第24話【翼に包まれたのは、Fランクの風使い】
硼岩棄晶の情報をまとめたピンゾロ達は、
おぼろげながら希望を見出した。
「焔巳さん、そろそろ離れてくれないかな?」
「駄目ですよ、まだ傷が完治していません」
河原に座り赤い翼状の機器に包まれた斑辺恵がぎこちなく振り向き、背中に抱き着いた焔巳は目を閉じて首を横に振る。
「かすり傷に大袈裟なんだよ……」
「斑辺恵様は、もう少しご自分を大切にしてください」
小さなため息と共に見詰めた斑辺恵の手の甲に焔巳が優しく手を添え、そのまま耳元に唇を近付けて小さく囁く。
「だからと言って、この装置を使うのは本来の異能者に申し訳ないよ」
「私の治癒機構は緋翼で包まないといけませんので」
「はぁ……もっと回避精度を上げる訓練をしないと……」
背に当たった柔らかな感触から離れようとした斑辺恵は、肩を掴んで引き戻した焔巳の力に抗えず諦めのため息をついた。
「噂に名高い鎌鼬の斑辺恵も形無しだな」
「どんな噂か知らないけど、真相なんてこんなもんだよ」
釣り糸を巻き取っていた祐路が肩を震わせて大笑いし、斑辺恵は身動きの取れる範囲で肩をすくめる。
「輝士がいないのに硼岩棄晶を駆除して来たのは本当だろ?」
「まあね、そこだけは誇りに思ってる」
巻き取り終えた釣り糸をケースに戻した祐路が真剣な表情で聞き返し、ようやく解放された斑辺恵は軽く肩を回してから力強く頷いた。
「それにしても斑辺恵が斑辺恵の別読みだったとはね」
「初めてお逢いした時も、斑辺恵様は名前で呼ばれるのを嫌っていましたね」
無言で頷きを返した祐路が軽く伸びをし、翼状の機器を収納した焔巳は懐かしむように微笑む。
「そうなのか? いい名前だと思うぜ」
「ありがとう、テツラさん。自分だって親にもらった名前は気に入ってる」
思わず聞き返したテツラが首を傾げ、斑辺恵は頬を緩めて頷いた。
「じゃあ、なんで?」
「学校でちょっとね、それ以上は勘弁してくれないかな?」
傾げた首を戻したテツラが眉を顰め、斑辺恵は愛想笑いを返す。
「わかった、いろいろ大変だったんだな」
「どうも……でも、そういうのは祐路だけにしてくれよ」
豪快な笑みを浮かべたテツラが手を伸ばし、頭を撫でられた斑辺恵は後ろで笑う祐路を親指で指し示しながら悪戯じみた笑みを浮かべた。
「ドサクサで何言ってんだよ!?」
「照れるなよ、ハグも追加するからさ」
「クマのハグとか洒落にならないだろ」
予期せぬ流れ弾に慌てた祐路は、駆け寄って来たテツラの両手を握り返しながら激しく首を横に振る。
「安心しろよ、まだ取って食わないからさ」
「いいから離せよ~」
密かに舌なめずりして微笑んだテツラが掴まれた両手を上げ、抱きかかえられた祐路は小さな体を揺らしながら抗議の声を上げた。
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「まだ頭がふわふわする、まるで船に乗ったあとみたいだぜ」
「祐路は船に乗った事があるのかい?」
フカズシティの基地に戻った祐路が額を押さえて食堂の椅子に腰掛け、向かいに座った斑辺恵は興味を持った様子で聞き返す。
「オレの住んでた街は海事産業の保存を担当してたからな」
「それで釣りもするようになったのか」
「まあな。いつかは海に船を出して釣りをしてみたいぜ」
静かに頭を掻いた祐路が納得する斑辺恵に上機嫌で頷き、Lバングルを操作して船舶の図鑑データを映し出した。
「だったら、もっと揺れに慣れないとな」
「おぅわぁ!? 何すんだよ!?」
突然テツラに後ろから抱き上げられた祐路は、宙に浮いた自分の体に驚きながら大声を上げる。
「遠慮すんなよ、今夜から訓練してやるからさ」
「ちょっ!? なに言ってんだ!?」
椅子に腰掛けてから膝に乗せた祐路の耳にテツラが顔を近付け、祐路は顔を赤く染めて声を裏返らせた。
「祐路も楽しそうで何よりだ」
「言ってろ。ところで斑辺恵って呼び名は自分で考えたのか?」
一連のやり取りを眺めていた斑辺恵が肩を震わせて笑い、投げやり気味に鼻で笑った祐路は誤魔化すように頭を掻きながら質問を切り出す。
「随分と強引な話題の変更だね。斑辺恵ってあだ名を考えたのはピンゾロなんだ」
「元の名を変えずに新しい名前を考えるなんて、中々たいした男じゃねえか」
「そうだね、ピンゾロは本当に凄い男だよ」
呆れ気味にひと息ついた斑辺恵が助けるように答え、祐路を強く抱きしめる腕を緩めて感心するテツラに深々と頷いた。
「ピンゾロ、本名鵜埜戒凪。噂はかなり耳に入ってるぜ」
「まさかピンゾロがここまで有名とはね」
テツラの拘束から逃れて隣の椅子に逃れた祐路が腕組みして頷き、斑辺恵は呆れ気味に頭を掻く。
「素手で硼岩棄晶を駆除する、とんでもない異能者だからな」
「腕力だけではなく脚力もあるから、こっちは風で跳ばないと追い付けないよ」
右手で宙を掴んだ祐路が大袈裟に肩をすくめ、斑辺恵は自分の手のひらを見詰めながら自分に言い聞かせるように頷いた。
「何で人間なのに怪力なのか、斑辺恵は分からないのか?」
「あいにくだけど、近くで見てても皆目見当が付かないよ」
腕組みをしたテツラが首を傾げ、斑辺恵は静かに首を横に振る。
「そっか、せめて属性が分かればランクも上がるだろうに」
「ああ。あいつならどこに行っても、ムードメーカーになってくれるよ」
難しい表情で首を振った祐路が頭の後ろで両手を組み、斑辺恵は嬉しそうに目を細めて頷いた。
「その凄い男とつるんでる斑辺恵も相当なもんだと思うぜ」
「自分は2人と肩を並べるのがせいぜいだよ」
腕組みした祐路が呆れ気味に頷き、斑辺恵は困惑気味に首を振る。
「2人……ひとりはピンゾロで、もうひとりは確か闇使いの」
「翔星だよ、時影翔星」
腕組みしながら上を向いた祐路が徐々に身を反らし、斑辺恵は吹き出すのを堪えながら答えた。
「そう、それだ! キッド・ザ・スティングの」
「キッド・ザ・スティングこと時影翔星、データには射撃の名手ってあるな」
大声を上げた反動で祐路が身を起こし、テツラも手のひらに立体映像を出す。
「本人はその呼び名を遠慮してて、別の名を使ってるけどね」
「へぇ、なんて名乗ってるんだい?」
「つらぬき太郎、だってさ」
目を閉じて静かに首を横に振った斑辺恵は、興味を持って身を乗り出した祐路に複雑な笑みを返した。
「そいつは……本人には悪いけど、あんまり呼びたくないな」
「同感だ。技には学ぶ部分はあっても、センスはちょっとね……」
乗り出した身を途中で止めた祐路が静かに座り、斑辺恵もため息交じりに頷く。
「技か……駆除した数はAランク並みだとか」
「噂には尾ひれが付きものだけど、翔星が複数の駆除を得意とするのは事実だよ」
腰のケースに手を当てた祐路が慎重に聞き返し、斑辺恵は誇らしそうに頷いた。
「闇の異能力って今まで無かったんだろ? よく使いこなせるな」
「映像記録を見たけど、異能力とイマジントリガーの併用は祐路の参考になるぜ」
Lバングルを操作した祐路が起動した一覧表を眺め、別の立体映像を手のひらに出したテツラが肩を抱き寄せる。
「無断の駆除なのに記録が残ってるのは、ちょっと複雑かな」
「ここまで証拠があるんだし、少しくらいランクを上げてくれてもいいのにな」
気まずそうに指で頬を掻いた斑辺恵が力無く笑い、テツラの腕から逃れた祐路は釈然としない顔で首を横に振る。
「やはり、電子天女の目は誤魔化せないのか」
「なに言ってんだよ、斑辺恵。ちゃんと実力で駆除してるじゃないか」
「そうだね、ここまで来たら男の意地で踏ん張るしかないな」
しばらく考えてから静かにため息をついた斑辺恵は、言葉の真意を掴めずに眉を顰める祐路に愛想笑いを返して頷いた。
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「今日も一日お疲れ様でした、斑辺恵様」
「焔巳さんも、お疲れ様」
自室に戻った斑辺恵と焔巳は、障子を流用した衝立を挟んで互いを労う。
「今日は何だか機嫌がよろしいですね」
「!?……久し振りに翔星やピンゾロの話が出来たからね」
突然焔巳が水兵服のスカートを脱ぎ始め、障子越しに影を見ていた斑辺恵は背を向けて平静を装う。
「そろそろ、素直になっても、よろしいのではないでしょうか?」
「言いたい事は分かってるけど、今さら戻れないよ」
調子を変えずに話し掛けた焔巳が上に向かう衣擦れの音に合わせて言葉を途切れさせ、斑辺恵は背を向けたまま首を横に振った。
「私は、どんな斑辺恵様でも受け入れます」
「っ!? どうして、そこまで……」
服を畳み終えた焔巳が衝立に近付き、思わず振り向いた斑辺恵は消え入るような声で聞き返す。
「私も異能者のために作られた輝士械儕ですから」
「もう潮時なんだろうけど、まだ無理だよ……おやすみ、焔巳さん」
障子越しに柔らかな影の曲線を描いた焔巳が胸に手を当て、諦めに諦めを重ねて首を横に振った斑辺恵は逃げるようにベッドに潜りこんだ。




