十三話 人狼狩り
ヴィクターの家で料理をご馳走になってから、リアムは捜査協力の呼び出しを、今か今かと待ち続けた。
しかし、一向に連絡がない。
――だ、大事なことだから。
誰にともなく言い訳をして、ヴィクター宛に手紙を出してみる。
数日後、ヴィクターから返事が届き、飛び上がらんばかりに喜んだ。思い切り封を破ると、中から一枚の紙切れが飛び出す。
『追って連絡する』
殴り書きのメモに、リアムは固まってしまった。
落ち込んだところで、リアムには、待つこと以外できることはない。ヴィクターのことを頭の片隅に忍ばせ、日々をやり過ごすことしか……。
その日もリアムはいつも通り、客でごった返す酒場のなかを、忙しなく駆け回っていた。
「……来週から、シティ外で大規模な【人狼狩り】が始まるらしいぜ」
物騒な話題に、リアムはスカーフの下で耳をぴくぴく震わせる。
「前回が十年前だったか……。なんでまた今さら」
「ほれ、最近、っても一ヶ月くらい前だったっか?富裕層街の高級肉屋で店主が襲われた事件があったろ。……ここだけの話、犯人は【人狼】らしいぜ」
「お前が知ってんなら、ここだけの話じゃねえだろ」
「ここは人狼狩りの本拠地、シティ・ロドルナだぜ。【人狼】が好き勝手できるはずねえ。嘘ならもっとマシなのつけよ」
人狼狩り。
「お、狩りに興味あんのか、黒髪の嬢ちゃん」
料理と酒を配り終わっても席を離れようとしないリアムに、客の一人が酒臭い息を吐きかけてきた。目はとろんとしており、リアムの尻に手を伸ばそうとしてくる。
「す、すみません」
長居しすぎてはいけない。
リアムは盆を胸の前に抱きしめ、スカーフの裾をはためかせて逃げながら、男たちの話に耳をすませる。
狩りにはヴィクターが所属する『人狼対策課』からも人員が投入されるらしい。ヴィクターは十年前の狩りに参加していた経験者で、今回の指揮官を務めることになるのではないかと、男たちは推測していた。
――ヴィクターさん、忙しいんだなあ。
ただ単にリアムを構う暇がないだけなのだ。信頼されているか心配する必要はない。
――僕を騙しても、ヴィクターさんには何の得もないもんね。
リアムに協力を願い出た彼は、真剣そのものだった。ヴィクターがリアムを頼ってくれたなら、全力で応えられるように準備しておこう。
「よしっ」
人知れず意気込んでいると、
「リアム! 早く注文取りな!」
ジャズの叱咤に、リアムは慌てて仕事にもどった。
肉屋での襲撃から一ヶ月後。
閉店間際に、酒場『フリッカー』のドアベルが鳴った。
「すみません、もう店じまいで……」
リアムはテーブルをふいていた手を止め、振り返る。
「ヴィクターさん!」
待ち望んでいた人物に、ドクリと心臓が跳ねた。
「……少しいいか?」
ジャズの姿を探したが、見える範囲にはいない。厨房に隣接する物置き部屋から明かりが漏れていたので、リアムは足早に扉に近づき、ノックするも、返事を待たずに開け放つ。
「女将さんっ」
「何だい、行儀が悪いね。掃除終わったのかい?」
売上の硬貨を数える手を止めないジャズに、
「ヴィ、ヴィクターさんが来てるので、す、少し、外で話してきますっ!」
前のめりになった。
「……わざわざ外に出なくても、ココ使いな」
小さな金属箱に売上げ金を仕舞い込むと、ジャズは立ち上がった。
「え、でも……」
「でももクソもない。裏路地街には、捜査官に恨みのある輩が、うじゃうじゃいるんだよ。夜更けに路上で、そんな野郎と二人になるなんざ、自殺するようなもんだ。……また面倒事に巻き込まれるのは、ゴメンだからね」
すでに二度厄介事を引き寄せているリアムは、ぐうの音も出ない。ジャズに怒鳴られない内に、ヴィクターの元に急いだ。
「……というわけなので、どうぞ」
ジャズの言葉をなるべく柔らかくして、ヴィクターに伝え、店に招き入れる。
ヴィクターもリアムと同じ気持ちなのか、複雑な表情をしていた。
物置小屋の小さなテーブルセットに腰を下ろすと、正体がバレてしまった日がリアムの脳内に蘇る。
あれから一月と少し。
経験したことのない騒動が続いたせいか、あっという間に月日が経っている。
相変わらずヴィクターの蜂蜜色の瞳は生気に満ち溢れていた。だが、心なしか目元にうっすらと隈ができている。噂通り、【人狼狩り】の準備に追われているからだろうか。
「あの、お話って……」
「明後日、俺はロドルナを発つ」
ああ、噂は本当だったのだ。
リアムは項垂れ、か細く返事をした。
「はい……」
「知ってたのか? 正式に本部からは発表されていないぞ」
「……ぼ、僕が世間知らずでも、ここは酒場ですから。じ、【人狼狩り】のことは、すごく話題になってますよ」
政治から貴族たちの醜聞に至るまで、酒場では、よりどりみどりな情報が行き交う。ジャズが情報の売り買いを毛嫌いしているため、『フリッカー』では、表立って取引は行われていない。
それでも噂話は広がるものだ。
『知らない方がいいこともある。……極力客の話に耳を傾けるんじゃないよ』
ジャズは耳が痛くなるほど、リアムに言い続けていた。しかし、何度も同じ話題が持ち上がると、耳の良いリアムには聞こえてしまう。
「そうか。なら話は早い。……近頃、大森林近辺で家畜が喰い殺されててな。死骸に残された噛み傷から、【人狼】だと断定された」
「え……、そ、それだけで人狼が殺したって、判断されるんですか?」
歯型だけなら、大型獣の仕業の可能性もある。
先日街中で、人狼に財布を盗まれたと騒いでいた老婆の姿を、リアムは思い出した。
――う、疑わしいことは全部、人狼のせいにされちゃうなんて、あんまりだ。
「それは流石にないぞ。……二週間ほど前だ。食い殺された家畜の処理をしている最中に、村人と【狩人】が、人喰い狼に襲われてな」
「え……」
「とりあえず殺しておいた獲物を、後で巣に運ぼうとしてたんだろうな。そこに運悪く遭遇した。万全の装備と人員を揃えていれば【狩人】でも人狼に対処できるだろうが、突発的に襲われたら、まあ、無理だ」
「そ、それでヴィクターさんが、【人狼狩り】に出るんですか?」
ロドルナ警察人狼対策課は、主にシティ内の人狼絡みの雑務を担う。
一方で、城壁や大森林沿いの警備は、狩人たちの管轄だという。だが、積極的に人狼を相手にする【狩人】はいない。熊や狼を仕留めるほうが、金になるからだ。あくまで付近の村人たちから要請があれば、対処する程度である。
それでも狩人たちは、安全なシティ内で威張っていると、人狼対策課の捜査官たちを目の敵にしているらしい。
そのため、お互い縄張りは侵さない暗黙の了解が成り立っている。
「……護衛を任されていたのに、狩人は村人を人喰い狼に喰われちまった。加えてその後、複数拠点で同時に狩人が殺されている。……さすがに狩人の大将が親父に泣きついてきたらしい。ロドルナ本部としても見過ごせなくなり、俺にご指名が入ったってわけだ」
確か、ヴィクターの父親は、ロドルナ警察の幹部だったはずだ。
頭の上で腕を組んだヴィクターは、椅子の脚を揺りかごのようにギシギシ軋ませる。
「でも、ヴィクターさんは、い、いっぱい仕事を抱えてるんじゃないですか?」
ヴィクターと行動できる機会がなくなるのは避けたい。リアムは事件が解決しなくなるのではと、心配しているフリをし、ヴィクターを引き留めようとした。
「ああ。密輸犯に加えて殺人犯まで追わなきゃならなくなったな。俺も手一杯だってのは百も承知で、あのクソ親父、俺が欲しがってた情報をチラつかせやがった」
ヴィクターは荒っぽく、椅子の背に腕をだらりと垂らす。いつもはもっと紳士然としているのに、苛立ちを隠しきれていない。
ヴィクターが喉から手が出るほど望んでいるものとは。
――まさか。
「バ、バニシャの売り主が見つかったんですね?」
「ならこんなに胸糞悪くねぇよ」
ヴィクターはジャケットの懐から何かを取り出し、指で弾いた。宙に浮いたそれを、リアムは慌ててキャッチする。
手のひらに収まる長方形の金属片だ。一辺に穴が開いており、赤黒い汚れがこびりついていた。
真ん中には数字と、その下に『ジグザ』と刻印されている。
「手配中の【人狼】……俺たちを襲いやがった肉切り包丁野郎のタグだ。……大森林の入り口付近の村で見つかった」
「え、じゃあ……」
「野郎、シティ内にはいない可能性が高い。ロドルナの街中をお前の鼻頼りに歩くより、狩りに参加したほうが手っ取り早いだろう?」
【狩り】に参加すればジグザに辿り着けるかもしれない。彼からバニシャを密輸しようとした人物に繋がることを、ヴィクターは期待している。
ヴィクターと再び行動をともにできると浮かれていたリアムは、これではヴィクターを説得できないなと、意気消沈したのだが。
「……お前、【狩り】に参加しろ」
「え?」
得意満面なヴィクターに、リアムは困惑した。




