第106話【日常<raison d’être>を振り返ったのは、元Fランクの風使い】
羽士や礼真と共に宇宙船に残ったピンゾロは、
構造を確認しながら未来の日常へ思いを馳せた。
「着いたぜ、ここが今日のポイントだ」
「なんだかフカズシティの河原に似てるね」
ゲートターミナルからしばらく歩いた祐路が足を止め、斑辺恵は石や岩の並んだ湖畔を懐かしそうに眺める。
「迎撃区画は効率優先だったけど、中心街は地球の環境に近付けてるんだ」
「この広さは迎撃区画にいた時も思ったのですが、まるで海ですな」
Lバングルを操作した祐路が周囲の立体図を浮かべ、蔵は眼前に広がる湖を眺めながら無意識に合掌した。
「でも湖だから、釣れるのは淡水魚だぜ」
「海水魚は現在、別の区画で試験飼育中です。いずれは海も再現するそうですよ」
担いだ荷物を大岩の近くに置いたテツラが後ろから声を掛け、続けて焔巳が立体映像を浮かべた手のひらを湖に差し伸べる。
「それは楽しみですな」
「ああ、ここにいるのはどれも貴重な水産資源だぜ」
目を細めた蔵が湖面を見詰め、テツラは得意気な笑みと共に親指を立てる。
「いいのか? そんな所で釣りをして」
「許可は取っておいた、常識の範囲内なら問題無いぜ」
思わず固まった斑辺恵に頷いた祐路がLバングルに画像を浮かべ、一同は黙々と釣りの準備を始めた。
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「今さらだけど、坊さんが釣りなんかして大丈夫なのかい?」
「徒に命を弄ぶのであれば許されますまい」
折り畳みの椅子に腰掛けて釣竿を握る祐路に曖昧な表情を向けられた蔵は、竿を片手で持ったままもう片方の手で合掌のポーズをとる。
「つまり、今回はバーベキューだから許されると?」
「命をつなぐ糧ですからな、御仏も許されるでしょう」
しばらく考えた祐路が慎重に聞き返し、蔵は穏やかな笑顔を返した。
「確かに、食い物に注文を付ける神様なんて拝みたくも無いぜ」
「同感ですな、同じ釜の飯を食わせぬものに神を名乗る資格などありますまい」
立ち上がってリールを巻いた祐路が竿を振って投げ直し、深々と頷いた蔵は首を大きく横に振る。
「それもう、神じゃなくて悪魔の類じゃないのか?」
「違いねえ。悪魔なんて硼岩棄晶だけで充分だぜ」
反対側から斑辺恵が複雑な笑みを返し、肩を震わせて笑った祐路はリールを少し巻いて釣り針の位置を調整する。
「なあ祐路、引いてないか?」
「おっと、さっそく今日の昼飯ゲットだぜ!」
大きく撓んだ竿を斑辺恵が指差し、慌ててリールを巻いた祐路は慣れた手付きで釣った魚を針から外して水を張ったクーラーボックスに入れた。
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「蔵くん達、楽しそうにしてるなぁ~」
「斑辺恵様は久しぶりの釣りですから」
組み立てたテーブルにまな板を置いて肉や野菜などの食材を切っていたマーダが釣りをする異能者達を見詰め、焔巳も同じ方向を見詰めて微笑む。
「祐路は迎撃待機中でも釣りはしてたけど、どうしても1人になっちまってな」
「確かに他のお2人とも、御自分の趣味を優先されるでしょうし」
包丁を下ろす手を止めたテツラが複雑な笑みを浮かべ、焔巳は空を見上げてから頷きを返した。
「でもぉ~、祐路くんと2人きりになれたんでしょぉ~?」
「お、分かるか? おかげでいい時間を過ごせたぜ」
頬に軽く人差し指を当てたマーダが言葉に含みを持たせ、テツラは即座に満面の笑顔を返す。
「あら? では私達はお邪魔でしたかしら?」
「ンな訳無いだろ。あんなに楽しそうな祐路の顔を見るのは久しぶりだぜ」
わざと口元に手を当てた焔巳が悪戯じみた笑みを返し、首を横に振ったテツラは釣りをする異能者の方を向いて目を細める。
「ずぅーっと一緒にいるのもいいけどぉ~、好きな事をして帰って来た男の子ってもっと幸せなんだよねぇ~」
「わかります! 斑辺恵様も同じですから」
「異能者の幸福は輝士械儕の活力、明日に向けてたっぷり補充させてもらおうぜ」
胸元に両手を当てて目を閉じたマーダに焔巳が嬉しそうに微笑み、力強く頷きを返したテツラは腕まくりをして作業を再開した。
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「おかえり、祐路。たくさん釣れたか?」
「ああ、ちゃんと人数分釣れたぜ」
「他の材料は切ってあるし、こいつも捌いて来るぜ」
しばらくして戻った祐路を出迎えたテツラは、差し出されたクーラーボックスの中身を確認してからテーブルに親指を向ける。
「オレも手伝うよ」
「いいのか? なら遠慮なく頼むぜ!」
クーラーボックスを抱え直した祐路がテーブルへと向かい、テツラが後ろに回り込んで抱き上げる。
「おわわぁっ!? 自分で歩けるから」
「いいじゃねえか、これくらいの役得があっても」
突然体が宙に浮いて驚く祐路の悲鳴にも似た声は、テツラの豪快な笑い声に掻き消されながら遠ざかって行った。
「ねえ蔵くん。わたくし、飲み物を持って来るのをわすれたのぉ~。今から一緒に買いに行きましょ~」
「承知しました。斑辺恵殿、しばらく失礼しますぞ」
密かにタイミングを見計らっていたマーダが元来た道を指差し、重々しく頷きを返した蔵は合掌してから立ち去る。
「まさか、こう来るとはね……分かった、いってらっしゃい」
「いってきま~す」
諦めの入り混じった笑みを返した斑辺恵が力無く手を振り、マーダは大きく手を振ってから蔵を引っ張るようにゲートターミナルへと向かった。
「あら? 気が付けば2人きりですね、斑辺恵様」
「ここまで見事だと、どうしようも無いな」
見えなくなった蔵とマーダを確認した焔巳が芝居がかった仕草で周囲を見回し、観念のため息をついた斑辺恵は精一杯の笑みを作って返す。
「私達は火おこしの準備をしましょう」
「今の僕ならすぐに出来る。だから少しだけなら……いいよ」
「では遠慮なくいただきますね」
木炭を入れておいた袋を開けた焔巳は、ぎこちなく微笑んだ斑辺恵に向けた鋭い眼光を柔らかな微笑みで隠しながら背中にそっと寄り添った。
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「斑辺恵と焔巳がまだ準備中なんて、珍しいな」
「今つけるよ、ちょっと待っててね」
下拵えした魚を紙皿に重ねて持って来たテツラがからかうように笑い、コンロに木炭を並べ終えた斑辺恵は指先に異能力の炎を灯して投げ入れる。
「へぇ~、ここまで炎の異能力を操れるなんて見事なもんだ」
「あれから訓練は欠かさなかったからね」
赤く静かに燃える炭を祐路が感心しながら眺め、斑辺恵は得意そうな笑顔と共に新たな炎を指先に灯した。
「それじゃあ、もう怖いもん無しだな」
「いや、それでも過ぎた力に違いない。それだけは肝に銘じてるよ」
我が事のように喜んだ祐路が親指を立て、指先に灯した炎を吹き消した斑辺恵は静かに首を横に振る。
「毒となるものは薬にもなりますからな」
「蔵の言う通りだ、自分はようやく気付いたよ」
缶飲料の入った袋を近くの岩に置いた蔵が合掌し、大袈裟に頷いた斑辺恵は照れ笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「何にせよ、よかったぜ。まずは焼こうぜ」
「調理でしたら私が……」
重い空気を変えようと膝を軽く叩いた祐路が菜箸を手に取り、焔巳は魚を重ねた紙皿をテツラから受け取ろうとする。
「野暮言うなよ、最高のデザートが台無しになる」
「それもそうでしたね。では、よろしくお願いいたします」
「どうした~? そろそろ焼き始めるぞ~」
咄嗟に顔を近付けながら含み笑いを浮かべたテツラに焔巳が頷き、一同は祐路の合図でバーベキューを始めた。
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「よし、そろそろ焼けるぜ」
「わかった。おーい、そろそろ焼けるから皿持ってこーい」
「は~い」「かしこまりました」
魚の焼け具合を確認した祐路が合図し、隣で肉や野菜を焼いていたテツラの呼び掛けにマーダと焔巳が同時に返事をしてコンロへと向かう。
「はいどうぞ、蔵くん。熱いから気を付けてね~」
「かたじけない、マーダ殿。尊い命に感謝していただきましょう」
焼き魚を中心に野菜や肉を盛り合わせた紙皿をマーダが差し出し、蔵は赤面した自身の顔を誤魔化すように合掌してから受け取った。
「斑辺恵様もどうぞ」
「なんかごめんね、焔巳さん。僕達ばかりが楽しんじゃって……」
同じく料理を盛った紙皿を差し出した焔巳が微笑み、斑辺恵は各々の輝士械儕と向かい合う異能者を複雑な表情で眺める。
「そんな事はございません、斑辺恵様がいるだけで私は幸せですから」
「僕がいるだけか……」
静かに首を振った焔巳が胸元に手を当てて目を閉じ、斑辺恵は受け取った紙皿を僅かに強く握りしめた。
「はい。斑辺恵様が生まれ、ここまで育って来たから今の私がいるのです」
「今日までの日常があったから、今の僕達がいるのかもね。まずは食べようか?」
包み込みように焔巳が手を添え、目が合った斑辺恵は頬と共に力を緩める。
「はい、冷めないうちにいただきましょう。私が食べさせてあげますね」
「そういうのはいいよ……と言っても、聞かないんだよね?」
「はい、これが今の私の幸せですから」
手にした箸で焼き魚の身をほぐし始めた焔巳は、遠慮してから諦め混じりに聞き返した斑辺恵に満面の笑みを返した。




