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二話 提案

物置部屋には、壁に沿って三方に戸棚が置かれ、その中央、古ぼけたテーブルセットをリアム、ジャズ、ヴィクターの三人が取り囲んでいる。

 リアムは椅子の上で、小さな身体をさらに縮ませ、戸棚に詰め込まれた木箱や瓶詰めに視線を逃した。


「で、リアムが事件の重要参考人てどういうことさ?」


 ジャズは椅子の背を抱え込んで座り、扉の前に陣取るヴィクターに突っかかる。

 扉に(もた)れ腕を組んだヴィクターは、何を思ったか、扉に拳を叩きつけた。ドンと鈍く響いた振動に、リアムは肩を震わせる。


『に、逃げろ』


 小さな呟きが外から聞こえ、バタバタと足音が遠ざかっていく。常連客たちが野次馬根性で、扉に張り付いていたようだ。

「……昨日の時点では、こいつが事件に巻き込まれただけだと、納得しました。……ですが、事情が変わったんですよ」

 ヴィクターは、音もなくリアムに近づくと、スカーフを剥ぎ取った。


「あ!」


 波打つ黒い巻き毛がスカーフから飛び出し、リアムの頬をかすめる。髪のなかから獣の耳がピンと立ち上がる。即座に両手で耳を覆うが、遅かった。

 血の気がひいて、目の前がぐらぐらする。必死に隠してきた秘密を、よりによって知られたくない二人に知られてしまった。

「昨日の密売事件はただの闇取引ではありません。人狼絡みです。そして、こいつは子どもだろうと人狼。……無関係と言うほうがおかしいでしょう」

 人狼が関係しているとは、どういうことなのか。そしてリアムが無関係ではないと、ヴィクターはなぜ言い切るのか。

 疑問が疑問を呼ぶも、口を開くのは躊躇(ためら)われた。


「昨日締め上げた野郎から、この子の名前でも出たのかい?」


 それなら濡れ衣だ。


 リアムは無実を訴えようとしたが、ヴィクターはこちらを見向きもしない。

 沈黙するヴィクターに、

「質問に答えないなら、こっちも捜査に協力するのはお断りだね」

 ジャズは悪びれることなく、肩をすくめた。


「アンタに断る権限などない。……俺はこいつ(リアム)に用があるんですよ」

 雑に名指しされ、リアムはさらに落ち込んだ。

 ――人狼ってだけでこんなに態度が変わるなんて。

 

 怯むリアムの傍らでは、ジャズがしつこくヴィクターを牽制している。

 結局、ジャズの頑固さに根負けしたヴィクターは、刺々しく、昨夜の顛末を語った。

 リアムが届けた麻袋の中身は、大量の薬草『バニシャ』だった。


 酒場『フリッカー』では、肉や魚の臭み消しに薬草を使用したメニューもある。リアムも少しはそれらに詳しいつもりでいたが、はじめて聞く名だった。


「『バニシャ』か。……なかなかいい趣味してるじゃないか」

「お、女将さん、知ってるんですか?」

「愛好家がいるくらいだからね。まあ、ウチでは使ってないからアンタが知らないのも当然さ」


 シティ内ではその依存性、副作用が問題視され、一定数量以上の売買が禁止されている。だが、香辛料としても人気が高いため、裏ルートでの売買が後を絶たない。

 そんななか、良質で大量のバニシャがひっそりと出回っている可能性が浮上したのだ。警察が飛びつかないはずがない。

リアムの首を絞めた大男は誰から仕入れようとしていたのか。


 捜査官が代わる()わる尋問し、売主を特定しようとした。だが、大男は頑なに口を閉ざしている。最終的には、監獄への収監をちらつかせると態度が一変した。 


『取引相手の顔は見てねぇ。お互い顔を合わせないのが、条件だったからな。ただ、獣の耳をした人影は目にしたなぁ。……これでいいだろ。早く開放してくれよぉ』


「それだけで、人狼が関与しているって言うのかい?そうだとしても、リアムはろくでなしから無理矢理、押しつけられたものを届けに行っただけじゃないか。タダの偶然だろ」

「それが真実だと何故信じられるんですか?こいつが嘘をついている可能性も疑うべきだ」

「アンタねえ……」


 ジャズと話しながらも、ヴィクターはリアムへ鋭い視線を投げかけてくる。コツコツとつま先で床を蹴りつける姿は、リアムが不審な動きをすれば、いつでも掴みかかれるように準備しているようであった。


 膝に置いた手が震える。


 ジャズも酒場を訪れる人たちもリアムを人間として扱ってくれていたので、忘れていた事実。


【人狼】はシティ・ロドルナでは存在してはならない。


 理由はわからないが、母に何度も言い聞かされて、物心ついたときから耳と尻尾を隠して生きてきた。ヴィクターから敵意をひしひしと感じ、改めて思い知った。シティ・ロドルナに、リアムの居場所はないのだ、と。


 ――酒場(ここ)を追い出されたらどうやって生きていけばいいんだろう。ああ、そんな心配もいらないのか。だって、ヴィクターさんは僕を捕まえにきたんだし……よくてシティ追放かな。


 考えがまとまらない。


 知恵のない頭で考えても良案が思い浮かぶはずもなく、堂々巡りを繰り返すばかりだった。


「酒場で子ども雇うわけないでしょ。それにこの子が【人狼】で何が悪いのさ」


 ジャズのあっけらかんとした答えに、リアムは顔をあげた。髪と同じ赤みをおびたブラウンの瞳は、いつもと変わらず生気に満ちている。


「なに?」

「え、僕、人狼なんですけど……」

「だから何なのさ?」


 ――人狼は人間に嫌われて、それで……。


「アンタ、密売犯と繋がってるのかい?」

「い、いえ……」

「他に人に言えないことしてるのかい?」

「そ、そんなこと……」

「ならよし」

 一人納得するジャズに、目を白黒させていると、

「まあ、人間を襲ってるってんなら、話は違ってくるかも知れないが……。肉が喰えないのは演技で、人肉は好物なのかい?」

身を乗り出したジャズに、リアムは首を横にぶんぶん振った。

 いつもは押さえつけている耳も一緒に揺れる感覚に慣れず、リアムはさらに動揺する。


「人様に迷惑かけてないなら、人狼だとかどうでもいいさ」

「フリッカー、正気か……」


 リアムの心の声を、ヴィクターが口許を歪めながら代弁してくれた。


「人間にいい奴がいれば悪い奴がいるのと同じさ。……それに、この臆病者が金儲けのために危ない橋を渡るとは思えないしねぇ」

 上目づかいに、ヴィクターを見据えるジャズ。

「人狼専門の捜査官としてじゃなく、アンタは、この子をどう見るんだい?」

「俺自身の意見は関係ないだろうが」

 ジャズの怒涛の攻撃に、ヴィクターは完全に押されている。

 エプロンのポケットからドロップ缶を取り出し、「リアム、手」とジャズは飴玉をリアムの掌に落とした。


「そんなこの世の終わりみたいな顔してんじゃないよ。アタシのお気に入りのドロップあげるから元気出しな」


 砂糖の塊はゆっくりと口の中で甘さを広げていく。蜂蜜味にリアムは肩から力が抜けた。


「この子を引っ張りたいなら、ちゃんと証拠を持ってきな。それか親父さんに泣きつくか――」

「【人狼】の肩を持つなんざ、信じられねえ……」


 腹の底から絞り出すような声音にリアムは、ぞっとした。何があっても動じないヴィクターは、今や拳を震わせ、リアムを親の仇のように睨み付けてくる。

 ヴィクターは【人狼】にどんな恨みをもっているのか。その憎悪を浴び、リアムの耳はぺたりと垂れてしまった。


「落ち着け、馬鹿者」


 ジャズはドロップ缶の角でヴィクターの額を殴った。カンッと気の抜けた音が重苦しい沈黙を破る。


「お、女将さん!」

「シティの外でどんな【人狼】を見てきたか知らないけど、捜査官なら公正な目で真実を見極めな」


 飴玉で頬をふくらましたジャズに困り果てたのか、ヴィクターは額を押さえ、深呼吸をした。


「……あくまで事件を追うために協力をしてもらいたいだけです。共犯者がこいつだと言っているわけじゃありません」

「犯人が捕まらなかったら、リアムは解放されるのかい?アタシがいた頃と体制が変わってないなら、生贄(スケープゴート)にされるのは確実ね。……図星だろ」


 ヴィクターは取り繕うことをやめたのか、「チッ」と舌打ちした。

【人狼】はシティ・ロドルナの住人にとって、恐怖の対象だ。個々は顧みられない。


【人狼】は一括(ひとくくり)に害悪なのだ。


 表向き警察も捜査はするが、人間に実害がなければ、見せしめに別の事件で捕らえた【人狼】を処罰の対象にしてしまう。

 警察に捕まれば、生きて戻ってくることはできないと、ジャズは暗に言っていた。だからといって、このままヴィクターが引き下がるとは思えない。

「……こいつには『バニシャ』を流した犯人探しに協力してもらいます。酒場は夜からでしょう?日中に手を貸してもらう。それで俺はこいつを監視できるし、アンタは従業員を失わずに済みます」

 腕組みをしたヴィクターは、どうだとばかりに胸を張った。

「いいね。それなら問題ないよ。……リアム、警察署に連れ込まれそうになったら、大声で叫びな。こいつに襲われそうだ―!てね」

「変なことを教えるな、暴力ババア」

「アタシは、まだ三十八だよ、誰がしわくちゃババアだって!」

「そこまで言ってねぇよ!」


 何だかどんどん話が進んでいる。自分が警察の捜査を手伝う。それはつまりヴィクターと行動をともにするということで……。

 さきほどまでの恐怖は一転、リアムの脳内にはお花畑が広がった。

 ヴィクターのそばで時間を共有できるのが、それが事件の捜査であっても嬉しいことに変わりはない。

 相変わらずヴィクターはリアムを疑っているようだが、先ほどより足踏みは落ち着いていた。ジャズにお説教されて我に返ったのか、口論に疲れたのか、ため息を落としている。


「あの、よろしくお願いします」

 リアムはぺこりと頭を下げた。

「……ああ、よろしくな」

 ヴィクターは気のない様子でリアムに応える。


 ――ヴィクターさんをがっかりさせないように、頑張ろう。

リアムは膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。


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