第15話【影に驚いたのは、Fランクの風使い】
合体した硼岩棄晶をコチョウが新技の駆除し、
ピンゾロの微かな不安と共に夜は更けていった。
(ここは?)
気が付くと暗闇の中に佇んでいた斑辺恵は、目を凝らして周囲を見渡す。
(この建物? どこかで……)
目が慣れたのか周りに壁や窓が見え、斑辺恵は目の前の扉に向かった。
(あれは、焔巳さん?)
扉を開けた斑辺恵は、膝を曲げて床に座る女性に気付いて足を止める。
(何で火が……!?)
女性を眺めていた斑辺恵の手が燃え上がり、辺りは瞬く間に火の海となった。
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「うわぁあ!?……夢か……」
叫び声とともに起き上った斑辺恵は、寝室のベッドで眠っていた自分に気付いて安堵のため息をつく。
「斑辺恵様? どうなさいましたか?」
「ああっ!?……いや、影だ……焔巳さんの、影……」
異変に気付いた焔巳が障子を流用した衝立越しに声を掛け、浮かび上がった影に驚いた斑辺恵は息を整えるべく何度も呟く。
「斑辺恵様?」
「な、何でも無い。明かり……消してもらっていいかな?」
「かしこまりました、お休みなさいませ」
衣擦れの音と共に艶めかしく揺れ動く豊満な胸の影に慌てた斑辺恵が首を振り、焔巳は丁寧なお辞儀をしてから照明を消した。
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「斑辺恵の様子がおかしいって焔巳さんから聞いたけど、大丈夫か?」
「ちょっと悪い夢を見ただけだよ、心配を掛けて済まない」
夜が明けて朝食を終えた祐路が心配そうに声を掛け、斑辺恵は愛想笑いを返す。
「そっか、ならいいんだけど」
「いい訳無いだろ、焔巳が困ってる」
あっさりと祐路が納得し、隣でテツラが大きなため息をつく。
「え? それは申し訳ない事をした」
「お気になさらないでください、私の問題ですから」
予期せぬ言葉に斑辺恵がぎこちなく頭を下げ、隣に腰掛ける焔巳も曖昧な笑みを返して食堂は沈黙に包まれた。
「なあ、祐路。この空気どうすんだよ?」
「テツラが原因だろ?」
沈黙にいち早く音を上げたテツラに耳打ちされた祐路は、呆れてジト目を返す。
「細けえ事はいいんだよ、何か手は無いのかよ?」
「気分転換に釣りとかどうだ?」
豪快に笑ったテツラが聞き返し、祐路は食堂の隅に立て掛けた釣竿を指差した。
「祐路がしたいだけだろ、他に無いのかよ?」
「みんなでバーベキュー……とか?」
仕返しとばかりにテツラがため息をつき、祐路は苦し紛れの提案をする。
「それだ! 使えそうな道具があるか探して来るぜ!」
「あ、待てよ……うちのテツラが悪いね~」
大声を上げたテツラが食堂を飛び出し、祐路は斑辺恵達に愛想笑いを浮かべる。
「いえ、お気になさらずに」
「自分も手伝いに行って来るよ」
丁寧に頭を下げた焔巳が微笑み、斑辺恵は立ち上がってテツラの後を追った。
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「バーベキュー用のコンロ、あったぜ」
「木炭もあるな、これなら形になりそうだ」
しばらく地下倉庫を漁っていたテツラが埃を被った段ボール箱を開け、斑辺恵も近くに置かれた袋の中を確認する。
「せっかくだから、折り畳みのテーブルとパラソルも持ってくか」
「結構あるな、車両を手配出来ればいいんだが」
ひと通り倉庫を見回したテツラが手近にあるケースを手に取り、斑辺恵は難しい表情を浮かべてLバングルを起動した。
「この程度なら手で持って行ける、運搬も輝士械儕の大事な任務だからな」
「それならいいけど」
得意満面の笑みを浮かべたテツラが軽々と持ち上げ、Lバングルを操作する手を止めた斑辺恵は複雑な表情を返す。
「斑辺恵は優しいな、焔巳が羨ましいぜ」
「いきなり何を!? とにかく、後は食材と食器だ」
含み笑いを浮かべたテツラが目を細め、思わず視線を逸らした斑辺恵は誤魔化すように木炭の入った袋を手に取った。
「そっちは焔巳がある程度見繕ってくれてるから、後で確認すればいい」
「だったら急いで戻らないと、4人分となったら相当な量だ」
しばし天井を見詰めたテツラが余裕の笑みを返し、斑辺恵は慌てて駆け出す。
「すぐ近くなんだし材料は現地で切るよ、焔巳にも伝えてある」
「何か手馴れてるな」
軽々と追い抜いたテツラが手のひらを向け、斑辺恵は呆れ気味にため息をつく。
「祐路の趣味に合わせてたら、自然に身に着いちまったぜ」
「本来の異能者と輝士ってこういうものなのか」
「ひとりで釣りをしてると祐路は喜ぶんだ、ちょっと淋しいけどな」
照れ笑いして頭を掻いたテツラは、何度も頷く斑辺恵に複雑な笑みを返した。
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「おーい斑辺恵、火を付けといてくれないか?」
「え? 自分は風の異能者で炎は……」
河原で組み立てたテーブルの上にまな板を置いて食材を切っていたテツラが手を振り、斑辺恵は困惑の表情を返す。
「何を言ってんだよ? そこにマッチがあるだろ?」
「そ、そうだったね……」
予期せぬ返答に怪訝な表情を浮かべたテツラがコンロの傍に置いた袋を指差し、小さく頭を掻いた斑辺恵は誤魔化すように笑みを返した。
「顔色が悪いけど、どうしたんだ?」
「何でもない、今付けるよ」
包丁を置いたテツラが駆け寄り、斑辺恵はぎこちなく首を横に振る。
「後はアタシが準備するから、斑辺恵は向こうで休んでてくれよ」
「いや、これ以上焔巳さんを困らせたくないんだ」
「分かった、任せたぜ」
近くの岩場を指差したテツラは、斑辺恵の誠実な眼差しに片目を瞑って応えた。
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「やっぱ、失敗だったかな?」
「斑辺恵様は責任感の強い方ですから、今は体を動かすのがよろしいかと」
テーブルに戻ったテツラが複雑な表情を浮かべ、隣にいた焔巳が微笑み掛ける。
「よく見てるね~」
「そのような事は……異能者は皆様、少なからず心に傷がありますから」
茶化すような笑顔を浮かべたテツラが何度も頷き、静かに首を横に振った焔巳は表情を曇らせたまま俯いた。
「斑辺恵の場合は火にトラウマでもあんのかな?」
「だと思いますが、もっと根が深いように思えます」
慎重にマッチを擦る斑辺恵を眺めていたテツラが首を傾げ、小さく頷いた焔巳は真剣な表情で斑辺恵を見詰める。
「何でそう思うんだ?」
「先日、キャンサー級の火炎弾を見ても冷静でしたので」
「やっぱり、よく見てるじゃないか」
思わず聞き返したテツラは、自信を持って微笑む焔巳に呆れて肩をすくめた。
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「材料の下拵えはこんなものか」
「そうですね、金串があれば雰囲気も出るのでしょうが」
切り終えた肉と野菜を皿に盛ったテツラが軽く伸びをし、手のひらに立体映像を出した焔巳は複雑な表情を浮かべる。
「仕方ないよ、現地の木を削って串にする訳にも……硼岩棄晶の気配だっ!」
「私のサーモピットでも確認しました……これは?」
曖昧に笑って立体映像を浮かべたテツラが険しい表情に変わり、同時に身構えた焔巳は眉を顰めて黒い額当てに手を当てた。
「焔巳も気付いたか?」
「ええ、硼岩棄晶の反応が消失しましたね」
苦い顔を浮かべたテツラが振り向き、焔巳も静かに頷く。
「現場を確認するしかないな」
「斑辺恵様、私達は様子を見て来ますね」
「分かった、こっちは任せてくれ」
ガジェットテイルを展開したテツラの横で焔巳が手を振って声を掛け、コンロの様子を見ていた斑辺恵は手を振って返した。
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「お? 悪いな~。とんだ邪魔が入って、まだ釣れてないんだよ」
「邪魔って、まさか! 硼岩棄晶か!?」
岩陰で釣糸を垂らしていた祐路が照れ笑いを浮かべ、テツラは慌てて聞き返す。
「リザード級が2体だけだったからすぐ済んだよ」
「何してんだよ、バカ! 硼岩棄晶に遭遇したら輝士械儕と合流する規則だろ!」
あっさりと肯定した祐路に怒鳴ったテツラは、そのまま祐路に抱き着いた。
「悪かったから、放してくれよ」
「無事でよかったよ、ありがとう。もう離れないからな」
顔を包む柔らかな感触に慌てつつも釣竿を手放さなかった祐路が力無くため息をつき、抱擁を解いたテツラは柔らかな手付きで頭を撫でる。
「何でありがとうなんだよ……釣り、一緒にするか?」
「うん……」
「あらあら、私はお邪魔のようですね」
赤くなった顔を誤魔化すように釣竿を指差した祐路にテツラが言葉少なに頷き、焔巳は優しく微笑んで岩陰を後にした。
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「祐路が釣った魚も焼けたぞ、すぐ骨を取るからな」
「ひとりで食べれるって」
程よく焼けた川魚を取り皿に移したテツラが身を器用に解し、祐路は遠慮がちに首を横に振る。
「心配させた罰だ、今日はアタシの言う事を聞いてくれよ」
「勘弁してくれよ……」
悪戯じみた笑みを浮かべたテツラが箸に取った魚の身を差し出し、複雑な笑みを返した祐路は身に付いていた皮の少し焦げたほろ苦さを噛み締めた。
「2人とも仲直り出来てよかったです」
「焔巳さんは大丈夫なのか?」
祐路とテツラの様子を向かいで眺めていた焔巳が安堵の笑みを浮かべ、斑辺恵は慎重に聞き返す。
「はい、斑辺恵様の元気なお姿を見られましたので」
「準備に専念してたら気分が晴れたのかな?」
柔らかな笑みを浮かべた焔巳が軽く頭を下げ、斑辺恵も照れ笑いを返す。
「ですが、根本的な解決とは言えないのでしょう?」
「いつになるか分からないけど、必ず話すと約束するよ」
「かしこまりました、いつまでもお待ちしますね」
含み笑いと共に頭を下げた焔巳は、誠実な眼差しと共に頷いた斑辺恵に柔らかな笑みを返した。




