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三話 協力

ヴィクターが押しかけてきた翌日から、早速調査が始まった。

 と言っても手がかりはないに等しい。

 シティ公認の行商人に、獣耳の人影に見覚えはないか当たってみたが、正規ルートを使う人間が違法物に手を出すはずもなく、早くも捜査は暗礁に乗り上げていた。

 そこで、リアムがバニシャの匂いを探し出す作戦が立てられたのである。


「麻袋から変わった匂いはしていませんでしたよ……?」

 微かに青々とした植物の香りはしていたが、特段怪しいものではなかった。

「気づかないのも無理はない。ご丁寧に、違う薬草の臭いを染み込ませた布で包まれていたからな。……これがバニシャだ。嗅いでみろ」


 ロドルナ警察本部の一室で、ヴィクターが差し出した小瓶には、茶色の粉末が入っていた。恐る恐る鼻を近づけると、甘い香りが鼻孔を通り抜ける。


 その瞬間、リアムの視界はぐるんとひっくり返った。真下には、ヴィクターがいて、こちらを見上げている。


 ――え! 何、これ!


 手足をジタバタさせても、身体は言うことを聞かない。近づいてくる天井にぶつかりそうになり、リアムは力の限り絶叫した。


「う、うわわわあ!」

「おい!」


 肩を揺さぶられ、リアムは「あへぇ?」と気の抜けた声を吐き出す。


 ――え、僕、ちゃんと立ってる……?


 両足はしっかりと地面を踏みしめていた。


「あ、あれ……?」


 きょろきょろと辺りを見回すリアムにヴィクターは、小瓶を弄びながら、

「『バニシャ』は幻覚症状も引き起こすからな、嗅ぎすぎるなよ」

 遅すぎる忠告をした。


 ――先に言ってください……。

悪びれることのないヴィクターに、リアムは言い返せず、深呼吸をするしかない。


「臭いは覚えたか?」

「は、はい」


 鼻の奥に甘く絡みつく臭いに、リアムはげんなりするも、表情には出さず必死に頷いた。

 

 幻覚、興奮作用に依存性まで(あわ)せ持つ、薬草『バニシャ』。


 「あの、バニシャを使うのって、危ないんじゃないですか。僕、死ぬかと思いました」

「全面的に禁止すると、さらに高値で取引されるのは目に見えている。そうなったら元も子もないぞ」


 ――頭ごなしに叱っても、お酒を止めない常連さんたちと同じってことかな。


 覗いてはいけない。

 手を出してはいけない。


 むやみに(いさ)めれば、逆に興味を引いてしまう。

 リアムは、ヴィクターの推測に感心し、自らは手を出すまいと心に誓った。

「人間が正気を失うだけなら、ここまで取り締まりは厳しくないんだがな」

「え、すでに大事(おおごと)では……」

 バニシャの扱いに慎重にならざるを得ない、もうひとつの理由、それは人間の身体機能を高める効果があるというものだ。幻覚症状などのほうが危険度は高いのではと、リアムは内心首を傾げた。

 「特に【人狼】が摂取すると爆発的に身体能力が向上するから、取扱いに注意が必要になる」

「ぐ、具体的にどうなるんですか……?」

 ヴィクターの深刻な表情を見る限り、悪い知らせのようだ。

「さあな。バニシャを取り込んだ個体に遭遇した者は、正気を失っていることが多くてな。まともな情報がない。……そんなモノを【人狼】が売り捌いている時点で、状況は最悪だ」

「ど、どういうことですか?」

「……奴らは自分たちで口にする以上のバニシャを抱えてるはずだ。余剰分をシティに流してんだろ、胸糞悪い」


 それはつまり。

「お前をひと呑みできる【人狼】が、シティに潜んでいる可能性が高いってことだ」


 同族だとしても、人狼は凶暴さを増せば、見境なく襲ってくる。

 震えるリアムに、「せいぜい、お仲間に喰われないようにな」とシティを守る捜査官は冷たく言い放った。


 捜査開始二日目。

 リアムはシティの町中で鼻を引くつかせる。食べ物の匂いや体臭、埃や馬の汚物の臭いで大通りは溢れていた。いくらバニシャが強烈な臭いを放っているからといって、この中から目当ての匂いを見つけ出すのは至難の業だ。

 もう一度臭いを確かめさせてくれとヴィクターに頼んだが、持ち出しはできないと却下された。リアムも極力警察本部に近づきたくはないので、諦めざるを得ない。


 ――僕を信用してないんだなあ。


 リアムはがっかりしたが、頼まれたことを投げ出すわけにもいかない。

 匂いの選別は想像以上の体力を消耗する。雑多な刺激が脳に響き、リアムは休憩時にはぐったりしていた。


 ――ヴィクターさん、うんざりしてるかな。


「あの、すみません……」

「捜査に手間はつきものだ。今のところお前の鼻だけに頼ってる俺が、とやかく言う資格はない」


 三度目の休憩時。

 リアムは川岸のベンチで項垂れた。川向う、三角州には四角い建物が、かすんで見える。まるで巨人が(うずくま)っているようだ。ロドルナ警察が管轄する『中央監獄』である。


 ――このままなんの手がかりも掴めなかったら、あそこ(中央監獄)に放り込まれるんじゃ……。


 リアムは両手を忙しなく動かし、ヴィクターを盗み見た。

 どんよりと厚い雲が広がる空に向かって、ヴィクターは煙草の煙を吐きだす。


 先日の激昂が嘘のように、ヴィクターは依然と変わらずリアムに接している。事件解決を優先して気持ちを切り替えているのか。リアムはとりあえず、避けられていないことに安堵した。

 休憩の合間にリアムが問えば、ヴィクターは端的だが答えてくれる。

 彼が所属している部署は【人狼対策課】で、主にシティ内で発生する人狼絡みの事件を取り扱う。『バニシャ』を確認するため訪れた、警察本部内の人狼対策課のオフィスには、大勢の捜査官が忙しそうに出入りしていたのを思い出す。


 ――人狼が犯人なんて大ニュース、聞いたことがない。僕が知らないだけで、たくさん事件が起きているのかな。


 リアムは世事に(うと)いが、ゴシップ好きの酔客たちから、シティ•ロドルナを知ることができていた。

 彼らならすぐに噂話を広げるはずである。

「そうそう今回のような事件は発生しない。雑務がほとんどだ。……【人狼】には戸籍がない。事件が起きなくともしらみつぶしに個体調査は必要で、それで一日の大半は潰れる」


 ヴィクターがリアムを【人狼】だと疑ったのも、戸籍からだった。

「ロドルナでは浮浪児にも管理番号が振られる。お前の名や容姿で照会しても、かすりもしなかった。異国人は母国の証明書がないと、シティに滞在できない。となると残るは……」


 あえて制度から除外されているのは、異形だけだ。ここ、ユフラスコ王国を含む大陸で確認されている異形は、【淫魔】【吸血鬼】【人狼】の三種である。

 

 ただ【淫魔】【吸血鬼】は絶滅したと言われて久しい。

 残されたのは【人狼】だ。

 シティ・ロドルナ内で確認されている人狼のほとんどは、百年前に大森林から移住した者たちの末裔である。


「移住?」


 【人狼】たちは進んで迫害される都市に住もうとしたのだろうか。

 理解できない。


「……お前たちの祖先はシティ・ロドルナで開拓作業に従事していた。すでにシティの周囲では、家畜の量産が進んでいて、俺たちは豊かな食料を、【人狼】は労働力を提供する、共存関係にあったわけだ。……まあ、それも【人狼】たちの暴動で崩れたがな」


 吸殻を携帯灰皿でもみ消したヴィクターは「そろそろ行くぞ」とリアムを促した。


 ――昔は人と人狼は仲良く暮らしていたのかな。


 調査に戻りながら、想像できない理想郷にリアムは想いを馳せる。同時に、幼い頃の記憶が蘇り、気持ちは沈んでいった。


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