第18話【幸福を約束されたのは、Fランクの風使い】
硼岩棄晶の駆除中に負傷したピンゾロは、
疑問と不安を抱えながらコチョウの治療を受けた。
「よしっ! かなり当たるようになったな」
「新しい技にも慣れて来たようですね、名称は決まりましたか?」
河原に置いた的に空気弾を放った斑辺恵が手のひらを見詰め、後ろで控えていた焔巳は柔らかく微笑む。
「パームブラストって名前にしたよ、こういうのは分かりやすさが大事だからね」
「かしこまりました、名称を登録しておきますね」
「ありがとう、焔巳さん。これで自分も少しは役に立てる」
恥ずかしそうに頭を掻いた斑辺恵は、丁寧にお辞儀をした焔巳から逃れるように力強く握った自分の手を見詰めた。
「相変わらず斑辺恵は生真面目だな~」
「祐路の方は、何か凄い事になってるね」
後ろからテツラに抱き着かれた祐路が声を掛け、斑辺恵は複雑な笑みを返す。
「この間のバーベキュー以来、ずっとこうなんだ」
「今まで離れてた分を取り戻さないとな」
「勘弁してくれよ~……」
疲れ切った顔の祐路が全く離れようとしないテツラを親指で指し示し、そのまま力無く肩を落とした。
「仲が良くて結構じゃないか……やはり飛距離はRガンより短いか」
「でも硼岩棄晶は通常火器程度だと、すぐに再生するぜ?」
冗談を交えつつ的に向けて空気弾を放った斑辺恵が腰のホルスターに手を当て、祐路は難しい顔で首を横に振る。
「射程距離は申し分無いが、足止めや牽制が関の山か」
「逆に異能力を使った遠距離攻撃は個人の能力次第だけど、基本的に射程が短い」
小さくため息をついた斑辺恵がホルスターから手を放し、祐路は腰のケースから出した釣り糸に水を纏わせて鞭のように振った。
「その代わり硼岩棄晶の再生を遅らせる事が出来る、と」
「イマジントリガーと違ってコアまでは破壊出来ないから、過信は禁物だけどな」
糸に弾かれた的に向けて斑辺恵が空気弾を放ち、祐路は糸を巻き付けて的を元の位置に戻す。
「結局異能者が硼岩棄晶を駆除するにはイマジントリガーが必要不可欠……」
「Rガン、異能力、イマジントリガー。この使い分けが、異能者の生命線か」
懐から竹とんぼの羽を取り出した斑辺恵が腰のRガンと見比べ、祐路も釣り糸を手元に戻しながら複雑な表情を浮かべた。
「そんなに深刻な顔すんなよ、アタシが必ず守るからさ!」
「おわぁ!? いきなり抱き着かないでくれよ」
「別にいいだろ? 減るもんじゃないんだし」
気を使って離れていたテツラが再び抱き着き、慌てて離れようとする祐路を抱き締めて頬を寄せる。
「そういえばテツラさん、輝士の使う火や水も異能力と呼んでいいのかい?」
「オレも気になってんだ、よければ教えてくれないかな?」
複雑な笑みと共に斑辺恵が助け船を出し、どうにか抜け出した祐路もぎこちない笑みを返した。
「もちろん同じだぜ、情報生命体が生成したデータを地球人に渡したんだから」
「言われてみれば、どちらも電子天女が作ってるな」
頭の後ろに手を回したテツラが大きく笑い、斑辺恵は納得して頷く。
「硼岩棄晶はアタシ達情報生命体の敵だから、利害が一致したんだ」
「あらゆる手段を講じた結果、人間と共に戦うのが最も効率的でした」
腕組みして頷いたテツラが手のひらに立体映像を浮かべ、続くように焔巳も立体映像を手のひらから出した。
「Sランク異能者、コードネームウィザードか」
「人類史上最初の異能者……いったい、どんな人間だったんだ?」
釣り糸をケースに戻した祐路がLバングルを起動し、斑辺恵もLバングルに映し出した映像を眺めながら首を傾げる。
「データベースによると、魔法使いの見習いだったそうです」
「魔法使い!? だからコードネームがウィザードなのか」
映像を切り替えた焔巳が微笑み、斑辺恵は驚きながらも納得して頷いた。
「硼岩棄晶に荒らされる前の地球には、魔法使いなんてのまでいたのか」
「地球にあった記録や文化の大半は硼岩棄晶の侵略で失われたからね」
立体映像を閉じた祐路が頭の後ろで手を組み、斑辺恵は複雑な笑みを浮かべる。
「今や輝士の方が人間よりも地球に詳しい始末だ」
「膨大なデータベースには感心するばかりだよ」
静かに首を横に振った祐路が肩をすくめ、斑辺恵も同意して頷いた。
「元々アタシ達は情報生命体、ひとつの大きなデータの塊だからな」
「この中から対話可能な電子天女を設定し、接触可能な輝士械儕も作りました」
大きく頷いたテツラが宇宙に浮かぶ靄のような立体映像を手のひらに映し出し、焔巳は引き継ぐように女性の姿をした立体映像を映し出す。
「情報生命体全体から地球に興味を持った箇所だけを輝士械儕に入れてるだけで、本質は全部つながってるんだ」
「個体であって全体でもある、何だかややこしいな」
立体映像を操作したテツラが靄の一部を女性まで伸ばし、祐路は首を捻る。
「難しく考えるなよ、祐路にも触れるようにしただけなんだから!」
「おぅわぁっ!? だから、くっ付くなよー!」
立体映像を消したテツラが抱き着き、不意を食らった祐路は奇妙な声を上げた。
「何だかな……しかし、テツラさんも随分と変わったな」
「テツラ様は祐路様を喜ばせているだけで、何も変わっていませんよ?」
「そうなのか? 随分と変わった判断基準だね」
唐突なテツラの変化への戸惑いを隠そうと頭を掻いた斑辺恵は、覗き込むように微笑む焔巳に曖昧な笑みを浮かべて聞き返す。
「人間の幸福は情報生命体の好物ですから」
「それって僕達から何かを吸い取ってるのか?」
「いえ、反応を読み取るのです……どう説明したらよろしいでしょうか」
柔らかな物腰と共に微笑んだ焔巳は、慎重に聞き返した斑辺恵に慌てて首を横に振ってから曖昧な表情を浮かべた。
「つまり、料理本を見るだけで満腹になるみたいなものかな?」
「大体そのようなイメージですね」
「少し安心したよ」
しばらく考えた斑辺恵が思い付いた例えを口に出し、微笑んで頷く焔巳に安堵の笑みを返す。
「逆に人間の苦しみは私達にも大きな損失ですから、今後お気を付けください」
「本来の異能者が見付かるまで気を付けるよ」
含み笑いを浮かべた焔巳が丁寧にお辞儀し、斑辺恵はぎこちなく頷く。
「ありがとうございます。それまで斑辺恵様も幸福でいてもらいますね」
「やれやれ、輝士が異能者に依存する理由が分かったような気がするよ」
鋭い眼光を湛えた焔巳が柔らかな微笑みを返し、斑辺恵は深いため息をついた。
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「充木隊長。鵜埜戒凪と斑辺恵は異能力による新たな攻撃手段を確立しました」
異能輝士隊本部にある執務室のひとつ、手のひらに立体映像を浮かべたヒサノが大きな椅子に腰掛ける充木に報告する。
「ありがとうヒサノ、これでランクの上昇に少しは近付いた訳か……」
「暖午様の若い頃を思い出しますね」
「あいつらは癖こそ強いが根は素直だ、上官としては楽な方だよ」
背もたれに体を預けた充木は、悪戯じみて微笑むヒサノに軽く手を振った。
「ですが、時影翔星には成長の兆候が見受けられないとの事です」
「時影は薄々気付いてるからな」
立体映像を切り替えたヒサノが複雑な表情を浮かべ、背もたれから身を起こした充木は曖昧な笑みを浮かべる。
「確かに翔星さんの戦法は、既に完成されていますね」
「そこまで見抜いててFランクなのか?」
しばらく天井を見上げたヒサノが微笑み、充木は呆れた様子で聞き返した。
「電子天女は、過度の隠し事が嫌いですから」
「なるほどね、そういう意味で嫌われてるのか」
微笑みに圧を加えたヒサノがお辞儀し、充木は納得しながらため息をつく。
「特に翔星さんの能力は闇に覆われていますから」
「確かにそうだな、あいつは掴みどころが無さ過ぎる」
圧を戻したヒサノが静かに首を横に振り、充木は同意して頷いた。
「はい、訓練のおかげで大抵の事はひとりでこなせるようになりました」
「逆に言えば、今は助けを必要としない訳か」
「ええ。何かを必要としなければ、成長もしませんもの」
言葉に含みを持たせたヒサノは、真意を汲んだ充木に微笑みを返す。
「こちらも腰を据えないといかんな」
「電子天女は、翔星さんが心に問題を抱えていると分析しています」
腕組みした充木が再度背もたれに体を預け、複雑な表情を浮かべたヒサノは立体映像を手のひらに浮かべた。
「そうなのか? 記録を見る限りだと大きな問題は無さそうだったが?」
「学校側の隠蔽体質もありますが、電子天女は翔星さんの心には数え切れない程の小さな傷が刻まれていると分析しています」
机の上に置いたタブレット端末を手に取った充木が該当する項目を閲覧して首を傾げ、立体映像を閉じたヒサノは静かに首を横に振る。
「そいつは、ひとつの大きな傷より厄介かもしれないな」
「何重にも重なった薄い心の闇を丁寧に剥がして行く必要がありそうです」
「そうか、輝士械儕との接触で少しは変わってくれればいいんだがな」
ため息をついてタブレット端末を机に戻した充木は、慎重にお辞儀したヒサノに頷きを返してから遠い目をして窓の外を見詰めた。




