第3話【街の外に飛ばされたのは、3人の異能者】
倉庫と情報の整理を終えた翔星達は、
昼食を終えて倉庫の前に戻って来た。
「よお、お前ら。昼休憩は終わりか?」
「充木隊長!? なんでここに?」
倉庫の前に立っていた充木が軽く手を振り、慌てて敬礼した斑辺恵が聞き返す。
「上官が様子を見に来たらおかしいか?」
「いや、そんな事は……」
軽く敬礼を返した充木が険しい顔で睨み、敬礼した手で視線を隠したピンゾロがぎこちなく目を逸らす。
「別に隠さなくていいよ、搬入は済ませたから」
「分かった。次の辞令は?」
表情を崩した充木が悪戯じみた笑みを浮かべ、敬礼を解いた翔星は間髪入れずに次の指示を仰いだ。
「急くな、時影。まだ指令は解除されてない」
「どういう事だ?」
手のひらを向けた充木が呆れ顔で首を振り、翔星は怪訝な顔をする。
「電子天女から次の指令があるまでは倉庫番だ。今夜には来るだろうから、倉庫で大人しくしててくれ」
「道は閉ざされたままか……」
「雑談でも何でも構わんよ、定時まで倉庫にいてくれればいい」
複雑な表情で充木が自分のLバングルを指差し、力無く項垂れる翔星の肩を軽く叩いてから立ち去った。
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「仕方ないんだろうけど、結構雑な扱いだよな」
「取り敢えず中に入るか」
周囲を確認したピンゾロが深くため息をつき、翔星は気を取り直して倉庫の扉を開ける。
「どうせなら、何を搬入したのか見てみようぜ」
「勝手に見ていいのか?」
周囲を見回したピンゾロが悪戯じみた笑みを浮かべ、斑辺恵が呆れた様子で聞き返す。
「斑辺恵だって気になるだろ?」
「確かに、休憩時間に運び込んだ理由は気になるけどさ……」
予想通りの返答にピンゾロが肩をすくめ、斑辺恵は釈然としない様子で頷いた。
「見るなとは命令されてないし、外装を眺めるくらいなら問題無かろう」
「そうかもしれないけど、まだ何を運んだのか分からないんだぞ」
「危険物の類なら俺達にも退避命令が出るはずだ、他に思惑が無ければな」
余裕の笑みを浮かべた翔星は、釘を刺す斑辺恵に含み笑いを返す。
「脅かしっこ無しだぜ、翔星ちゃん」
「真相はすぐそこだ。ここで議論するより手っ取り早い」
身をすくめたピンゾロが大袈裟に震え、翔星は躊躇う事無く倉庫の奥に進んだ。
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「こいつは箱? ロッカー?」
「何の用途なのか、皆目見当も付かないな」
白、赤、緑に塗り分けられた3基の大きな金属製の箱を目の前にしたピンゾロが足を止め、斑辺恵も慎重に目を凝らす。
「周囲とつながってるケーブルの類は無い」
「音も無いぜ。何が入ってるのか知らんが、今は停止中だ」
サングラス型のバイザーを掛けた翔星が箱の周囲をひと通り見回し、ピンゾロもサーチ機能を起動したLバングルを周囲にかざす。
「熱源も見当たらない。ピンゾロの言う通り、動いてない可能性はあるな」
「今のところ安全のようだな」
同じくサーチ機能を起動した斑辺恵がLバングルを周囲にかざし、緊張を解いた翔星はバイザーを外した。
「ったく、ヒヤヒヤさせやがって」
「待て、ピンゾロ」
「もう少し近くで見るだけ……だ?」
拍子抜けして頭を掻いたピンゾロが箱に近付き、制止する斑辺恵に返した余裕の笑みが突然光り出した箱に照らされて凍り付く。
「……な、なんだぁ!?」
「退避しろ!」
「くっ!……間に合わなっ……!」
異変に気付いて咄嗟に身構えた3人は、瞬く間に箱が放つ光に飲み込まれた。
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「ここは……土? ピンゾロと斑辺恵は!?」
(あの光は転移装置の類だったのか……)
倒れていた翔星は起き上がると同時に地面を手のひらで確認し、森にひとり佇む自分の身に起きた出来事を推測する。
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「本部、本部、応答願います……ダメか!」
(圏外に飛ばされた?……いや、理論上Lバングルに圏外は無いはずだ)
Lバングルに何度も呼びかけた斑辺恵は、Lバングルを耳に当てて眉を顰める。
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【予期せぬ空間転移を検知しました、緊急マニュアルをご覧ください】
「さすがはLバン、至れり尽くせりだ。これで通信が出来ればな……」
突如Lバングルが立体映像を映し出し、ピンゾロは複雑な笑みを浮かべた。
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「ローカルデータに問題は無い、不具合は通信だけか……」
(まずは安全の確保と生存者の確認……あれは!?)
Lバングルの状態を確認しながらマニュアルを読み終えた翔星が周囲を見回し、倉庫で見掛けた白い金属の箱を発見する。
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「うわっ!?……っと、君は?」
「ここは?……あなたが私の異能者ですか?」
「バディ? そうか、君は輝士だね?」
赤い金属の箱に近付くと同時に蓋が開いて斑辺恵が大袈裟に驚くが、中から出て来た赤みがかった長い黒髪の女性から質問を受けて落ち着きを取り戻す。
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「あいにく俺ちゃんは、誰の相棒でもないぜ?」
「それは困ったのう……」
不敵な笑みを返したピンゾロが首を横に振り、白い水兵帽をかぶった少女が蓋の開いた緑色の箱の縁に腰掛けて難しい顔で腕を組む。
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「我々輝士械儕は異能者無しに行動出来ない」
「単独での帰還は不可能なのか、参ったな……」
青みがかった銀髪が肩まで伸びた十代半ばほどの少女が白い箱から立ち上がり、自分の肩ほどの背丈の少女に頷きを返した翔星は苛立ち紛れに頭を掻く。
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(((ひとりだったら死亡を偽造出来たのに……)))
別々の地で同時に空を見上げた翔星、ピンゾロ、斑辺恵の3人は、Lバングルに手を当てながら深く大きなため息をついた。
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「こうなったら近くの基地で引き取ってもらうしかないな……」
「承知した、貴官に同行する」
外套に付いた土埃を払った翔星がバイザーを掛け、銀髪の少女は後ろに伸びるチューブを尻尾のように揺らしながら敬礼する。
「俺は時影翔星、あんたの事は何て呼べばいい?」
「個体名はサイカとなっている」
軽く伸びをした翔星が簡単に自己紹介し、少女は首元に手を当てて名を名乗る。
(災禍ね……今の俺にはぴったりだ)
「よろしく、サイカさん。早く帰還出来るよう善処する」
「現在地は結界街の外、最寄りの街への移動を提案する」
頭に浮かんだ文字を鼻で笑った翔星が愛想笑いを返し、サイカはやや吊り上った大きな丸い目を鋭く細めて周囲を見渡す。
「奇遇だな、同じ事を考えてた。護衛は任せてくれ」
「この体は光の異能力を持つ異能者のために作られた、同じ能力で戦える」
軽く頷いた翔星が腰のRガンに手を当て、サイカは首元に手を当てて頷く。
「よりによって光か……取り敢えず自分の身を守ってくれればいい」
「理解不能、異能輝士隊の規定に反する」
複雑なため息をついた翔星が要望を改め、サイカは首を横に振って拒否した。
「なら既定の範囲内で勝手に動いてくれ、俺も適当に動く」
「承知した」
再度要望を出した翔星が自嘲気味に笑い、サイカは真剣な表情で敬礼する。
「ちょっと待ってくれ、俺の知る限りだと輝士は服を着てたけど……」
肩口から柔らかな体の稜線に沿って足先までを覆うサイカの白いインナーが目に止まった翔星が呼び止め、躊躇いがちに事情を尋ねる。
「輝士械儕の装備は物理再現したデータ、今この体に服のデータは無い」
「データね……あっちの箱にでも入ってるのか?」
胸の淡い膨らみに沿った白いインナーに手を当てたサイカが簡潔に答え、翔星は視線を逃がすようにサイカが入っていた箱に向けた。
「この体を保存する以外の用途は無いらしい」
「何も無いのは分かったから……」
箱の中に顔を突っ込んだサイカが上を向いたチューブ状の機器を揺らし、慌てて翔星は目を逸らす。
「この箱は念のため、こちらで運ぼう」
「何とも便利な事で……取り敢えずこれを羽織ってくれ」
箱から顔を出したサイカが側面を操作して箱を小さく折り畳み、呆れてため息をついた翔星は外套を手渡す。
「理解不能、作戦行動に支障は無い」
「さすがにその格好で街に入る訳にもいかないだろ……」
外套を受け取ったサイカが怪訝な表情で眺め、翔星は額に手を当てる。
「異能輝士隊の品位を保つのも任務、了承した」
「ご理解感謝する」
(やれやれ、とんだ災禍に巻き込まれたぜ……)
しばらく上空を見詰めてから頷いたサイカが外套を羽織り、翔星は心の中で深いため息をついた。