第23話【手で扇いだのは、Fランクの怪力男】
礼真が異能者と輝士械儕のハーフだと知った翔星は、
ゼロ番街に希望を見出しつつも複雑な表情を浮かべた。
「今日の駆除も無事に終わってよかったよ」
「大袈裟だよ、ツイナ。リザード級3体なんて、ものの数でも無い」
見回りを終えて食堂に戻ったツイナが微笑み、報告を終えてLバングルを閉じた政之は手近な椅子に腰掛ける。
「政之が生きてる、それがボクの最高の幸せなんだ」
「いやはや、参ったな……」
向かいの椅子に腰掛けたツイナが目を細め、政之は見詰めて来る熱い視線に照れ笑いを返した。
「ちょいと硼岩棄晶を駆除すれば輝士ちゃんに恩返しできんだから、異能輝士隊は気楽な稼業と来たもんよ」
「油断は出来ぬぞ。斑辺殿はアント級の大群に遭遇したし、時影殿はドッペル級の駆除をしておる」
隣のテーブルの椅子を引いたピンゾロが笑いながら肩を震わせ、向かいの椅子を引いて胡坐をかいたコチョウは腕組みをして首を横に振る。
「俺ちゃん達の所でも、ワーム級が合体したものな」
「電子天女はあれをヒドラ級と名付けたそうじゃ」
しばらく上を向いたピンゾロが深く頷き、同じく上を向いていたコチョウは手のひらに立体映像を出しながら身を乗り出した。
「そっか……あれっきりだといいんだけどな」
「じゃから、それを『ふらぐ』と言うんじゃ」
立体映像を確認したピンゾロが指で頬を掻いてから大きく伸びをし、立体映像を閉じたコチョウは厳しい目付きを向ける。
「おいおい、勘弁してくれよ」
「硼岩棄晶の種類は未知数じゃ、油断など全く出来ぬと心得よ」
心底うんざりした顔をしたピンゾロがふざけ気味に手のひらを向け、コチョウは呆れて肩をすくめた。
「ここまで来ると結局、硼岩棄晶って何なんだよ?」
「教本にはエネルギー生命体とあるが、小官もいまいち分からない部分がある」
頭を掻いたピンゾロが伸びをし、Lバングルを起動した政之も首を傾げる。
「有機生命体たる人間からすれば、情報もエネルギーも差が無いように見えるのも仕方が無いのかもしれぬの」
「一応実体のあるなしで区別は付いてるよ」
「ついでに言うと目的もな」
腕組みをして小さく首を振ったコチョウに愛想笑いを返した政之がLバングルの映像を切り替え、ピンゾロも静かに頷いた。
「そこが一番重要じゃ、硼岩棄晶は文化の破壊しかしとらんからの」
「逆に電子天女は文化に興味津々、と」
膝を叩いたコチョウが頷き、ピンゾロは左腕のLバングルを眺めながら頷く。
「異能輝士隊も地球の文化を参考にしてるからね」
「ボク達情報生命体は人間の幸福が好物だけど、エネルギー生命体に人間の事情は関係が無いんだ」
制服のボタンを外した政之が裏地を眺め、向かいで猛禽類のように目を鋭くしたツイナが緩んだ頬を引き締めた。
「つまり、話し合いも不可能って訳だ」
「ドッペル級の例もあるし、人語を操る個体が出て来るかもしれないけどね」
「だとしても共存は絶望的なんだろ?」
早々に結論付けたピンゾロは、Lバングルを確認した政之に首を振って返す。
「そうじゃの、奴等は文化を侵略の道具としか考えておらん」
「硼岩棄晶は飛来直後から文化を破壊したからね」
腕組みをしたままのコチョウが静かに頷き、ツイナも苦々しい顔で頷いた。
「人口密集地に攻撃が集中すれば、営みが滞るのも已むなしじゃ」
「天女サマが地球のデータを保存してくれてなかったら、今頃俺ちゃん達は洞窟を棲家にしてたかもね」
静かに首を横に振ったコチョウが手のひらに立体映像を浮かべ、頭の後ろで手を組んだピンゾロは大きなため息をつく。
「そんなの駄目だ! 政之と出逢えないなんて、もう考えられないよ」
「落ち着いて、ツイナ。もしもの話だよ」
唐突にツイナが大声を上げ、政之はぎこちない微笑みを返して宥めた。
「とりあえず、今の時点で分かってる硼岩棄晶をまとめてみるか」
「そうじゃの。まずはアント級、名前の通り黒蟻みたいな見た目をしとるの」
微妙な空気に頭を掻いたピンゾロがLバングルの図鑑機能を起動し、呆れ気味に頷いたコチョウも手のひらに同じ立体映像を浮かべる。
「本物の蟻と違うのは大きさと、ドリルのような顎だね」
「酸弾は蟻酸、ドリルは穴を掘るイメージで追加したと電子天女は推測してる」
「なるほど、それなりに考えてはいるのか」
ようやく落ち着いた政之とツイナが立体映像を浮かべ、ピンゾロは感心しながら映像を眺めた。
「でも無いんだ、次のキャンサー級は蟹なのに火炎弾を放つ」
「その組み合わせだと、俺ちゃんは焼き蟹を連想しちまうな」
静かに首を横に振ったツイナが映像を切り替え、ピンゾロはおどけるかのように広げた両手を頭の後ろに回す。
「殆どはそうじゃろ。対人兵器に火を使う辺り、相当な悪意と殺意が籠ってる」
「確かに硼岩棄晶は生物と言うより兵器だな」
眉を顰めたコチョウが立体映像を見詰め、政之は唸るように頷いた。
「電子天女も法則性の解析には苦戦してるんだ」
「バイソン級なんて頭に雲が浮いてるもんな」
しばし天井を見上げたツイナが首を横に振り、ピンゾロは切り替えた立体映像の上部を指差す。
「電子天女はダークマターの一種と分析しておるの」
「ダークマターって宇宙にある? 何でそんなのが地球に?」
続けてコチョウが追加情報を映し出し、政之は呆気に取られて聞き返す。
「硼岩棄晶は外宇宙から来たからの、何も不思議はあるまい」
「言われてみれば、それもそうか」
天井を指差したコチョウが弧を描くようにテーブルまで指を動かし、思わず吹き出した政之は納得しながら頷いた。
「研究所を破壊された今、ダークマターは謎の物質に逆戻りだもんな」
「謎の物質と言えば、ハウンド級の頭に巻いた布も謎だね」
関連する映像をLバングルに浮かべたピンゾロが肩をすくめ、政之は図鑑の次の項目を開いて首を傾げる。
「どのデータを見ても、あれの役割は不明のままだ」
「ワンちゃんだけファッションに目覚めた訳でも無いものな」
しばし天井を見上げたツイナが首を横に振り、ピンゾロは切り替えた立体映像を指で弾く。
「捕獲すれば何か分かるかもしれんが、出来ないのがもどかしいの」
「分からないまま絶滅したら、後で誰かが適当な理由を考えてくれるでしょ」
腕組みしたコチョウが難しい顔を浮かべ、ピンゾロは事も無げに首を振って軽く伸びをした。
「後世の異能者に託すしかないね。逆にバット級は全部が分かりやすいよ」
「本物のコウモリには申し訳ないが、寓話に出て来る卑怯者そのままだ」
向かいを見詰めていたツイナが緩んだ頬を誤魔化すように立体映像を切り替え、政之も切り替えた映像を眺めながら複雑な笑みを浮かべる。
「さすがに味方の振りはしてこないけど、すぐに他の硼岩棄晶を呼ぶからね」
「それでも攻撃能力は持っておるから、油断は禁物じゃぞ」
「充分理解してるよ」
目を細めて微笑んだツイナに続いてコチョウが立体映像の羽を指で拡大し、ピンゾロは曖昧な表情で頭を掻いた。
「攻撃能力と言えば、リザード級も厄介だよね」
「両手が円盤だから盾役しか出来ないと思ったら、尻尾を鞭みたいに振るからな」
「そうそう、尻尾が武器ってまるで……いや、何でもない」
不穏な気配を察して映像を切り替えた政之は、天の助けとばかりに大きく頷きを返したピンゾロに話を合わせた途中で顔を曇らせる。
「ボク達のガジェットテイルに似てるって言いたいんだろ?」
「実際、リザード級の尻尾をヒントに作られとるからの」
優しく微笑んだツイナが聞き返し、コチョウも否定する事無く頷く。
「へぇ……ちょっと意外」
「使える武器は何でも取り入れるのが勝利のコツじゃよ」
軽く頷きを返したピンゾロが両手を頭の後ろで組み、コチョウは椅子の上で背を向けて半球状のガジェットテイルを揺らした。
「図鑑の最後はワーム級か、こいつは他の硼岩棄晶よりも面倒だな」
「頭の甲殻が硬い上に、エッジニードルなんてのをミサイルみたいに撃ってくる」
何も見えなかったかのように政之が映像を切り替え、ピンゾロも立体映像の解説機能を操作しながら何度も頷く。
「鳴き声も甲高くて不快だし、バット級に次ぐ最優先駆除候補だよ」
「異能者あるあるだな」
大袈裟に首をすくめた政之が吹き出し、ピンゾロも肩を震わせて笑った。
「図鑑はここまでだけど、今後は何が出て来るか分からないな」
「ついでに言えば、数も分からんの」
軽く息を整えたツイナが立体映像を閉じ、正面を向いて胡坐をかいたコチョウも力強く頷く。
「気付くと光の塊が粘土みたいに盛り上がって来るから、ギリギリになるまで何が出るか分からないんだよな」
「当て字はともかくエネルギーの粘土、硼岩棄晶と呼ばれる所以じゃな」
Lバングルの操作をしたピンゾロが戦闘記録を再生し、コチョウは腕組みをして大きく頷いた。
「人間だけだったら感知すらままならずに滅んでただろうね」
「ああ、結界街は地下から湧く硼岩棄晶の侵入を防ぐ目的が大きいんだ」
改めて駆除対象の未知なる脅威を認識した政之が静かに首を横に振り、ツイナは足元を眺めてから正面を見詰める。
「電子天女にはどれだけ感謝してもしきれないよ」
「ボクの方こそ政之との出逢いに感謝してるよ」
思わず顔を伏せた政之が照れ臭そうに頭を掻き、ツイナは目を細めて微笑んだ。
「とはいえ、防戦一方なのはもどかしいもんだね」
「個々のコアとは別に、地下に根のようなコアを観測した記録も過去にはあるの」
大袈裟に手で扇ぐ仕草をしたピンゾロが沈むような顔でため息を漏らし、しばし天井を見上げたコチョウは新たに取得したデータを手のひらに出す。
「いつぞやのヒドラ級を考えれば、あっても不思議は無いな」
「大きさも数も分からない以上、今は観測だけで精いっぱいじゃがの」
腕組みしたピンゾロが深々と頷くが、コチョウは難しい顔をして首を横に振る。
「もし根を駆除出来たら、大きな進展になるだろうね」
「仮に実現したとして、新たな戦いに駆り出されるだけじゃがの」
「そいつはいいな、翔星が聞いたら泣いて喜びそうだぜ」
落ち着きを取り戻して希望に満ちた笑みを浮かべた政之にコチョウが悪戯じみた笑みを返し、思わず吹き出したピンゾロは投げやりに肩をすくめた。




