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四話 出自〜リアム〜

※※※

『そんな貧弱な仔は捨ててこい』

『肉を喰らえない【人狼】なんて、聞いたことがない。おまけに狩りもできないとは……。できそこないにも程があるぞ』

(おとり)に使うくらいしか、利用価値はないね』


 リアムが人狼らしからぬ性質を持って生まれたせいで、母はいつも群れの大人たちに責め立てられていた。


 ――僕が母さんを不幸にしているんだ。 


 あたたかな腕に包まれて、リアムは泣き続けた。大事な母の迷惑になっているの自分自身が許せない。だが、自ら命を絶つ(すべ)もわからず、母にすがることしかできなかった。


 リアムが五つの誕生日を迎えた夜更けのこと。

 不規則な揺れに瞼を開けると、母の肩越しに、群れの大人たちの唸り声が追いかけてくる。


「母さん、どうしたの?」


 リアムを抱きかかえ走る彼女は、泣き笑うように微笑んだ。リアムはその冷たくも滑らかな頬に手を伸ばす。


「リアムは、何も、心配しなくていいのよ」


 母はまるで自身に言い聞かせるように、何度もリアムに囁き続けた。

 なんとか追手を巻くことはできたが、森を抜けた先では、飢えとの戦いが待ち構えていた。大森林の王者といえど、一歩森を離れれば、ただの異形である。大森林の周辺集落の人々は、人狼の棲む大森林から訪れた女子供を警戒し、一夜の宿を願うことも叶わなかった。

 母は仕方なく、木々の陰にリアムを隠すと、数日どこかに行き、わずかな食べ物を抱えて戻ってくる。死を望んでいても、リアムは目の前に食べ物があると、一心不乱にかぶりついた。そんなリアムを、母は目を細めて見つめている。


「母さんは、食べないの?」

「もう食べてきたから。……ほら、もっと食べなさい」


 そう言いつつも、ふっくらとした頬は次第に痩せこけ、あんなに温かかった腕の中は、ひんやりと冷たい。母が問題ないと言うならそうなのだろうと、リアムは思い込もうとする。

 親子二人で支え合いながら、数年後、シティ•ロドルナに辿り着いた。

 リアムは十歳になっていた。

 

 崩れかけた壁に設けられた大門前には、検問待ちの人々が列を作っている。

 リアムの母は列には並ばず、門番に耳打ちした。彼は最初眉をしかめていたが、母を上から下まで値踏みすると、二人を隠すように、大門脇の詰め所を通り抜けさせた。


 壁の内側は、見たことのないほど多くの人で溢れかえっている。

 リアムは頭巾越しに耳をすまし、辺りを見回した。物珍しさに立ち止まると、母はリアムの手を強く引き、道の端を足早に進んでいく。

 大通りを行き過ぎる人々は忙しなく、足元のリアムに気づかず、ぶつかってくる者もいた。


「どこ見てやがる」


 ハンチング帽を目深に被った男の脚がリアムに当たり、びっくりしてリアムが固まっていると、「チッ」と舌打を残していった。


 リアムは、人の流れを懸命に読み、母の歩幅にも遅れないようにする。人通りの多い道から、路地に入ると胸をなでおろした。しかし、薄暗い路地を進むに連れ、不安が頭をもたげる。

 母はどこに行こうとしているのだろうか。歩みに迷いがないのが、逆にリアムの不安を掻き立てた。

 その晩、廃屋で休んでいると、母を数人の男たちが迎えに来た。長旅に疲れ切っていたリアムは、夢現(ゆめうつつ)に母が出ていくのを見送る。 

 夜中に目を覚ますと母は戻っておらず、リアムは動揺した。探しに行こうにも、着いたばかりの土地で、右も左も分からない。複雑に絡み合う街の臭いに、母の匂いはかき消されていた。

 膝を抱え震えていると、明け方近くになって、母は戻ってきた。そうして、死んだように眠りこける。

 のちにリアムは日々の糧を得るために、母が身体を売っていたのだと知るが、その時のリアムは母が戻ってきたことに、安堵しただけだった。


※※※

 シティに棲む【人狼】は、百年前に移住してきた者たちの末裔だけだと、ヴィクターは思い込んでいる。外から侵入した経緯は話さないほうがよさそうだ。


 ――これ以上、嫌われたくない。


 ヴィクターの嫌悪感に満ちた眼差しを受けてもなお、リアムはヴィクターに好意を抱いている。自分の気持ちが不思議だが、背筋の伸びた後ろ姿はやっぱりかっこいいのだ。


 リアムは、匂い探しに奔走したが、捜査二日目も、何の進展もなく捜査は終了した。


 翌日、裏路地街(エンドフロア)から大通りに出た先で、ヴィクターと落ち合うや、リアムは黒いハンチング帽を渡された。


「これは……」

「協力者が舐められたら話にならん」

「す、すいません……」


 昨日、聞き込みをしている最中に、数人の若い男に絡まれていたリアムを、ヴィクターは見かねたようだ。

 後頭部に向かってゆるやかな曲線を描く帽子は、ロドルナ警察の制帽だ。鍔の上には銃を象った銀色の徽章が、ぼんやりとした陽光のなかでも綺麗に輝いている。


「僕が、被ってもいいんですか?」

「そう言ってるだろ。……早く被れ」


 ヴィクターは、リアムを大通りから隠すようにした。ヴィクターと建物の壁の間で、そそくさとスカーフを外し、ハンチング帽に耳を押し込む。若干立てた耳が窮屈だが、畳めば問題ない。スカーフよりも隙間なく頭も覆えるので、リアムはすぐに気に入った。

 くたびれたシャツとズボン姿に、制帽の組み合わせは浮いている。だが、リアムはヴィクターに貰えたことが嬉しく、頬が緩んだ。


「お前は俺の管理下にある。下手な動きを見せれば、即座に牢にぶち込むぞ」

 ヴィクターは強い口調で、リアムに釘を刺すことを忘れない。

「は、はい!」

 力強く頷くも、リアムは「ヴィクターさん、優しいなあ」とこっそり感心していた。


 それから、ヴィクターとシティ中を巡る日々が続いた。日に日にヴィクターは石畳をつま先で掘る回数が増えていき、それが彼の機嫌の程度を表すのだと、リアムは気がついた。

 匂いの後を探っている間は極力抑えてくれているが、休憩時などは、その振動がリアムを追い立ててくる。


 ――うう、今日は何か見つかりますように。


 ここ数日、臭いを発見し追跡するも、途中でぱったりと途絶える、を繰り返していた。

 数度目に臭いを見失ったリアムは、しゃかみこんだまま、ヴィクターを振り返る。辿れなくなったことを報告する瞬間が、リアムには苦痛だった。


「あの……」

「またか」


 舗装されていない路地をガシガシ蹴りつけながら、ヴィクターは地図に印をつけている。

 地図には五か所、インクで印がつけられていた。シティ・ロドルナは同心円状に階層が広がり、中心部は富裕層街(アッパーフロア)、その外周を庶民街(ミドルフロア)、さらにその周囲を裏路地街(エンドフロア)が取り巻いている。

 印は三層にわたってバラバラに散っていた。


「くそが、想像以上に出回ってやがる……」


 いたるところで【人狼】を凶暴化させる薬が使われているのかと思うと、リアムも背筋が寒くなった。ヴィクターが語る【人狼】は、恐ろしく狡猾で、血も涙もなかった。


 ――僕もそんな風になるのかな。


 厨房でジャズが肉を捌いているだけでも、卒倒しそうになるリアムである。自分がそんな恐ろしいモノになるなど想像できない。

 歳を経ると【人狼】は巨大な狼に変化(へんげ)できるようになるらしい。ヴィクターが各地を【人狼】被害から守るため巡っていた際に、遭遇し襲われたのは、大半が獣型の【人狼】だったという。


 その進化を早める効果が、今探している『バニシャ』にはある。一刻も早く見つけ出さなければ、シティ・ロドルナは【人狼】の餌場になってしまう。

 それはリアムの望むところではない。

 リアムは今の穏やかな生活が、気に入っていた。


 ――また、あんな生活には戻りたくない。


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