表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
卑屈に純情〜人狼リアムは狩人に認められたい〜  作者: ヨドミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/24

十二話 期待

 リアムは【人狼】に好意的な人間がいるのかと驚いた。

 いや、それよりも。


「あ、あの人、結構大きかったですよ?」


 リアムたちを襲った人狼は細身だが、それでも成人男性だ。彼を隠しながら人混みを抜けるのは、至難の業なのではないだろうか。


「人間が運ぼうとするのは無理だが、【人狼】ならどうだ?」


 ――ま、まさかヴィクターさん、僕が、あの人狼を助ける手引きをしたって疑ってるんじゃ……。


 身体を震わせたリアムに、「……お前が関わってるんなら強引に問い詰めようとも考えたが、その様子からすると、あまり期待できそうにないな」

 ヴィクターは煙草に火をつけ、苦そうな臭いを放つ煙を、ため息とともに吐き出した。

 

 肉屋から連れ出された直後、気を失ったリアムが目を覚ましたのは、襲われた翌日である。それもうっすらと意識を取り戻しただけで、満足に動けるようになったのは、それから一週間後だ。

 仲間を呼んで負傷した人狼を助ける指示を出す暇はない。

 リアムの潔白を証明するのはヴィクターだ。そうであっても、可能性があれば疑われるのだと、リアムは思い知った。


 ――もっと頑張ってヴィクターさんの役に立たなくちゃ、信じてもらえないんだ。


 塞がりつつある噛み傷が疼き、リアムは無意識に腕を押さえる。

「……怪我させて、悪かったな」

「え?」

「腕、まだ痛むのか」

「は、はあ、たまにですけど。……あ、でも、仕事に支障はないです」

 リアムは右手を顔の横で懸命に振った。


 ――し、痺れるけど、ヴィクターさんが安心するまで我慢、我慢……。


「嘘をつくな。右腕(かば)いながらメシ食ってただろ」

「左手だけでも食べやすい料理でした。……ヴィクターさん、お肉料理が好きなのに、野菜をたくさん使ったメニューで迎えてくれて、ありがとうございます」

 

 後ろめたさから用意された料理だとしても、気遣いに溢れていた事実は変わらない。キッシュもパンも柔らかく、スープはスプーンで具材が全て(すく)える。

 リアムが深々とテーブル越しに頭を下げると、ヴィクターの表情は強張った。

 怒らせてしまったかと、リアムは焦ったが、その頬は心なしか赤らんでいる。


 酔っているのか、照れているのか。


 ヴィクターは右手のなかで、マッチ箱を忙しなく転がしていた。

 普段の毅然としたヴィクターからは想像できない仕草に、リアムは微笑む。


「……お前、調子乗ってるな?」


 ヴィクターは前のめりになってリアムを睨みつけるが、捜査のときのような威圧感はない。それどころか照れを隠すように、リアムに突っかかってくるのがなんだか。


 ――懐いてくれない猫みたいだ。


 リアムは動物に嫌われている。

 【人狼】の血がそうさせるのか、野良犬や猫、野鳥でさえ近づいてこないのだ。

 ヴィクターはリアムより強くて(たくま)しいのに、何故か今はそんな動物たちを、彼に重ね合わせてしまっている。

 触れることができないのに、近づきたくなる存在だ。


「えっ、そ、そんなことないですよ! ヴィクターさんが銃を撃つのが苦手だなんて言いふらしませんから……」


 臆病風もどこへやら、ヴィクターが心を開いてくれたことで調子に乗ってしまったリアムは、次の瞬間背筋が凍った。

「……ほお、度胸がついてきたんじゃねえか、【人狼】」

 とろけそうな蜂蜜色の瞳は、冷えた飴玉のような光沢を放つ。


「ご、ごめんなさい……」


 底冷えする眼光に、胸がきゅっと締め付けられた。両手を膝に添え、肩を震わせるリアムに、ヴィクターは吹き出す。


「そんなに怯えるんなら、からかうんじゃねえよ。本気で腹立つほどガキじゃない。……ただ、まあ俺が銃の扱いに不慣れなのは口外するな」

「い、言いません」


 左右に首を振ると、ハンチング帽が脱げそうになり、慌ててリアムは左手で押さえた。

「それでだな」

「な、なんですか……?」

 珍しく口ごもるヴィクターを、リアムは上目遣いに(うかが)った。

「お前が運んだ香草(バニシャ)の売り主は、いまだ見つからない。悔しいが、また振り出しに戻っちまった。だから、その、だな……力を貸してほしい」


 リアムは信じられず目を見開く。


「正式な協力者として、報酬は約束するぞ」

「僕でいいんですか……?」

「いいも何も、お前の鼻が優秀なのは、俺自身が証明することになったからな。気に入らんが、上層部の指示だ。逆らってもしかたねえ。あー、お前の正体は伏せてあるから、心配するな」


 ロドルナ警察は、リアムの素性などおかまいなく、使い勝手のよい道具だと見做(みな)したわけだ。


 ――ヴィクターさんは、それでいいのかな。


 彼は【人狼】を憎んでいるのではなかったか。ジャズに押し付けられたリアムを、迷惑がっているものばかりだと思っていた。

 いや、すぐに恨みが消えるはずはない。ヴィクターは己の感情よりも事件解決を優先し、リアムに頼み事をしているのだ。


 ――やらなくちゃいけないことに立ち向かうヴィクターさん、格好いいなあ。


 バニシャの影響で【人狼】が暴れ出せば、シティの住民が危険に(さら)される。捜査官としては大惨事になる前に、手を打たなければならない。

 それ以前に、挨拶する程度の付き合いである酒場の給仕を気にかけてくれる、優しい人だ。職務を全うするのに躊躇(ためら)いのあるはずがない。

 そんなヴィクターを手助けできるのなら、


「が、頑張ります」


 唇を引き結んだリアムに、「協力、感謝する」とヴィクターは手を差し出す。

「あの……」

 リアムはきょろきょろとテーブルを見回した。何を渡せばいいのか、戸惑っていると、

「手だ、ほら」

 ヴィクターはリアムの左手を、自身の手のひらで包み込んだ。そしてぐっと握りしめる。

「な、な、な、なんですかっ?」

「握手だ」

 ヴィクターの手のひらは固くざらついていた。リアムはヴィクターの真似をして、大きな手を握りしめる。


 ――あたたかい。


 触れ合いは一瞬で、ヴィクターはさっさと手を離してしまった。リアムは宙ぶらりんになった手指を、名残惜しく、握ったり開いたりする。

 ヴィクターは窓を開けると、短くなった煙草を思い切り吸い、外に向かって煙を吐き出した。白い靄が中空に溶けていく。

 窓外には、石造りのアパルトマンが行儀よく(たたず)んでおり、久しぶりに晴れ渡った青空から降り注ぐ陽光が、街並みを柔らかく照らし出していた。その美しさに、リアムは目を細める。


「……今日からお前は正式にロドルナ警察の協力者だ。対策課が把握している情報を共有することになる。……万一、外部に漏らせば、分かってるよな?」

「は、はい」


 リアムは居住まいを正した。何をされるのか想像できないが、良くないことなのは肌で感じる。


「まずお前が運んだバニシャと、肉屋の地下から押収したバニシャの出所が同じか、はっきりしていない。……繋がってることを願うが、こればっかりは捜査を進めていくしかないな。先日逮捕した違法バニシャの受取人……お前の首を締め上げた大男だ。そいつが自白した取引相手を見かけたか、肉屋の従業員に聞き取りしたが……目撃者はいない」


 耳と尻尾を隠せば、人狼は人間と姿形は同じだ。出入りしたとしても、気づかれない可能性もあるだろう。


「そ、そもそも僕たちを襲った人狼が堂々と中にいたのに、誰も怪しいと思わなかったんですか?」

 あんなに無愛想な従業員なら、人狼でなくても目立つはずだ。

「……至って真面目に働いていたんだとよ。大方、地下に隠してたブツの番人として、肉屋に潜り込んでたんだろうな。ああ、胸糞悪い」

 

 何かを思い出したようにヴィクターは、吐き捨てた。リアムたちを襲った人狼を取り逃がした怒りが、ぶり返したのだろうか。


 その後、【人狼】が現れた肉屋では、他にバニシャを隠し持っている者がいないか検査が行われたが、所持している者は見つからなかった。


「新たに判明したのは、取引に【人狼】が関わってることが確定したってことくらいだ」

 肉切り包丁を振り回していた人狼は、地下にあるモノの正体を知っていた。残念だが、リアムはその事実を肯定するしかない。


「そして俺たちを襲った奴が、単独で売り(さば)いている可能性はまずない、ということくらいだな」

「ど、どうして一人で商売していないって、わかるんですか?」

「言っただろ、地下には、肉屋で許可されている十倍近くのバニシャが出てきたんだぞ。手慣れた商人ならともかく、一人で処理する前に、鮮度が落ちる。……まあ、クソ人狼が商人組合(ギルド)に所属している業者よりご立派な人脈を持ってれば、話は別だがな」

「な、なるほど……」


 傷んでしまっては売り物にならない。リアムにバニシャを運ばせた黒幕と、肉屋に現れた人狼が繋がっているのか。手がかりが忽然と姿を消してしまったので、いま時点で確かめる術はなかった。

 

「めぼしい所は調査しているが、より精度をあげたい。お前はシティ内でバニシャの臭いを追い続けてくれ」

「わ、分かりました」


 今までとやることは変わらないのなら、安心だ。リアムは彼のそばにまた居られるのだと、嬉しいような申し訳ないような気持ちになった。


 ヴィクターは腕を組んで天井を見上げていたが、突然ハッとした様子で身を乗り出す。


「お前、あいつのニオイ覚えてるか?」

「ヴィクターさん、危ないですっ」


 煙草の灰がテーブルに落ち、紅くくすぶった。白いテーブルクロスに、黒い跡が残ってしまう。

 「ああ、わりぃ」

 ヴィクターはエプロンのポケットから、コンパクトサイズの灰皿を取り出し、吸い終わった煙草をねじ込んだ。


「で、どうなんだ?」

「え……と、すみません。いろんな血の臭いが混じり合ってて、その……」


 貯蔵庫には様々な獣の肉塊が密集していた。そのせいで肉切り包丁の男本人の匂いがどれなのか、判断できない。


「そうか」

「お役に立てず申し訳ないです……」

「密輸犯だけでも苛つくのに、殺人犯まで逃しちまった。……対策課もナメられたもんだ」

「さ、殺人犯?」

「……俺たちを追いかけ回した【人狼】だ。耳にタグがついてただろ?」


 リアムは肉切り包丁の男の耳元までは見ていなかったので、ますます首をひねった。


「対策課で保護した【人狼】にはタグをつける。番号を当たってみたら、保護した直後、殺人で手配されていた。名前はジグザ。数年前からシティ内外で人喰い事件を起こしている」

「ひ、人喰いって……」

「バシレイアたちは【食事】と言っているがな」


 リアムは顔から血の気が引く。リアムに人を喰ったことがあるかと聞いていたが、あの男は本当に食べていたのだ。


 ――バニシャを使えば、最強のバシレイアになれる。


「あの、ヴィクターさん。……バシレイアってなんですか?」

「お前、同類のこと何も知らねえんだな」

「す、すみません…」

 首をすくめたリアムに、

「いや、俺の言い方が悪かった。……シティで無闇に【人狼】を話題にする奴はいないな」

 ヴィクターは咳払いしながら、蜂蜜色の髪をかきあげ、

「バシレイアは人狼の一派、群れみたいなもんだ。……人肉を主に喰ってる奴らは自分たちをそう呼んで、他の【人狼】とは違うとほざいてやがる」

 ヴィクターは、新たな煙草をシガレットケースから取り出し、ギリッと歯噛みした。


 人喰い狼(バシレイア)はシティ•ロドルナの周囲に広がる大森林に棲息(せいそく)しているという。


「辺境の村には、生贄として奴らに人間を捧げる風習が残っている。……胸糞悪い話だ」

 リアムが産まれ育った群れも、そうだったのだろうか。

 群れの大人たちは、リアムたちを襲った人狼――ジグザのように自信に満ち溢れていた。

 美味いから、腹が減ったから、人を食べる。

 単純で明快な生き方だ。(おのの)きながらもリアムは、彼の言葉に耳を傾けていた。


 ――羨ましかったのかな。


 人間を食べたら、何かになれるのか。


「……お前が人を喰ったら、俺が即座に処分する」

 リアムが憧れる蜂蜜色の瞳には、小さくリアムの姿が映り込んでいる。


「そんなこと、しません」


 するつもりはないが、こんなに真剣に見つめてくれるならば、悪事を働くのも悪くないんじゃないか。ヴィクターは犯罪者を全力で追う。リアムが犯罪に関われば、もっと力強く見つめてくれるのでは――。


 ――その先に何があるんだろう?


 ヴィクターがリアムの悪事に興味を示さなくなったら、見放したらどうなる。子供が構ってほしくて悪さをするのと、なんら変わりない。


 ――そんな卑怯な手じゃなくて、僕はヴィクターさんにちゃんと認められたい。


 そのためには、彼の仕事を手伝うのが最善だ。降って湧いた(よこしま)な考えを払いのけるため、リアムはピシャリと両手で頬を叩いた。


「……っうぅ」


 負傷した右腕がジンジンと傷む。

「何をやってる……」

 ヴィクターが呆れるのも無理はない。頼れる相棒になろうと、リアムは痛みを噛み殺した。


「ヴィ、ヴィクターさん、絶対に犯人を捕まえましょうね!」


 リアムが意気込むのに合わせて、ヴィクターも「当たり前だ」と口角を引き上げたる。


 痺れを切らしたジャズが、ヴィクターの部屋に乗り込んでくるまで、二人は今後の動きを確認しあった。

 なんでも上層部からの指示があるまで、リアムを伴っての捜査は一時中断なのだという。

 出鼻を挫かれしょげるリアムにヴィクターは、

「稀に見る規模の人狼事案になりそうだからな。上も慎重にならざるを得ないらしい。……数日中には再開できるはすだ。それまでに体調を整えておけ」

 ヴィクターは口許を緩め、リアムのハンチング帽に手を置いた。その手はリアムの頭をグリグリと撫でる。ハンチング帽からはみ出した黒い巻き毛が頬をかすめ、くすぐったい。

 酔いのせいもあるのか、今日のヴィクターはスキンシップが多くて、リアムは戸惑うも、


 ――い、今のうちに堪能しておこう。


 ハンチング帽越しではあるが、ヴィクターの温もりをリアムは噛み締める。


 あたりが暗くなり始めた頃に、リアムとジャズは富裕層街(アッパーフロア)を後にした。

 名残惜しくて、アパルトマンをリアムは振り返る。

 ヴィクターの部屋には煌々(こうこう)と明かりが灯っていた。書類まみれの机で奮闘しているのだろうか。

 リアムはヴィクターを想いながら、ハンチング帽に、そっと触れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ