十一話 新たな疑惑
「窮屈なら、脱いでもいいぞ」
「え」
「何度も触っているだろう」
何気なくハンチング帽に触れるのは、リアムの癖になっていた。無意識な行動に、リアムは頬を赤く染める。
「い、いえ、大丈夫です」
「ならいいが」
またしても会話が途切れ、リアムは居心地が悪くなった。
「……地下から大量のバニシャが見つかった」
窓の外を見ながらヴィクターは、独り言のように呟く。
襲撃事件の直後、リアムを連れて現場を離れたヴィクターは、店の外で待機していた部下たちに、リアムが見つけた地下室を調べさせた。
地下室の貯蔵棚には、麻袋に隠されたバニシャが隙間なく納まっており、捜査官たちは唖然とする。少なく見積もっても、肉屋で許可されている十倍の物量だったらしい。
「……助かった。礼をいう」
言葉とは裏腹に、ヴィクターはそっぽを向いて頬杖をついた。
ヴィクターから感謝されたのに、リアムは素直に喜べない。彼が嬉しそうではないからだ。
――まだ僕が密輸に関わってると思ってるのかな? あの場に【人狼】がいたものね。疑われてもしょうがないのかなあ……。
バニシャ探しの最中、強盗事件に遭遇した時のことだ。
女の悲鳴に振り返ると、道端に倒れた小綺麗な老婆が、「ど、泥棒!」と叫んでいる。
ヴィクターが老婆を助け起こし、管轄の警官が到着するまで、彼女の相手をすることになった。その間、老婆はヴィクターに向かって喚き続ける。
「人とは思えない脚の速さだったのよ。【人狼】に間違いないわ! 貴方、警察官なのでしょう? 早くケダモノを捕まえて私の財布を取り返して頂戴!」
数人の目撃者は男のようだったと証言するだけだ。人狼だという確証はない。だが、老婆は身体能力の高さだけで、犯人は人狼だと決めつけた。
良くないことが起これば、それは【人狼】の仕業になる。存在するだけで忌み嫌われている事実を突きつけられ、リアムは落ち込んだ。
――ロドルナに来るまでは、嫌われて当たり前だったんだ。どうして今さら傷ついたりしてるのかな。……ああ、そうか、酒場で働きはじめてから、人狼だって意識しなくなったんだ。
不思議なことに酒場では、【人狼】の悪評を耳にすることはない。リアムにバニシャの配達を押し付けた青年のような客を、ジャズが追い出していたからなのかもしれない。今まで彼女がリアムを守ってくれていたと考えるのは、深読みのし過ぎだろうか。
――僕を襲ってきた人狼には、守ってくれる人はいたのかな。
「あの……」
リアムは躊躇いがちに口を開いた。やっと視線を合わせてくれたヴィクターにホッとしながら、
「ぼ、僕たちを襲ってきた彼は、どうなりましたか……?」
途端に眉間に皺を寄せたヴィクターに、リアムは質問したことを後悔する。
「あ、む、無理に聞きたいわけではないので……」
「確実に脳天をぶち抜いたはずなんだが、……姿を消していた」
「えっ?」
頭を撃ち抜かれていれば、普通は即死だ。ヴィクターの銃の腕前を思い出すと、本当に致命傷になったかは疑わしいが。
「大量の血の跡は残っていた。奴がいたのは間違いない。ただどうやっていなくなったか、だ」
貯蔵庫への出入り口は二つ。
リアムたちも利用した錠付きの大扉と、その反対側、貯蔵庫の奥にある勝手口だ。 前者は肉屋の店舗に繋がっており、こちらから出ようとすれば、大勢の捜査官や野次馬に目撃される。
「店の奥から出たんじゃ……」
「それなら血の跡が裏手に残っているはずだ。それも見当たらないんだぞ」
それに歩けるような傷ではなかったはずだと、ヴィクターは歯ぎしりし、蜂蜜色の短髪をガリガリと掻きむしった。
「じゃあ、彼はまだ生きてるんだ……」
殺されそうになりながらも、リアムは胸に手を当て安堵する。
「仲間が生きてるかもしれないから、安心したのか。お前、お人好しすぎるぞ」
「えっと……そういうわけでは」
それもあるが、生き物を殺すことに加担したくないのだ。悪人だろうと、その死を喜びたくはない。
「け、警察は彼を探してるんですか?」
「当たり前だ。見つかる気配はないがな。……それより厄介な問題が出てきた」
殺人を犯しそうになった【人狼】を追うよりも面倒なこととは何なのか。
ヴィクターは紙タバコの先端をテーブルに叩きつけながら、
「自力で動けず、なおかつ逃走した痕跡がないってことは……。誰かが【人狼】を助けたってことだ」と苦々しく告げた。




