5.婚約と脅迫の手紙 (テオドール)
俺は、小さい頃に出会った少女の事がずっと忘れられなかった。
あの出会いの日から必死で、剣術、魔法、語学、経済、教養、そして公務、何だってこなして来た。兄が王太子となってからは、少しずつだが俺に対する周囲の評価も変わって来ている。だが、俺が兄のスペアな事には変わりがない。未だに兄が一番でなければいけないのだ。俺がこんなに頑張れるのは彼女のおかげだ。彼女は俺の癒しで動力源なのだから、たまに自分の従者を使い彼女の情報を集めさせた。その報告が唯一の楽しみだった。
ある日、父に執務室に呼びだされた。
「お前も もう15歳だ。そろそろ婚約者を決めねばならない。だから婚約者候補となる令嬢を
を数人選んでおいた。茶会の準備はすでに整えてあるから、その令嬢方と交流して来なさい」
(は?嘘だろ?)
父のその言葉を聞いて、俺は焦った。
「父上!ちょっと待って下さい!……俺には、その…」
好きな人がいると言いたかったが、自分の口でそれを言うのが恥ずかしくて口籠ってしまった。
国王は、息子のその慌てぶりに何か感づいたのか額に手を当てため息をついた。
「まさか…テオ、想い人がいるのか?」
「はい。実は……」
俺は、正直にレイチェル・クローズ辺境伯爵令嬢の事を話した。
「ふむ……そうか、わかった。だがな…茶会は2日後に決まってしまったのだ。レイチェル嬢に茶会の招待状を今出してもクローズ領に届くのは早くて2.3日後、今からでは間に合わない。今回は、大人しく形だけでも参加してくれ」
「…はい。畏まりました。父上」
2日後、王宮の庭園で茶会は開かれた。
俺は、レイチェル嬢以外にまったく興味がない為、どんなに話し掛けられても煩わしいだけ、心がピクリとも反応しなかった。集まった令嬢達はみんな華美なドレスと強烈な香水の匂いを放ち、臭すぎて眩暈がした。まったく笑顔を作る気にもなれなかった。反対に顔が歪むのを必死で我慢した。最悪だ。
たまに、腕にベタベタと擦り寄って来る者がいたが、断りもなく王族に触るなど不敬だと注意して、早々に茶会の場を後にした。
後日、父を説得し改めてレイチェル嬢を婚約者とする許可をもらい。クローズ辺境伯爵家へ思いの丈を込めて婚約申し出の手紙を送った。
伯爵は、喜んで申し出を受けてくれた。
(レイチェルは、俺の事を覚えているだろうか?あの約束を覚えているかな)
早くレイチェルに会いたい。
早く俺のものにしたいという願望が抑えきれず、父に婚約式を早めるよう懇願した。
そして、一週間後に婚約式を執り行う運びとなり、俺は、かなり浮かれていた。
「殿下、嬉しそうですね。顔がニヤけてますよー?」
側近護衛騎士のハリスが楽しそうに言う。
「ん…っ!?」
「はいはい。ニヤけてるんじゃなかった、蕩ける顔しちゃってっ…イテッ!」
俺は、ハリスの頭を小突いて右手でにやけた口を隠した。
「こんな顔にもなるだろ?俺は、ずっと待っていたんだ……」
「そうでしたねー」
ハリスは、小さい頃からの幼馴染で親友だ。
10歳の時、女神様から剣術スキル貰い、それ以来の俺の側近護衛騎士として仕えてくれている。
唯一何でも話せて信用のおける一人だ。
「あ、そうだった!殿下に手紙が届いていますよー」
「ん?誰からだ?」
「んー、それが書いてないんですよねー」
ハリスは、懐から手紙を出すと「はい、どうぞ」と俺に差し出した。
その手紙には、
『 クローズ辺境伯爵令嬢との婚約をやめろ 』
と、書いてあった。
「脅迫文だな……」
「どうします?陛下に報告しときますか?」
「いや、まだいい。ただの悪戯の可能性が高いからな」
「わかりました」
王城では、文官、侍女、侍従、騎士達、魔術師、医師、その他色々な人が働いている。
こう言った脅迫紛いの手紙は多く、ほぼただの脅しで終わる。問題が起こる事は少なかった。
とりあえず、この手紙は証拠として残して置く事にした。
3日後、また匿名の手紙が届いた。
『 クローズ伯爵令嬢は相応しくない 』
そう書いてあった。
「またか。…相応しいかは、俺が決める事だ!本当に腹が立つ手紙だ!」
「そうですねー。このまま何もないといいのですが……」
たぶん、自分の娘を婚約者に推したかった者の妬みの手紙だろう。
レイチェルが正式に婚約者になれば諦めて、そのうち送って来なくなるだろうと…この手紙も机の中に仕舞い込んだ。
俺は、婚約できる事に舞い上がり、警戒を怠った。
そして、これから起こる事に後悔する事になる。




