第1話【無断で結界を出たのは、Fランクの異能者達】
「いいのか、ピンゾロ? 結界を抜け出して」
人影の無い街外れ、白い詰襟型の制服を着た3人組の中で最も背の高い男が前を歩く短い髪を黄色く染めて眼鏡を掛けた男に声を掛ける。
「斑辺恵は固いな~、集合までには時間があるだろ?」
長身の男にピンゾロと呼ばれた男は、自分が出て来た大鳥居を肩越しに見てから左腕に嵌めたバングル型の端末を確認する。
「確かにそうか……それにこの状況ではな……」
「異能輝士隊が硼岩棄晶を前に逃げ出す訳にはいかないだろ?」
ピンゾロに斑辺恵と呼ばれた男が渋々頷き、先頭を歩く黒い外套を羽織った男が拳銃を構えた。
『『グルルル……』』
「翔星の言う通りだ、戻る前にひと暴れしようぜ」
3人の目の前では人の背丈ほどもあるドリルのような顎を持った黒い蟻のような生物が紅い目を光らせ、睨み返したピンゾロは軽く頷いて腰の拳銃を抜く。
「アント級……全部で3体か」
「輝士を連れてない異能者の戦闘は御法度だろ?……」
ピンゾロに翔星と呼ばれた男がバングルに浮かんだ立体映像を確認し、斑辺恵は気乗りしない様子で拳銃を抜いた。
「あれはダメージを肩代わりするだけの機械、手早くコアを壊せば問題無い」
「相変わらず身も蓋も無いな、策はあるか?」
鼻で笑った翔星がアント級と呼んだ怪生物に銃口を向け、肩で笑ったピンゾロが小声で聞き返す。
「いつも通りだ。Rガン、ダブルファイア!」
「だよな。こっちも牽制と行きますか」
「こんな熱線銃、すぐに再生しちまうってのに……」
冷静に返した翔星が間髪入れずに引き金を2回引き、続いてピンゾロと斑辺恵も引き金を引いて銃口から熱線を走らせる。
『『グルルル……?』』
「やっぱり効かねえか」
熱線に焼かれたアント級の表皮が即座に塞がり、ピンゾロは慣れた様子で軽口を叩く。
「Fランクの俺達に出来る事なんて、たかが知れてる」
『『グァア!』』
自嘲気味に頷いた翔星がRガンを構え直し、3体のアント級は内側に折り曲げた腹部から弾丸状の液体を噴射する。
「おっと……当たったら骨まで溶けるって、か!」
難無く躱した液体から立ち上る煙を確認したピンゾロは、Rガンをホルスターに戻して空高く跳び上がった。
「もらった!」
『グェァッ……』
先頭に立つアント級の背中に飛び乗ったピンゾロが丸太ほどの太さの首を掴んで捻り、頭があらぬ方向を向いたアント級は音も無く倒れる。
「見事な怪力だな、ピンゾロ」
「これだけが俺ちゃんの取り柄だからね」
灰のように崩れるアント級を確認した翔星が感心し、難無く着地したピンゾロは軽く手を振った。
「仕方ないな……風よ!」
『グルル……?』
飛んで来る酸弾を躱していた斑辺恵が手のひらを地面に向けて風を放ち、酸弾を撃ち続けるアント級の頭を飛び越える。
「こっちだ……もらった!」
『グァェ!?』
アント級の背中に乗った斑辺恵が懐から取り出した竹とんぼの羽を首筋に当てて引き、アント級は短い呻き声と共に崩れ落ちる。
「さすがは鎌鼬の斑辺恵、見事な切れ味だ」
「異能力に目覚めた時からの相棒だからな」
周囲を警戒していたピンゾロが気さくに手を振り、斑辺恵は竹とんぼの羽を懐に戻して顔を綻ばせた。
「2人とも下がってくれ……闇よ!」
『グェ……?』
短く意識を集中した翔星の周囲に闇が広がり、最後のアント級を包み込む。
「コアは……そこか」
『グェァ?』
サングラス型のバイザーを掛けた翔星がRガンを地面に向けて撃ち、暗闇の中で光を放つアント級の喉元まで跳び上がる。
「お前の道は閉ざされた……」
『グギァッ!?』
光を放つ喉元に銃口を突き付けた翔星が引き金を引き、アント級は断末魔の声を上げた。
「見事なもんだ。キッド・ザ・スティングの名は伊達じゃないな」
「気取った呼び方だな、つらぬき太郎で充分だ」
灰のように消えたアント級を確認したピンゾロが親指を立て、バイザーを外した翔星は自嘲気味に笑みを返す。
「ノリがいいのか悪いのか……っと、そろそろ時間だ」
「他に硼岩棄晶の気配は無い」
「早く戻ろう」
複雑な表情で頭を掻くピンゾロに頷きを返した翔星がバングルを確認し、周囲を見回した斑辺恵を先頭に3人は巨大な鳥居をくぐって街に入った。
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「一応時間通りだな、鵜埜戒凪」
「ま、これも仕事だからな」
小さな会議室のホワイトボードを背に立つ制服姿の男がバングルを確認しながら苦い顔を浮かべ、向かいに立ったピンゾロは余裕の笑みを返す。
「それで充木隊長、今回の辞令は」
「急くな、時影。電子天女の指令を伝える前に確認が必要だ。ヒサノ、頼んだ」
ピンゾロの隣に立っていた翔星が話を切り出し、慣れた様子で手のひらを向けた充木と呼ばれた男は隣に立つ水兵服を着た女性に話を振った。
「先ほど、硼岩棄晶の反応が検知直後に消えました」
「ヒサノさん、それと自分達に何の関係が?」
充木からヒサノと呼ばれた女性が手のひらに立体映像の地図を浮かべ、斑辺恵は目を泳がせながら聞き返す。
「はい斑辺さん、輝士械儕の反応がありませんでしたので」
「あちゃー、最初からバレバレだったのね」
後ろから伸びるシャチの尾ひれのような機器を揺らしたヒサノが立体映像を切り替え、ピンゾロが誰よりも早く大袈裟な仕草で天を仰いだ。
「まったく、お前達は……電子天女は不問にしたけど、少しは大人しくしてくれ」
「善処する、それで辞令は?」
疲れた様子で首を横に振った充木が釘を刺し、軽く受け流した翔星が再度本題を切り出す。
「その前にランクを確認してもらう、全員Lバングルをセットしてくれ」
「硼岩棄晶を1体駆除したくらいでランクが上がるとは思えないが?」
小さくため息をついた充木が腕に付けているバングル型の端末を指差し、翔星は怪訝な顔で聞き返した。
「ランクの確認も電子天女の指令ですので」
「それがライセンスバングルを持つ者の義務、か……」
諭すように微笑むヒサノが机に載せた円盤へと手を差し伸べ、Lバングルに手を当てた翔星は渋々頷く。
「それと今、電子天女から追加の伝言が来ました」
「へぇ……天女サマは何て言ってんだ、ヒサノさん?」
真剣な顔付きで天井を見上げていたヒサノがお辞儀し、ピンゾロが興味深そうに身を乗り出す。
「自分に素直になりなさい、との事です」
「そいつは簡単なようで難しい注文だよな、翔星?」
頭を下げたヒサノが微笑み、ピンゾロは曖昧な笑顔を浮かべた。
「好き勝手に動いた結果がFランクだ」
「いいから始めるぞ、まずは鵜埜」
静かに頷いた翔星が不敵な笑みを浮かべ、充木は疲れた様子で指示を出す。
「あいよ。鵜埜戒凪、怪力使い」
軽く腕を回したピンゾロが円盤に左手を乗せ、Lバングルに【F】の立体映像が浮かび上がる。
「次は斑辺」
「はっ。斑辺恵、風使い」
複雑な表情を浮かべた充木が指示を出し、斑辺恵が手を乗せると同時に【F】の文字がLバングルに浮かび上がる。
「最後は時影」
「時影翔星、闇使い」
半ば諦め気味の充木に軽く頷きを返した翔星が手を乗せ、やはりLバングルには【F】と表示された。
「3人とも、Fランクから変わりませんね……」
「仕方ないな、明日から職場を移ってもらう」
結果を再度確認したヒサノが複雑な表情を浮かべ、充木は渋々辞令を伝える。
「アント死して走狗烹らる、か」
「硼岩棄晶を3体駆除したくらいで、お役御免になる訳無いだろ」
軽く頷いた翔星が小さく肩で笑い、充木は呆れ顔でため息をつく。
「毎回Fランク判定だし、嫌われてはいるだろうさ」
「電子天女の考えなんて、我々には分からんよ」
「違いない、せいぜい天女のご機嫌を取れる方法を考えて来よう」
軽く伸びをしたピンゾロに充木が静かに首を横に振り、軽く頷いた翔星を先頭に一行は部屋を出て行った。