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勇者

これは知る人ぞ知る勇者の伝承



その身体、鋼の如し・・・・・


・・・・・・・その身体、巌の如し・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・その身体、大地の如し・・・・・・・・・




うんうん、身体がとーーーっても硬いわけね・・・・・



その身ら・・・・・





いやいや、身体のことはもういいよ!




その身体ァ!




しつけぇ!




・・・・・その身体・・・・・金剛の如し





それが、我がラーマ王国に伝わる勇者の伝承・・・・・


特に何を成した、とか、何を殺したとか、救ったとか、輝かしい話とか一切ない。地味で、誰がこんな勇者必要とするんだーって正直思う。はて勇者とはなんぞや?




 やや土で薄汚れた、痩せ細った短い金髪の少年は・・・・生きていた。

当たりどころがよかったのか、本来、王国最強と云われる私の蹴りは大岩なら、軽く粉砕するだろう。脚が早い・・・いや、走る速さではなく、戦闘において蹴りを多用し多くの強者を屠ってきた私の戦い方は騎士らしくなく粗暴で鬼神とも揶揄されたりもするが、と、とにかく、私の蹴りを受けて絶命しない人間はそういないのだ!

だがその少年は、奇跡的にも、生きていた。手当をしたものの話によると、特に外傷もなく、蹴られた衝撃、ではなく、猿にやられた衝撃でショック死しかけていたらしいが、今は落ち着いて横になっている。良かった。


 少年を村へ残し、我々は猿を誘き出すべく山の麓へ進軍する。麓に到着し号令をかけ、皆に猿を誘き出すための準備を促す。作戦は単純だ。「炙り出し」

 麓で煙を炊いて、猿どもを誘き出す。いくら知能が高いと言っても、所詮魔物。対応手段には限りがある。そして人間を襲うことに味をしめた猿どもなら、煙で判断能力を欠いた状況なら、間違いなく山を降りてくるだろう。


山の麓で等間隔に並べられた薪からゆっくりと煙が上がる。


煙はやがて見える山の範囲を覆い尽くす。今も猿どもはこちらを伺っているのかもしれない。皆が緊張した面持ちでその変化を見逃さないように、キッと山を睨みつけている。やがて・・・・


「キーーーィッ」


ポツポツと広範囲に見えはしないけれど、猿どもの気配が至るところに現れる。


ガササササッ・・・・・パキッパキッッ・・・・・ドドドドドドッ・・・・・キァーーーッッ


・・・・・・そしてついに・・・・


メキメキメキメキッッドシャーーーーーー



麓の煙が一部大きく膨れ上がり、その塊から木片を撒き上げながら、緋色の王者が姿を現した。


緋色の猿王の後ろから次々と、人間大の黒い影が這い出してくる。影は散開し、我々を包囲するべく疾駆する。



私はすかさず、展開していた魔術師達に号令する。


「魔法、放てーーーーーっ」


轟音と共に雷の魔法が緋色の猿王の元に殺到する。

手下の猿どもは突然の光と音に怯み、焼かれ、数体が地にふした。


緋色の猿王は、最初こそ怯みはしたものの、やがて体を振るわせて、周囲を見渡し、隊列の中心を見定め睨みつける。


最初はゆっくり、周囲を威圧するように、静かに。そしてやがてその歩みが速くなるにつれてリズム良く地面を踏み鳴らし、こちらに猛然と突進してきた。


私は緋色の猿王の進行方向に対して、右から被せるように疾走した。低い姿勢で剣を握った右手をだらんと落とし、地を這うように疾駆する。


猿王が地に拳を打ちつけるたび、ドスンドスンという衝撃が体に響く。私は時折左手で地に手をつきながら、衝撃を膝で逃がし、素早く猿王に肉薄する。


猿王は勢いを殺さず、おもむろに右手を振り上げる。


私はそれを未咎め、緩急をつけて懐に飛び込み、右脇から抜けつつ、すれ違いざま、猿王に斬撃を浴びせる。


猿王の体が流れる。もんどりうって、振り向いた体制で止まる。


私も速度を落とし振り返る。右手の剣を見やる。血は・・・・ついていない。移動しながらの斬撃では致命的なダメージを与えられない。


視線が交差する・・・・猿王がふっふと鼻息を荒げる。


私は試しに挑発的な表情で見下すようにふふと嗤ってみる。



エ゛オ゛ア゛ーーーーッッ



猿王の怒気が爆発する。巨大な拳を地面に打ちつける。轟音が弾け、砂煙が上がり、身体を振るわせ煙を払う。


さぁ仕切り直しだ。もう一度、一人と一頭が馬上槍の戦士が如くかけていく。


猿王は思う、この人間の牙は怖くない。牙の使い方を知らぬ馬鹿な人間。牙はなぐものではなく、突き立てるものだ!

貴様の牙などもはや恐るるに足らぬ!何度その脆弱な牙で我が身を撫でようとも、この身体には傷一つつかぬわ!矮小な人間よ、今こそその肢体を引きちぎり、本当の牙の恐ろしさを見せてくれる!


視線を交わす、駆ける駆ける駆ける。駆けて駆けてそして、


ドッシャーーーー


猿王は積み上がった薪に頭から突っ込んだ。頭を抜き、周囲を見回す。


今あの人間は我と同じように少し離れたところで止まっているはず。振り返る。人間どもが恐怖でたちすくんで我を囲っている。ふっふ気分がいい。もっと、もっとだ。もっと恐怖しろ!・・・・


さて・・・・あの人間はどこか?


見回す・・・・いない。隠れたか?・・・・・我が力に恐怖し逃げたのか?ふっふ。さもありなん。さぁておろかで矮躯な人間ども、蹂躙の時間・・・




 ドッッ



耳朶にひびく鈍い音と共に脇腹付近から違和感を感じる。


なんだこの不快な感覚は・・・・


手で脇腹を弄る・・・・指に何かしらが当たる・・・・そこに・・・・・



一本の牙が生えて、いや、突き立っていた。・・・・


思考を整理する。・・・人間・・・走って・・・・消えた・・・・何かにぶつかった・・・・人間、怯えた顔・・・・気持ちいい・・・・殺そう・・・ミナゴロシ・・・・人間・・・・いない・・



猿王の脇腹に、エリザベスの長剣が深々と突き刺さっていた。


反撃のために挙動する猿王。エリザベスは裂帛の気合いと共に、剣の柄を握り締め、剣に頬を添えるが如く固定し、体ごと地を蹴った。それはまさに獣が牙を突き立てるが如く、全霊での突きであった。



メシィッッ



地面が僅かに陥没する。猿王の巨体が僅かにブレ、いや浮いた。


もっとおくまで・・・もっと、もっと、命に届くまで・・・・


エリザベスはその命を逃さない。何も考えず、・・・・無意識に・・・・何度も肉を咀嚼するように剣を収めていく。


猿王が痛みで腕を振り回す・・・・動かない・・・剣を抜くために身を引こうとする・・・・離れない・・・・

口端から血が滴る・・・・身体もまるで縫い付けられたかのように動かない・・・・

どうして?と聞くようにその人間の顔を見やる。視線が交錯する・・・・



人間は額から血を流し、カッと目を見開いてこちらを睨みつけていた。・・・・


視ている・・・我が死ぬ様を・・・・観察しているのだ・・・・此奴は・・・瞳の奥を見やる・・・・

人の言葉は理解できずとも、これだけは理解できた。


問うている。ねぇ、死んだ?お前死んだ?しね!さっさと!死んだ?ねぇ、早く、死んだ?


やがて大きく口から血を吐き出すと、猿王はその四肢の力を抜いた・・・・

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