に移っていいかな?」
納得が行かない様子でカーサが身を乗り出し、赤い髪を上に束ねた長身の女性が背中に抱き着いて引き止める。
「すまない、始めてくれ。カーサ、この話はまた後だ」
「分かったわよ、早く降ろしなさい!」
手を振って返した聡羅に窘められたカーサは、宙に浮いた足を虚しく振った。
「は~い。わたくしは輝士械儕のマーダです、よろしくね」
「よ、よろしく。自分は斑辺恵、炎使いだ」
マーダと名乗った女性がカーサを降ろし、見上げる事なく見詰められた斑辺恵は灰色の水兵服の肩口に視線を逸らしながら自己紹介する。
「噂に聞く鎌鼬の斑辺恵殿か、よもや炎使いだったとは」
「訳あって属性を隠してたんだ、今後も斑辺恵と呼んでもらえると助かる」
黒髪を短く刈った巨漢が腕組みしながら頷き、斑辺恵は自分の頭を半分越す男を見上げながら曖昧な笑みを返した。
「委細承知。拙僧は炎使いの今隅蔵、マーダの異能者を務めております」
「私は斑辺恵様の輝士械儕、焔巳と申します」
「ご丁寧にありがとうございます、斑辺恵殿は良縁に恵まれましたな」
蔵と名乗って合掌した巨漢は、丁寧な仕草でお辞儀した焔巳に一礼を返してから満面の笑顔を斑辺恵に向ける。
「い、いや……いきなりそんな事を言われても……」
「気にしないで、斑辺恵くん。蔵くんは誰にでも言うから」
「それは少々違うぞ、マーダ殿。異能輝士隊は修業時代とは比べ物にならない程の縁起に満ちている、これはどういう事かと言うと……」
予期せぬ言葉に慌てふためいた斑辺恵にマーダが微笑み、静かに首を振った蔵は滔々と語り出す。
「落ち着いて、蔵くん。まだみんなの自己紹介が終わってないよ」
「申し訳ない、またやってしまったか」
「いーの、いーの。次、どうぞ~」
慌てて話を遮ったマーダは、合掌して項垂れた蔵の背中をさすってから隣に立つ人物に手を振った。
「この流れだと僕の番だね。祀波羽士、氷使いだ」
「俺ちゃんは鵜埜戒凪、風使いだ。ピンゾロって呼んでくれ」
羽士と名乗った男が眼鏡に手を当て、小さく手を振って返したピンゾロも自分の眼鏡に軽く触れる。
「有名な怪力の正体が風だったとはね、今度詳しく聞かせてくれるかい?」
「いいぜ。と言っても、大したもんじゃないけどな」
小さく唸った羽士がLバングルに手を当て、ピンゾロは親指を立てて返す。
「楽しみにしてるよ。次は壬奈だね、頼んだ」
「某は壬奈、羽士殿の輝士械儕でござる」
「わしはコチョウ、ピンゾロの輝士械儕じゃ。よろしく頼む」
静かに頷いた羽士に壬奈と呼ばれた白い水兵服を着た女性が後ろで結んだ青色の混じった黒髪を揺らしながらお辞儀し、コチョウは簡単に紹介を返した。
「自己紹介は終わったな。ルールを説明するから、聞きながら準備してくれ」
「分かった」
ひと通り見回した充木が静かに頷き、聡羅達は腰のケースに手を当てる。
「ん? スコップ?」
「あれは野戦用に支給されるフォールディングスコップじゃな」
ケースから取り出したものから柄を伸ばし始めた蔵を眺めていたピンゾロが首を傾げ、コチョウは手のひらに立体映像を浮かべた。
「やっと思い出したぜ。あいつら増援専門のAランク異能者、相当な手練れだ」
「まさか、勇名轟く手練れの皆様にご指導いただけるとはね」
得心の行った様子でピンゾロが頷き、腰のホルスターに手を当てた翔星は不敵な笑みを浮かべる。
「謙遜も度が過ぎると嫌味になるぞ」
「それに今は、君達の方が上のランクだ。油断はしないよ」
折り畳んだままのスコップを手にした聡羅が複雑な笑みを浮かべ、慎重に頷いた羽士は伸ばしたスコップの先端を直角に折り曲げた。
「続けるぞ? まず異能者は、各輝士にコネクトカバーを展開してもらう」
「了解、コネクトカバー展開」
「これが俺達のダメージを転送する仕掛けか」
タイミングを見計らっていた充木の指示を受けたサイカが左手をかざし、翔星は自分を包む薄明りを感心しながら眺める。
「ほれ、こっちもコネクトカバー展開じゃ」
「へぇ、普通に動けるな」
「それは重畳、今後ともよろしく頼むぞ」
続けてコチョウが左手をかざし、薄緑色の光に包まれながら肩を回すピンゾロに満面の笑みを返す。
「自分がこの光に包まれるなんて、夢にも思ってなかったよ」
「私は起動した日からこの瞬間を夢見ていました。斑辺恵様、御武運を」
全身を覆う薄赤色の光を眺めていた斑辺恵が照れ臭そうに頭を掻き、感極まった表情を浮かべた焔巳は丁寧な仕草でお辞儀をした。
「全員展開したな? 次は首に疑似コアを付けてもらう」
「疑似コア?」
両陣営の様子を確認した充木がLバングルに首輪の形をした立体映像を浮かべ、翔星は怪訝な表情で聞き返す。
「このコアにイマジントリガーが当たると外れる仕組みです、最後まで疑似コアの残ったチームの勝利になります」
「表向きはヒト型硼岩棄晶発生時の対処訓練だからな」
立体映像と同じ形の首輪を手元に出したヒサノが順番に配り、充木は悪戯じみた笑みを浮かべて片目を瞑る。
「ふっ、電子天女も粋な事を考える」
「ああ、これでお互い存分に力を発揮出来る」
満足そうに頷いた翔星が天井を見上げ、同意するように頷いた聡羅は折り畳んだままのスコップを軽く振って気合を入れた。




