第107話【日常<raison d’être>に足を止めたのは、元Fランクの闇使い】
祐路や蔵らと釣りを楽しんだ斑辺恵は、
今日まで積み重ねてきた日常に思いを馳せた。
「すまないな、こんな事に突き合わせちまって」
「構わないぜ、どうせ暇だったからな。それにしても店は普通に開いてるし、人も普通にいるんだな」
「当然でしょ、インフラあっての総力戦なんだし」
複雑な笑みを浮かべた聡羅に首を振って返した翔星が周囲を見回し、意気揚々と先頭を歩くカーサは我が事のように胸を張る。
「確かにごもっともだ。それで、お姫さん方はどこに行くつもりなんだ?」
「さすがはキッド・ザ・スティング、このボクを姫扱いするなんてね」
軽く頷いた翔星が商店街の奥を見詰め、ツイナは自分の顎に手を当ててからかうような笑顔を浮かべた。
「おっと、失言だったかな?」
「いや、王子様を守る姫騎士も悪くは無いなと思っただけだ」
吹き出すのを堪えた翔星が肩をすくめ、軽く首を横に振ったツイナは鋭い眼光を政之に向ける。
「ははっ……随分と突飛な発想が出たもんだね~」
「個体名ツイナの発言は、過去のネット小説からの引用と推測」
熱い視線に身をすくめた政之が曖昧な笑みと共に頭を掻き、サイカは手のひらに書物のような立体映像を浮かべる。
「またそのパターンか……さすがに怒られないか?」
「そろそろ別の話題に切り替えた方がよさそうだね~」
「政之がそう言うなら、従うよ」
大袈裟にため息をついた翔星が面倒事を払わんとばかりに頭を掻き、ぎこちない笑みを浮かべた政之にツイナは顔を近付けて微笑んだ。
「ふ~ん……そういう関係もあるんだ」
「興味があるなら、子猫ちゃんにもレクチャーしようか?」
2人のやり取りを眺めていたカーサが呟き、耳聡く振り向いたツイナはカーサの顎へと手を伸ばす。
「誰が子猫よ!? あたしはカーサ! ガジェットテイルは虎なんだから!」
「これは失礼、可愛い子虎のカーサくん。それで、どこに向かってるんだい?」
「あのねぇ……もうすぐ着くから分かるわよ」
反射的に下がりつつ縞模様のガジェットテイルを逆立てたカーサは、悪びれずに微笑むツイナに毒気を抜かれて商店街の奥へと歩き出した。
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「ここかい? カーサくんが来たかった店は」
「ドーナツショップと認識」
程無くして足を止めたカーサにツイナが声を掛け、看板を確認したサイカは手のひらに検索結果を浮かべる。
「そう言えばこの間、約束したな」
「サイカのマスターって、変なところで律儀よね」
「生まれ付いての性分だ、得した憶えは無いけどな」
手持ち無沙汰気味に頭を掻いた翔星は、からかうような笑みを浮かべたカーサに涼しい顔で肩をすくめた。
「そこまでマスターと同じだと、やっぱり気になっちゃうじゃないの……」
「カーサの心遣いには感謝」
「そんなんじゃないわよ! サイカがしっかりしてないと、あたしまで心配になるのよ」
肩まで伸びた黄褐色の髪を指で巻きながら呟いたカーサは、目を細めたサイカの言葉に慌てて反論する。
「そうか、カーサは優しいんだな」
「ふみゃ~ん」
一触即発の空気に入って来た聡羅に頭を撫でられたカーサは、甘えるような声を上げて恍惚とした表情を浮かべた。
「こういう関係もあるのか……ねえ政之、ボクも……」
「と、とりあえず中に入ろうか」
瞬時に和んだ空気に感心したツイナに迫られた政之は、思わず逸らした目の先に映った店の入口を指差す。
「照れ隠しなんて可愛いな、政之は」
「もぉ……ホントに大丈夫なのかしら?」
慈しむように目を細めたツイナが政之の頭を撫で、しばらくして落ち着きを取り戻したカーサは呆れ気味にため息をついた。
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「いらっしゃいませ、ご注文がお決まりでしたらどうぞ」
「品ぞろえは地球の本部と同じなのね」
「はい、同じデータベースから再現していますので」
ガラスケースに手を差し伸べた輝士械儕の店員は、ケースに並ぶドーナツに目を輝かすカーサに微笑みながら立体映像を浮かべた手のひらを差し出す。
「それに色々と大変な時期なのに、欠品が無いのも驚きだよ」
「兵站の充実は組織維持の基礎、そろそろ選択を推奨」
カーサの後ろに立った聡羅もケースを眺めながら感心し、隣から手のひらに立体映像を浮かべたサイカが声を掛けた。
「サイカにしてはいい事言うじゃないの、早く選んで食べましょう」
「だな、ここで駄弁っても何も始まんねえ。政之達は……」
我に返ったカーサが聡羅の袖を引き、振り向いた翔星は言葉を詰まらせる。
「色とりどりで迷っちゃうね、政之が選んでくれないかい?」
「小官にそのような事は……」
「冗談だよ、政之の分もボクが選んでいいかい?」
「ああ、頼んだよ」
振り向いた翔星の視線の先には、既に2人の世界に入ってドーナツを選んでいる政之とツイナの姿があった。
「選択行動に移行済みと判断」
「こういうところは出遅れちまうね~」
しばらくの間2人の行動を観察していたサイカが淡々と口を開き、翔星は曖昧な笑みを浮かべて頭を掻く。
「現時刻から選択を開始しても遅延は発生しないと判断」
「だから出遅れてるんだよ……」
手のひらに時計型の立体映像を浮かべたサイカが映像を閉じてケースに近付き、翔星は力無く肩を落とした。
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「マスターの隣でドーナツを食べるのが夢だったの」
「前回は見事に半々になったからな」
満面の笑みを浮かべたカーサがチョコを掛けたオールドファッションドーナツを小さく開けた口で齧り、隣で応えるように微笑んだ聡羅はコーラをひと口飲む。
「そうよ、やっぱり美味しいものはマスターと一緒でないと」
「今回は6人、ひとつのテーブルに収まる数」
「でもツイナさんと政之は向い合わせでいいのか? 何なら今から……」
幸せを噛み締めるように微笑んだカーサの向かいでサイカが手のひらに座席配置画像を浮かべ、隣に座った翔星は慎重に声を掛ける。
「構わないよ、ボクはどんな角度から政之を見ても幸せだから」
「ありがたいけど、小官には少々過ぎた感があるかな」
「そんな事は無いさ、ボクは政之と一緒にいる事以外は考えられないよ」
柔らかく微笑んでからボールドーナツをひとつ手に取ったツイナは、照れ笑いを返した政之の口元にドーナツを持って行って食べさせた。
「ツイナとは気が合わないけど、その言葉だけは同意するわ」
「カーサが他の輝士と仲良くできて、オレも安心したよ」
「当然でしょ、どんな輝士械儕も自分のマスターが一番なんだから」
2人の雰囲気に顔を赤らめながら目を逸らしたカーサは、上機嫌で頷きを返した聡羅に寄り掛かってから上目遣いで見詰める。
「そういえば輝士の人格みたいなもんは、どうやって決まるんだ?」
「この体に不満があるなら直接の勧告を所望」
「不満なんかある訳無いだろ、単なる疑問だ」
アプローチが対称的な輝士械儕を眺めていた翔星は、フレンチクルーラーを手に持ったまま上目遣いで見詰めるサイカの頭をからかうように軽く撫でた。
「ようやくここまで進展したのね、開示許可なら電子天女から出てるわよ」
「開示? まだ隠してる事があったのか?」
大袈裟にため息をついたカーサが手のひらに解説用の立体映像を浮かべ、聡羅は怪訝な表情で聞き返す。
「ごめんなさい、マスター。異能者から聞かれないと開示できない決まりなの」
「いや、構わないよ。それで、どんな情報なんだい?」
「ふみゃ~……コホンッ。輝士械儕の本当の意味よ」
慌てて頭を下げたカーサは、聡羅に頭を撫でられて陶酔しそうになる表情を引き締めて手のひらの映像を切り替えた。
「本当の意味? 確かに厳密には械儕とは言えないが」
「正式な呼称はオーダー・フロム・イド。異能者の無意識を参考に人格を形成」
一瞬眉を顰めた翔星が思い当たる節を呟き、サイカは手のひらに解説用のアニメ映像を浮かべながら淡々と説明する。
「それでは、まるで小官が……」
「幻滅したかい?」
言葉を詰まらせた政之がカフェオレを飲んで気を落ち着かせ、ツイナは包み込むような微笑みを浮かべて見詰める。
「いや、ようやく腑に落ちたんだよ。やはり小官にはツイナしかいないって」
「政之にそう言ってもらえるなんて、今日は何て幸せな日なんだろう」
ぎこちなく微笑んでからボールドーナツを手に取った政之に感極まったツイナもボールドーナツを手に取り、2人は互いの口へとドーナツを運んだ。
「マスターは……あたしの事を、どう……思った?」
「薄々は気付いてたし、納得も出来た。カーサは今まで通り、可愛くて頼れるパートナーだよ」
「ふみゃあ~」
気丈に声を絞り出す途中で俯いてしまったカーサは、胸のつかえが取れたような表情を浮かべた聡羅に頭を撫でられて陶酔し切った表情と共に寄り掛かる。
「どっちも2人の世界に入っちまった……俺には、こういう時間が足りなかったのかもな」
「永遠は一瞬の積み重ね」
呆れ気味に砂糖をかけたシンプルなドーナツを口へと運んだ翔星がブラックコーヒーで流し込んでからカップを見詰め、サイカはアイスカフェラテをひと口含む。
「随分と詩的な事を言うんだな」
「データベースにあった古典の引用」
「そう言う事か、こんな今の日常を積み重ねるのが人間の存在理由なのかもな」
軽く笑いながら手に付いた砂糖を払った翔星は、種明かしをしながら手のひらに画像を浮かべたサイカに肩をすくめてから意味を噛み締めるように目を細めた。




