第20話【吊るされたのは、Fランクの怪力男】
硼岩棄晶の大群に遭遇した斑辺恵は、
その大半を単独で駆除して祐路に呆れられた。
「今回は少ないな、バイソン級が2体か」
慣れた手つきで湖畔にテントを張った政之は、足元の微かな振動に眉を顰める。
「向こうも偶然の遭遇なんだろうけど」
「素直に帰ってくれる訳は無いか」
石のかまどを積み終えたピンゾロが腰を伸ばし、政之はため息交じりに頷いた。
「それで、振り分けはどうするのじゃ?」
「取られて困る陣地でもないけど、全員で離れるのは得策じゃないよね~」
大きな石に腰掛けていたコチョウが立ち上がり、ピンゾロは大袈裟に腕を組む。
「わしとピンゾロが駆除、蒔峯殿とツイナ殿がテントの防衛でいいかの?」
「すまないが、今回は小官に行かせてくれないか?」
含み笑いを浮かべたコチョウが割り振りを決め、政之は遠慮がちに手を上げた。
「政之が行くなら、ボクも行くよ」
「ツイナには小官のテントを守ってほしいんだ」
鷹の翼状の機器を展開したツイナが力強く頷き、政之は真剣な眼差しと共に手のひらを向ける。
「ずるいな政之は、そんな風に頼まれたら断れないじゃないか」
「悪いね、今度埋め合わせをするよ」
「ああ、楽しみにしてる」
嬉しそうに唇を尖らせたツイナは、ぎこちなく微笑む政之に笑顔を返した。
「こっちはわしが残るかの」
「いつの間にか纏まっちゃてるのね、異論は無いけどさ」
腰に手を当てたコチョウが大きく胸を張り、ピンゾロは肩で笑いを堪える。
「コチョウは異能者との交流を深めるべきだよ、テントの防衛はボクに任せて」
「気遣い感謝するけど、俺ちゃんは正式な異能者じゃないんでね」
軽く首を横に振ったツイナがテントの表面を軽く撫で、遠い目をしたピンゾロは両手を頭の後ろで組んだ。
「そうだったな。すまない、ボクの事情ばかり押し付けて」
「構わぬよ、待っとる間に互いの異能者について話し合うかの」
「政之について聞きたいのかい!? それならいくらでも話せるよ!」
小さく頷いてから曖昧な笑みを返したツイナは、コチョウの提案に目を輝かせて食い入るように顔を近付ける。
「あまり変な事は話さないでくれよ、ツイナ」
「分かってるよ、政之の大事なデータはボクだけの宝物だ」
困惑を隠す事無く頭を掻いた政之が釘を刺し、素直に頷いたツイナは胸元に手を当てて目を閉じる。
「ははっ……お手柔らかに頼んだよ」
「それじゃ、そろそろ行って来るぜ」
「おう、気を付けての」
複雑な笑みと共に手を振った政之に続いてピンゾロが軽く手を振り、コチョウは大きく手を振って2人を見送った。
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「ああもべったりだと大変だね~」
「否定はしないよ、異能輝士隊に入ってからはひとりの時間が減ったからね」
湖へと続く河原を歩くピンゾロが頭の後ろで両手を組み、政之は静かに首を横に振る。
「政之もひとりが気楽なクチか」
「もちろんさ、逆にそうでない異能者はどこにいるのやら」
「それもそうだな」
後ろで組んだ手を解いて腕組みをしたピンゾロは、大袈裟に肩をすくめた政之に思わず吹き出してから頷く。
「ツイナと2人きりになる事が多くて、自問自答も増えたんだ」
「心中、お察しするぜ」
「どうも。でもおかげで、ある仮説が浮かんで来た」
複雑な表情で頭を掻いた政之は、腹を抱えて肩を大きく震わせ出したピンゾロに真剣な表情を返した。
「仮説?」
「輝士の武器、ガジェットテイルは異能者の想像から作られてるよな?」
緩めた頬を引き締めたピンゾロが怪訝な表情で聞き返し、政之は認識を合わせるための質問を返す。
「ああ、前にもそんな事を話してたな」
「同じように見た目や性格も異能者に左右されるのではないか? ってね」
しばらく視線を上に向けたピンゾロが頷きを返し、軽く息を整えた政之は簡単な自説を切り出した。
「つまりは、好みのタイプって事か?」
「それは無いよ。少なくとも小官には、そんな事を考える余裕は無かった」
真意を掴みかねたピンゾロが咄嗟に浮かんだ理由を返し、軽く手を振った政之は曖昧な笑みを返す。
「ならどうして、輝士ちゃんの性格が異能者と関係あるって思ったんだい?」
「ツイナは強引だけど、許容の出来ない我儘は言わないし気配りもしっかりしてて小官に呼吸を合わせてくれる」
お手上げと言わんばかりに肩をすくめたピンゾロが再度聞き返し、政之は自身の体験を説明する。
「何かと思えば、ただの惚気じゃないか」
「否定はしない。でも、ツイナより魅力的な女性に巡り合える気もしないんだ」
「何となく分かるぜ。っと、そろそろ敵さんのお出ましだ」
思わず吹き出したピンゾロは、照れ臭そうに頬を指で掻く政之に軽く頷いてから正面を見据えた。
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『『ブルルルゥ……!』』
「数は2体のまま、合流した形跡は無いみたいだ」
「群れからはぐれたのかねぇ?」
対岸に立つ巨大な水牛のような硼岩棄晶を確認した政之が足元に意識を集中し、同じく周囲を見回したピンゾロは冗談めかした笑みを浮かべる。
「似てるのは見た目だけで、ほとんど生態は謎。専門家もお手上げだ」
「なら考えても仕方ないな。このまま行くぜ、金剛散弾!」
『『ブモッ!?』』
肩をすくめた政之に頷いたピンゾロが握り締めた石を投げ、砕いて圧縮した石の散弾を膝に受けたバイソン級は川を渡り切ったところで動きを止める。
「土よ、壁になれ」
『ブモモォ!』『ブルルッ!?』
革手袋を右手に嵌めた政之が地面に手を当て、穿たれた脚部の再生を待っていた2体のバイソン級はせり上がった土の壁に分断された。
「もらった!」
『ブモォッ!?』
地面を蹴って壁を跳び越えたピンゾロが片方のバイソン級の首を掴み、そのまま捻ってコアを砕く。
「壁よ、開け」
『ブギィッ!?』
圧縮した土で出来た短刀を手にした政之が背後へと回り込んで壁の一部を開き、頸部のコアを突き砕かれたもう片方のバイソン級も断末魔の悲鳴を上げた。
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「周囲に敵影無し、安全に戻れそうだ」
「おつかれ、金剛散弾も調子いいみたいだね」
「政之のアドバイスが的確だったからな」
空高く跳び上がって周囲を見回したピンゾロは、土の壁を戻した政之に軽く手を振って返す。
「小官の技を参考にしてもらったんだ、協力は惜しまな……い!?」
「政之! 無事でよかった!」
恥ずかしそうに頭を掻いた政之は、突然空から降り立ったツイナに抱き着かれて言葉を詰まらせた。
「何でツイナがここに!?」
「心配で見に来たんだ。ボク達のテントなら、ここに入れてあるよ」
感情の整理が出来ぬままに政之が聞き返し、安堵の笑みを浮かべたツイナは腰の後ろに取り付けたテント型のケースを指差す。
「ありがとう、ツイナ。今日はもう帰還しよう」
「時間はまだあるだろ? 一緒にテントを張り直そうよ」
「何事も引き際が肝心、じゃろ? 蒔峯殿」
ぎこちなく微笑んでから街の方角を向いた政之にツイナが異を唱え、遅れて降り立ったコチョウが含み笑いを浮かべた。
「自然と対話するキャンプに過信や油断は禁物、親父の受け売りなんだけどね」
「お義父様の言葉なら従うよ。さあ、帰ろう」
真剣な表情で頷いた政之が照れ臭そうに崩し、恍惚とした表情で頷いたツイナは政之の肩と脚の下に腕を通して抱きかかえる。
「この程度の距離なら歩いて帰れる、降ろしてくれないかな?」
「埋め合わせはするって約束してくれただろ?」
慌てて降りようとする政之をツイナが引き寄せ、そのまま耳元でささやいた。
「しかしピンゾロ達の手前、小官達だけ飛ぶ訳には……」
「気にせんでええ、飛行能力ならわしにもある」
逃げるように顔を離した政之が遠慮がちに周囲を見回し、腰に両手を当てて胸を張ったコチョウが翅状の機器を広げる。
「コチョウも能力者との関係を深める気になったんだね」
「まだ仮初の相棒じゃ、深い関係にはなれぬよ」
「そゆこと。俺ちゃんはのんびり帰るから、みなさんはお先に……おっと!?」
目を輝かせて頷いたツイナにコチョウが首を振り、2人のやり取りを尻目に手を振って歩き出したピンゾロの体が突然宙に浮いた。
「誰も運ばぬとは言っておらんじゃろ」
「それなら、優しく持ってほしいもんだね」
白い制服の両肩を掴んだコチョウが呆れ気味に覗き込み、吊るされたピンゾロは曖昧な笑みと共に覗き込んできた顔を見上げる。
「では、お姫様抱っこの方がよかったかの?」
「いえ、これでいいです……翔星達は上手くやってんのかねえ」
悪戯じみた笑みを浮かべたコチョウが掴んだ両肩を僅かに引き寄せ、力無く首を振ったピンゾロは遠い目をしてどこまでも続く空を眺め続けた。




