45.国王陛下からの頼み
王子は、扉をノックし「入れ」と言う声が聞こえると躊躇する事なく扉を開け部屋へと一緒に入った。
私は、ソファーに座る国王陛下の姿を見つけ、慌てて淑女の礼をとった。
「父上、お呼びですか?」
「ああ、レイチェル嬢 頭を上げてくれ。堅苦しいのは、なしだ。さぁ、二人共ここに座ってくれ」
その言葉を聞いて私は、顔を上げ姿勢を戻すと王子と一緒に向かいのソファーへ腰を降ろした。
どうやら、ここは応接室の様だ。銀髪を後ろへ流し、青い瞳をした国王陛下は、詰襟の正装服を少し着崩して、数枚の書類に目を通すと執事に書類を渡し人払の指示を出した。
「今日呼んだのは、二人に頼みたい事があってな…」
「頼みたい事…ですか?」
王子も何を言われるのか見当もつかない様子…。
(ああ…緊張する…何言われるの???)
何を頼まれるのか不安で仕方なくて…震える手を必死で押さえていると、王子がそっと私の手を握ってくれた。
その様子を見た陛下は、微笑んで私に話しかける。
「レイチェル嬢、久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです。陛下」
「あの時は、すごく幼く見えたが3年でこんなにも美しい女性になるとは、テオが大事にす…」
「ち、父上!それで頼み事とは何ですか?」
王子は、少し顔を赤くして陛下の話を切るようにして割って入って来た。
陛下が何か王子の都合が悪い事でも言おうとしたのだろうか?よく分からない私は、何も言わずにっこり笑ってすませた。
「ああ、そうだったな……」
しばらくの沈黙の後、陛下はテーブルの上に1冊の薄い本を置いた。
「レイチェル嬢…、君はこの文字が読めるのだろう?」
「…っ!?」
その本は、前に書庫で使用人の男性が持っていたものと同じだった。
(やっぱり、カタカナでヤマトって書いてある…)
でも、私は黙ったまま答える事ができなかった。陛下に嘘をつく事はできない。かと言って…読めると言えば…私の自由は、きっと、なくなってしまう。
「………」
「じゃあ、こうしたらどうかな?」
陛下は、上着を脱いで髪をくしゃくしゃとかき分け、懐からメガネを出してかけた。
「あ!あの時の使用人の…」
私は、思わず口を両手で押さえた。
王城の書庫で出会った使用人のようなものだと話していた男性の姿がそこにあった。
(まさか…国王陛下だったなんて…)
「ああ、そうだよ」
「はぁー…、やっぱり、あの時の使用人って…父上だったんだな…」
王子は、納得したのか前に腕を組んで顔をしかめた。
「たまたま、あの日公務が早く終わってね。執事からテオがレイチェル嬢を連れて来ていると報告を受けて書庫に会いに行ったんだよ。思わず使用人だと嘘をついてしまった。悪かったな…」
「いえ、そんな…」
「で、あの時レイチェル嬢は、この本を見て『ヤマト』と言ったね。まぁ、その後一生懸命誤魔化そうとしていたみたいだけど、私にはそんな誤魔化しは聞かないよ?」
「……っ!?」
(どうしよう…どうしたらいい?)
真顔で見つめて来る陛下の顔が怖くて…助けを求める様に王子を見上げると大丈夫だと言う様に私の頭を撫でてくれた。
「父上…読めたらどうするつもりですか?」
王子が眉間に皺を寄せ陛下を睨みつけた。
「テオ……そんな怖い顔をするな。お前からレイチェル嬢を引き離したりはしないよ。ただ、二人に頼みたい事があるだけだ」
そう言って、ため息をついた。
「…その頼みとは、なんですか?」
「二人とも…今から話す事は、他言無用だ…いいね?」
真剣な顔で話す陛下に私達は、黙って頷いた。
「この本には、初代国王ヤマトが隠した宝の在り処が記されているらしいんだ」
「「!!!」」
「ヤマト王が亡くなって200年以上たつが…この文字は未だ解読不能だ。私の代でも無理だと思ったんだが…そこへ救世主が現れたと言う訳だ。宝を絶対に見つけろとは言わない。そりゃ見つかれば大いに嬉しいが…。私は、この本に何が書いてあるのか知りたいんだ。レイチェル嬢…解読してくれないだろうか?頼む…」
陛下は、そう言って頭を下げた。
「あの、頭を上げて下さい!」
私は、慌てて言葉を返した。
国王陛下がこんな小娘に頭を下げるなんてあってはならない。
それにしても…この国を作った人が日本人かもしれない?私はあのノートの中を読んでみたいと思った。もし、断れば…これから先、ノートを読む事はできないだろう。宝の在り処が記された貴重な本なのだから。それに、もう文字が読める事がバレてしまった以上観念するしかなかった。
「分かりました。お受けいたします」
「そうか!ありがとう」
陛下は、嬉しそうに目を細めて笑った。
「レイチェル!…それで、いいのか?」
心配そうにこちらを見る王子が私の手を握る。
「いいの…国王陛下の頼みだもの。それに、私もヤマト王の本読んでみたい…、何かあったらテオ様が守ってくれるんでしょ?」
「ああ、俺が守る。……父上、レイチェルを危険な目には合わせたくない。その時は、諦めてくれ…」
「ああ、二人に任せる。この文字が読める事も秘密にする。必要な物があったら何でも言ってくれ。よろしく頼むよ」
「はい」「はい、父上」
私は、にっこり笑って頷いた。
「それから、レイチェル嬢…君は、テオの側付き行儀見習いとしてテオの離宮に住みなさい」
「え?!」
思わぬ事を言われた私は…一瞬固まってしまった。
(離宮に?…テオ様と…住むの???)
「これから、王城を頻繁に出入りする必要があるだろう?発表はしていないが婚約者でもあるんだ。いいね?」
「は、はい、かしこまりました」
確かに、陛下の言っている事は正しい。私の様な辺境の地に住む平凡令嬢が王城を一人でうろちょろしていたら怪しすぎる。偽婚約者とは言え…間違ってもいないし、ノートの解読をする為には、そうするのが一番なのかもしれない。
隣に座る王子は、とても嬉しそうに今度は私の両手を掴んだ。
「よかったな。これでいつでも一緒だ」
(ん?……それ、私がテオ様と一緒にいたいみたいに聞こえるんですけど?…)
陛下と私は握手を交わし、ヤマト王の本を預かった。本は王城敷地内から出す事はダメだと言われたので王子が管理する事になった。
王城からの帰り、馬車の中で王子に疑問に思った事を聞いてみた。
「あの…離宮ってなんですか?」
「ああ、もうすぐ王立学園も卒業するし父から自立しろと離宮を貰ったんだ。だから、俺は今離宮に住んでる」
「そうだったんですね…」
(そんな簡単に…離宮が貰えちゃうのね…。王族って…)
離宮と言っても、王城から歩いて10分以内の場所らしい。
邸に戻って領地にいる父に連絡をすると、なぜか行儀見習いの事を知っていて…
母も「頑張りなさい」と言っていた。
まるで前から決まっていたかの様な状況に…私はため息をついた。
テオ様が王立学園を卒業するのと同時に、私はテオ様の離宮に荷物を運び入れ住むようになったのだけれど…
あてがわれた部屋は、テオ様の隣の部屋…つまり、妃用の部屋だった。
結局、必死に抗議したのに…聞いてもらえず、豪華なその部屋は、無駄に広くて落ち着かない。
もちろん、侍女のマリーもついて来てくれたのだけど、マリーは反対に大喜びで、
「すごい!素敵!」 と言って嬉しそうだ。
私には、もう一人侍女がつく事になり主に外出する時などに護衛としてついて来てくれるそうだ。
毛先がオレンジ色をした茶髪をポニーテールにまとめ、少しつり目の緑の瞳をした侍女の名前は、リズと言うそうだ。とても静かな女性で私と歳が変わらないんじゃないかと思う。護衛というのだからとても腕が立つのだろう。
行儀見習いと言っても、何か侍女服の様なものがあるわけでもなく、いつものコルセットのないドレスワンピースを着て過ごしている。
午前中は、行儀見習いだからと週に3回礼儀作法や歴史、色々教わる事になったので強制的にドレスを着ないといけなくなった…とても、憂鬱だ。
午後からは、王子が離宮で執務する時のみお茶を入れたり、ヤマト王の本を読み解く事になっている。他の時間は、自由時間らしい。
私は、さっそく新しい環境での生活がはじまった。




